ひっそりこっそりやってられん!柴八戒の証言
最近、タカちゃんに恋人ができた。――と、思う。
たしかにタカちゃんはいい男だ。誰もが憧れて、尊敬して、愛するに値する人だ。
けど、最近はオレがないがしろにされている気がする。
現に今も、普段なら苦手だからと言ってあまりしないメールを一生懸命カチコチと打っている。
「ねえ」
「んー?」
「……ねえってば!」
「……なんだ?」
ようやく顔を上げたタカちゃんが、きょとんとしてこっちを見上げた。
気に食わない!
「それ、カノジョ?」
「……へぁ⁈」
裏返った声で返事をして、その場で三センチくらい飛び上がったタカちゃんを見て確信した。これはクロだ。やっぱり彼女だ。
どこぞのぽっと出のオンナにタカちゃんとの貴重な時間を奪われるなんて許せない。たぶん、とんでもないワガママだってわかっているけど、そこは末っ子なので許してほしい。
「……どんな子なの」
「えーっと……、いや、その、カノジョじゃねーよ……?」
視線がスイスイ泳いでいるし、顔もポポポと真っ赤にしているのに、否定される。
タカちゃん、バレバレじゃん。
無言のままじーっと見つめていると、さすがにこちらの視線に気づいたのか、おそるおそる顔を向けられる。
「……オレの片思いなんだワ」
へにょりと少し情けない表情で、頬をぽりぽり指先でひっかきながらそう答えたタカちゃんに何も言えなくなる。
こんなのを見せられたら、応援するしかないじゃん。
「そ、っか。応援してるよ、タカちゃん! あ、でも変な人じゃないよね⁈」
「えっ、ウン、ダイジョウブ」
ピシリと固まった様子が少しだけ怪しかったけど、きっと今はアプローチの段階なのだろう。
さすがに不慣れな色恋沙汰だから、なのか、自信なさそうにしている。そんなタカちゃんの背中を叩いて気合を入れてあげる。
「タカちゃんは世界一いい男だから、きっと大丈夫だよ!」
それなのに、ちょっと気まずそうな顔をしたんだよなあ。
龍宮寺堅の証言
相棒にも春が来たようだ。
少し前までなら、携帯の使い方を逐一オレに聞きに来ていたのがぱったりとなくなった。
いや、厳密に言うと、以前なら〝分からない操作があったらこちらに携帯を渡していたのに、今は口頭で確認するだけになった〟だ。
まるで画面の中にあるものを見せないようにしている素振りが気になって、少しだけ観察をしてみたところ、メールの画面を開いてにこにこと笑っているのが見えた。
元東京卍會弐番隊隊長にあるまじき頬のゆるみっぷりに、ピンときた。これは、春の到来だ。
東京卍會が解散してからのオレたちは、確かに時間を持て余していた。三ツ谷は要領が良いから、進学も早々に決めたらしい。
となると、年頃のオレたちが恋愛にうつつを抜かすことなんて、自然なことだろう。むしろ、アイツは家庭も学業も、部活も全力でやりすぎなんだ。
少しくらい息が抜ける場所があったっていい。もっとやれ。どうせアイツはモテる。
そう思って、ふにゃっとしたアイツの背中を叩いた。
「カノジョ、いつか紹介してくれよ」
「えっ⁈ まって、ドラケン、何、どうした」
顔を真っ赤にして、携帯をさっと隠したアイツを見れば、それが答えのようなもんだ。
「オマエが惚れたんだ、相当良いやつなんだろ」
「……オレ、そんな分かりやすい?」
「は? むしろそれで隠してるつもりなのか?」
困惑しきった様子で聞いてくるが、むしろこっちの方が困っちまうワ。
「一応そこそこの付き合いになるけど、オレはオマエのそんなデレデレした表情なんて見たことねーぞ」
「ま、まじかあ」
「何。誰かに言われたのか?」
「八戒……」
言いづらそうにしてから飛び出した名前に、こりゃあ傑作だと大声で笑い飛ばした。
色恋沙汰からほど遠いアイツにバレるって、多分それ相当じゃん!
「ま、オレはいつでも相談に乗ってやるよ」
「ん、ありがと。頑張るワ」
照れながら笑った相棒の頭をわしゃっとかき混ぜた。安心しろよ、オマエいい男だから。
三ツ谷ルナの証言
最近のお兄ちゃんは、少しだけヘンだ。
詳しい事は分からないけど、昔みたいに夜遅くに出かけていくことが無くなった代わりに、最近は寝る前に外で電話をするようになった。
ときどき、窓の外からお兄ちゃんの声がする。
トイレに行きたいな、でも一人じゃ怖いな、お兄ちゃんを呼ぼうかな。って思って、カーテンの向こうを見ると、お兄ちゃんはそこに居ない。
あれ? って思うと、窓の外から柔らかい声がするのだ。
「……お兄ちゃん」
窓をノックすると、いつものお兄ちゃんが振り向いてこっちを見る。でも、その前にちょっとだけ、見たことの無い表情がちらっとするのをルナは知ってる。
ドキドキとわくわくの間みたいな。新しい服をお兄ちゃんに作ってもらったときのマナみたいな、そういう表情。
電話の相手は誰なんだろう。
一回気になると、一週間のうちに何回電話しに出るかを数えてみようとしたけど。たぶん、お兄ちゃんはいつも私たちが寝てからにしているみたい。
寝たふりをしても気付かれちゃうから、しょうがない。
直接聞くしか無いよね。
「ねえ、お兄ちゃん」
「どうした、ルナ」
「最近、誰と電話しているの?」
晩ご飯を作ってくれているお兄ちゃんのズボンをちょんと引っ張って呼びかけると、優しいお兄ちゃんがしゃがみこんで声を掛けてくれる。慣れた手つきで頭も撫でてくれる。
そんな、ルナとマナの最高のお兄ちゃんが、ちょっとだけ遠くにいっちゃう気がして寂しかったのだ。
「トモダチ……あー、大寿だよ」
「大寿ちゃん?」
「うん、そう」
一度だけ会ったことがある、お兄ちゃんの新しいお友達。たしか、柚葉と八戒のお兄ちゃんで、二人とはすこし喧嘩をしてたんだっけ。
「大寿ちゃん、ちゃんと柚葉と八戒にごめんなさい、した?}
「うん、した。今では三人とも仲良しだよ」
「そっか! 良かった!」
お兄ちゃんのその優しい顔にすっかり忘れていたけど。
そういえば、なんで大寿ちゃんはお兄ちゃんとよく電話をしているんだろう?
でもいっか! 大寿ちゃんいい人だから。ルナも大好き!
東京卍會が解散してから一年と少しが経った。チームが無くなって、夜な夜な喧嘩に繰り出すことはなくなったけれど、あの日々のあの仲間達と疎遠になる訳でもなかった。
なんとなくタイミングが合えばツーリングに出かけることも多い。気分転換には、昔からバイクを転がせるのが相場と決まっている。
「あれ? 珍しいな、大寿」
「ああ。たまには良いと思ってな」
見慣れた景色に、ひとつだけ新しいものが加わった。そいつにさらっと声を掛けるドラケンに、ちょっとだけ苦笑いをしてしまった。
「……八戒、ドラケン」
「お? どうした」
「タカちゃん?」
どうせこのために大寿を呼んだのだ。こういうのは、さっさと済ませちゃおう。
「紹介するね、柴大寿――……オレの恋人!」
その瞬間の八戒とドラケンの表情を、オレは多分一生忘れないだろう。
それと、突然のそれに置いてけぼりの恋人の表情も。
春の兆しが混ざった生ぬるい風と、かつての仲間達からの手厚い祝福にもみくちゃにされ、大寿はちょっと大変そうだ。
「……兄貴だったんだね」
「大寿なんだ」
「ウン。良いやつでしょ」
腹立つくらいデカい二人を見上げると、同じような表情でこちらに手を伸ばしてくる。ぐしゃぐしゃにされる前に逃げ出して、自分よりずっとデカい背中をめがけて飛びついた。
「大寿! 助けて!」
「オイっ、三ツ谷!」
「ハハ! 次はルナマナにも挨拶してってよ」
ふらつくことさえせずにおんぶされてイラっときて、ちょっとだけ首を絞めたのは個々だけの話だ。
この男はもう、拳以外の愛し方を、知っている。