譲れないコーディネート 梅雨時期の合間に珍しく晴れ、久しぶりのデートにふさわしい天気になったとある昼下がりシブバレー。人混みで賑わうその繁華街の道筋をヤスと繰り出していた。
積もりに積もった想いを告げそれが実った最初の数週間は極度の恥じらいが強く互いにギクシャクしていた。けれどあれから四ヶ月ほど経ったいま現在『付き合う前に戻った』という言い方はアレだが、かつての友人関係から親愛度がさらに上がったこの関係性が慣れてからは交際前までの距離感も日常に戻った。ヤスからの好意もあからさまに見えてきて、付き合い始めた頃よりオレからのデートの誘いも承けてくれるようになってきた。
そして今日。服見に行きてーから付き合って!というオレの頼みで二人きりでお出かけしてるのだがそれには真の目的が隠れている。
ヤスを、オレ色に染めたい。
音楽のこと抜きにしてもヤスにはヤスの魅力があるのはよくわかる。顔はオレの次にイケメンだし身長は劣るけど体型もオレよりがっちりしてて男前で……なんてったって恋人のオレが言ってるから間違いない。しかしそれでもなおヤスの容姿…言わばファッションセンスをもっと良くしたい。
というのもヤスは、衣服に関しては無頓着に近い。イベントのときやコラボのモデルをしたときも自分の服装はスタイリストさんにおまかせしていたし、学校が無い日のプライベートでも大体の普段着はTシャツに何の変哲もないパンツと、シンプルすぎるうえにいつも同じ服を着てる。それはそれでヤスらしいけど正直味気ない。それにせっかく隣にいる機会も増えたんだし好きな人のファッションセンスくらい自分好みに変身させたいという欲求もあるわけだ。自分の手でヤスをコーディネートしたい。ヤスに似合いそうな服を見繕ってあげたいし着て欲しい。
そういうわけで、オレの服の買い物に行くという名目でヤスの服を買ってやろうというわけなのだ。仮にバレて嫌な顔をされても、ヤスん家で体を重ねる度『俺のもんになれ』だの『腹ん中俺でいっぱいにしろよ』だの独占欲強めのことばっか言ってこっちが一方的に好き勝手されまくってんのがど〜しても癪に障るから日頃の仕返しにもなる。うん、我ながら完璧な計画だ。オレが選んだ服を着て恥じらいながら試着室から出てくるのが楽しみだ。
「……ハッチン、聞いてんのか?」
「ファッ!」
いきなり声をかけられ心臓が飛び跳ねる。考え事をしているうちにヤスの話を聞き逃してしまったようだ。
「んだよ。そんなびっくりすんなよ。」
慌てて返事をして会話を続けていく。
「ファーわりぃ…それより、なんて?」
「だから、ダセェ格好させたら承知しねぇっつったんだよ。」
そう言い直しヤスはジト目でため息をつく。……ダセェ格好"させたら"…?まるで着せ替え人形にされることを既に想定したような、どこか引っかかる言い回しだった気がするけど、とりあえず今は話を合わせよう。
「心配いらねーって!このファッ!ションリーダーのハッチン様に任しとけよ!」
「…やっぱりハナから俺の服選ぶつもりだったのかよ。」
「そりゃそーだろーよ……ふぁっ」
思わず口を滑らせてまったことに気づき自分の口を手で塞ぐ。そもそもヤスの言動からしてオレの魂胆は既に見透かされてた気がする。
「隠してたつもりなんだろうけどバレバレなんだよ。そもそも普段からお前1人の服の買い物で俺呼んでねぇだろ。」
「まっまぁ、そーだけどよ…」
ヤスは呆れたように肩をすくめまた深くため息をつく。実際気になるトレンドやお気に入りのファッションブランドの新作が発表されたら自分だけで買いに行くから返す言葉も無い。
しかしヤスはすぐに表情を変え口を開いた。その顔は少し赤みを帯びていて照れくさそうに見える。
「まあ…お前のセンスなら信用できるし、別に構わねえけどよ。」
遠回しにだがオレの要望を知った上で今日一日着せ替え人形になるという言質を取れた。その事実を目の当たりで聞けて思わず口角とガッツポーズが上がる。
「っしゃー!やったぜ!ヤスに似合いそうな服いろいろチェックしてきたんだよ。どっから行こっかな〜…」
嬉しさのあまりスキップ気味に先導しようと前に出るとヤスに手を掴まれ引き止められる。腕が張った反動で思わず振り返る。
「その代わり、俺もハッチンに着せたいものあるんだけど。」
ヤスはそう言いオレをじっと見つめてくる。ヤスの私服は無頓着でシンプルとは思ってるもののセンスが皆無なわけではない。それにこの後ヤスはオレの趣味で何着も着させられる予定だ。それと比べたらお礼としてヤスが選んだ一着二着着るのを付き合うことぐらいどうってことない。
「へぇ〜、ヤスがそういうこと言うの珍しーな。どんな感じの?」
オレが訊ねるとヤスはオレから視線を外しある一点を見上げた。
「……ウェディングドレス…とか……」
ヤスの視線を追いかけ同じ方向に見上げる先に、ビルにデカデカと貼られている広告ポスター。そこには真っ白な純白のドレスと白銀のスーツを見に纏った男女が晴れやかな笑顔で映っている。結婚式場のPRらしく、二人のモデルになっている広告の下部に式場の名前が検索バーの中に記されている。
幸せそうに笑う新郎新婦に視線を向けるヤス。その眼差しには羨望が篭ってる気がして、とてもオレをおちょくっているようには見えなかった。
「ふぁ…え?そ、それってどういう……」
予想外すぎて思わず聞き返してしまう。見上げていたヤスの顔がこちらに振り向く。
「……そのままの意味だよ。」
「っ……」
さっきよりもさらに頬を赤く染めたヤスに手を取られ強く握られる。その手と顔の熱さからオレまで恥ずかしさが伝染する。
オレたちはまだ正式に婚約しているわけじゃない。交際を始めた頃、ヤスに『ずっと一緒にいてやる』と言われたあの日から、オレもヤスのことがますます好きになった。これからもヤスと一緒に居たいと強く願うようになった。だからオレたちが将来結婚する前提でヤスの口からウェディングドレスという言葉が出てきたことに胸の奥がきゅっと締め付けられる感覚を覚えた。
「オレたち、まだ高校生じゃん…?」
戸惑いを隠せず、恐る恐るヤスに問いかけるとヤスは首を横に振った。
「すぐにとは言わねぇ。卒業して、大人になったら…とにかく、今すぐじゃなくていいからいつか俺の前でドレス着るって約束しろ!」
「ふぁ……」
ヤスの真っ直ぐな瞳に射抜かれて胸の鼓動が高まる。ヤスの言葉を聞いて改めて思う。ヤスが本気でオレとの未来を考えてくれていることが、ひしひしと伝わる。ヤスに力強く言われ、ヤスの本気の気持ちにオレも応えなきゃいけないと思った。
「ヤス……オレも、
「すげ〜!おれ公開プロポーズとか初めて見たー!」
「「っ!!」」
突然横槍を入れられ二人揃ってビクつく。声の主の方を振り向くと、面識が無い背の低い茶髪の少年がキラキラとした目でこちらを見つめていた。いや、その少年だけじゃない。辺りを見回すとうっとりしながら見蕩れる女性たち、面白半分で拡散しようとしてるのだろうスマホのカメラ部分をこちらに向ける男性など、周りにいた通行人も足を止めて自分たちに見入っている。つまり今のやりとりはほぼ全部聞かれていたということになる。その様子を目の当たりにした瞬間、オレたちの体温は一気に上昇し冷や汗が流れる。ここが街の中心部だったことをすっかり忘れていたのはヤスも同じで、顔は怒りやイラつきに近い感情で歪んでいた。
「返事は最初に行く店に着くまで。…………もし"イヤ"なんて言ったら、テメー全奢りのミディシティ食いだおれデートに変更だからな。」
オレを追い抜きながらそうしれっと言いヤスはオレのスマホを奪い取る。
「んなっ…ふぁああ!?おい、待ちやがれヤス!!!」
あっこいつ逃げる気だ。そう思った時にはもう遅かった。ヤスはスタコラサッサと人混みを掻き分けオレを置き去りにして走り去っていった。オレはヤスの後を追うべく全力疾走でヤスの背中を追いかけた。応えようとしたのに傍観者がいるとわかるとすぐこれだ。
ヤスに奪われたスマホは、オレが最初に寄ろうとしていた店への経路を示した地図アプリが表示されている。この辺りからそこまでは徒歩わずか5分……いや、あの野郎ダッシュしてやがったからもっと短くなる。もはや拒否権が無い気がするが返答の内容はたった今決まった。
指輪も花束も二人だけの良いフンイキなムードも後始末も無い、
『こんな雑なプロポーズ聞いたことねえよ!ふざけんな!』