触らぬ大寿に祟りなし『人気モデル・柴八戒とデザイナー・三ツ谷隆、深夜の六本木でヤクザと密会か⁈』
サマーバズーカ、という別名が付いた某ゴシップ雑誌の巻頭記事を飾ったのは、そんなタイトルだった。
主に四大コレクションで活躍するモデルとして、一年の半分を海外で過ごす八戒と柚葉が日本に帰ってくるときは、いつも必ず連絡をくれる。
それで、まだ接し方に悩んでいる恋人を引きずって、二人と一緒にご飯に行くのが定番になった。それももうじき両手で数えきれない回数をこなしているのに、大寿はまだ落ち着かない様子だ。
もちろん、うれしいのだ。うれしくてたまらないのに、また間違えることを恐れていつも以上に口をつぐむし、表情が険しくなる。
ただ、二人を視界にいれると、ふわっと綻ぶのを見るのが好きなのだ。表情差分がサイゼの間違い探し級だけど、確かにその瞬間、大寿は優しい顔をする。
今回もつつがなく食事会を終えて――……。
「これタイタイでしょ⁈」
「大寿ちゃん、ヤクザじゃないじゃん!」
柚葉がリップを店に忘れたからと、三人で外で待っていたら――……。
「タカちゃんどうしよう、炎上してるんだけどめっちゃ面白い。無理。さらに腹筋割れそう」
「日本の事務所無いからって事前確認せずに出さないでほしいんだけど!」
視力矯正手術後の症状で、眩しさを軽減するために大寿がサングラスをかけて――……。
「ヤクザに間違えられたってどんだけ!!」
朝一で柴家三兄弟とオレのグループチャットに送られてきたリンクを開くと、某ゴシップ誌のウェブ記事があった。遠くから盗撮されたであろう、少しばかり画質の悪い写真には、確かに八戒と自分、そして大寿が写っている。
ヤクザと認定された大寿は薄いぼかしがかけられていたが、二メートル近い長身に、全盛期から衰えていない体格。さらには夜にサングラスと、オールバックにタトゥー。たしかに、これは初見の一般人にはカタギに思われないだろう。
「う、うるせえ」
「ひ~! ルナマナからも突っ込み来てるよ!」
家族のグループチャットではルナとマナが面白がっているし、八戒はひっきりなしに「爆笑」しているスタンプを連打している。仕事用のスマートフォンも通知がやまないから、きっとスタッフとか取引先から連絡が来ているのだろう。
「……どうするんだ、これ。必要なら、会社から会見開くが」
「ちょっと八戒に聞いてみるよ」
まだ笑いが引かない。けど、普段は寝起きの悪い大寿が、申し訳なさそうな表情を浮かべてベッドでうなだれている。その様子を見るに、そうそうに世間に対して誤解をといた方がよさそうだ。
「あ、もしもし、八戒?」
「タカちゃ、どうしよ、マジで無理なんだけど」
「オレもさすがに笑ったワ」
語尾が震える八戒につられそうになるが、隣の大寿がまた少しどんよりとした。
「どうする? 大寿が会見開こうかって言ってるけど、大寿に任せる?」
「ん~、タカちゃん、いまスタライ開ける? オレのアカウントにつなげられるなら、そっちで説明しない?」
「ああ! じゃあちょっと待って、大寿の服装整える」
「おっけ! ふ、ふっふ、待ってるね」
ぷつっと切れた通話の向こうで、八戒は最後まで笑っていた。
「大寿、起きて! 顔洗ってきて! スタライで説明すっから!」
「は? おい、そんなんでいいのか」
頭のてっぺんにはてなを浮かべた大寿を洗面所に押し込んで、ワードローブからスーツを選ぶ。ダークネイビーのカシミアで、シルバーのペンシルストライプ。シャツはホワイトで、ネクタイはワインレッドにした。
「髪の毛もセットしてきてね」
洗面所に向かってそう叫ぶが、返事はない。時間差で拗ねているのかもしれない。
のそのそと出てきた大寿にスーツを押し付けてから、リビング向かってカーテンを引いてスタライの準備を整える。
「これで、いいのか」
「おっけ、おっけ。じゃあ呼んだら、八戒の兄貴って挨拶してね!」
一足早く開いてみると、すでに八戒のアカウントがライブ配信を始めていた。そこに入ってみると、「大丈夫?」「嘘だよね?」「どういうことか説明して~」というコメントたちがすごい速度で流れている。
コラボ配信の申請をすると、すぐに気づいた八戒が「あ! ちょっと、みんな待ってね」と言って承諾してくれた。
「八戒、承認ありがとう。みなさん、どうも、三ツ谷隆です」
「タカちゃん来たよ~。みんな、今日の記事のことだよね? タカちゃん、そっち準備できてる?」
「おう、ばっちり」
ちらりと視線を大寿に向ければ、いまだに気難しい表情で棒立ちしていた。
「じゃあ、まずは、柚葉~。はい」
「みなさん初めまして、八戒のマネージャーをしている姉の柴柚葉です」
「うちの姉ちゃん。もうずっとマネージャーしてもらってます」
コメントは、「姉の話じゃなくて」「お姉ちゃんだったんだ」「本題は?」と反応がさまざまだ。
「大寿、こっちこっち」
「ああ」
手招きすれば、やや緊張した面持ちで大寿が隣に来たので、スマートフォンを向けてやる。
「……皆様お騒がせしています。柴八戒、柴柚葉の兄の、柴大寿です」
「大寿さん、お仕事は?」
「飲食店オーナーです。誓って、暴力団関係者ではありません」
「っひ~! タカちゃんもう、無理! マジ腹筋つる!」
大寿の隙間から画面をのぞき込むと、「兄弟⁉」「ウケる」「ダメじゃんサマーバズーカ」などで画面が埋まり、八戒に至っては笑い転げてるのか画面がブレブレだ。
「オレと八戒の付きあいが長いのは有名だけど、実は家族ぐるみのお付き合いしててね~。八戒が日本にいるときに、飯食いにいったりするんだ」
「ヤクザに見える兄貴が悪い」
「今更、今更」
とりあえず、一応そこそこ落ち込んでいるっぽい大寿にはこれ以上発言を求めず、十五分ほど八戒と雑談をしてスタライを切った。念のためSNSを開いてみると、すでにトレンドには「八戒の兄」が入っていたのであとは放っておいていいだろう。
それよりも、沈み切った大寿のもとへと向かう。どうせ今日は仕事にならないだろう。
目下一番大切なのは、この、図体のわりに存外繊細な恋人のケアだった。
「……あれは、八戒と三ツ谷への名誉棄損にならないか? あとで弁護士のところに行ってくる」
「あはは。オレが思ってた怒り方じゃなかったワ……」