「ふぁっ………ふぁああああーーー!!!」
閑散とした金曜日の昼間、素肌がアスファルトを擦る鈍い音の直後に叫ぶ幼い泣き声が辺りに響き渡った。
母親に頼まれた大きな蜂蜜の瓶が入った重たいリュックを背負い、歩いているうちに疲れきった足をなんとか交互に前に出していた。ただひたすら長い真っ直ぐな道を進んでいるうちに、次曲がるのはどこだったか…間違えて別の道に進んでいないか…と不安に煽られ足を速めたものの、終いには縁石に足を引っかけて足の中央部分から着地してしまう。膝小僧にじわじわ浮かび上がる赤い血液と痛烈な痛みはまだ入園していない子どもにとって耐え難いものだった。
「ふぁあぁっあぁーー…」
重たい、疲れた、怖い、痛い、多くの負の感情が空色の涙から熱い雫を溢れさせ限界を訴える。
しかし住宅が無く平日のこの時間は車もあまり通らないこの辺り一帯では、遠回しなSOSを込めた泣き声は虚しく周りの自然に溶けていった。それを耳にした者は存在しないわけではない。何人もの大人がこの幼児を本人の視界に入らないよう遠目から見届けていた。だがなるべく手を差し伸べず息子の成長を見守ってほしいと母親から頼まれていた彼らは助けに入るべきかどうか躊躇していた。それでも本人だけはなかなか立ち直ることができずどんどん深みに嵌まっていく。
「おい、だいじょうぶか?」
「ふぁああぁっあ…ふぁ?」
一同が困り果てていたその時、目の前に現れた影に声をかけられ顔を上げる。
泣き声を聞きつけて真っ先に駆け寄ってきたのは同じくらいの大きさのリュックを背負い、上に跳ねた青と黄色の髪をもった小さな男の子だった。その男の子は擦りむいた膝を見て顔を覗き込んだ。
「…ころんだのか?」
「ん…ふぁ、ぐ…」
突然現れた男の子に戸惑いを隠せず嗚咽をこぼしながらも転倒を訊ねられると小さく頷いた。
「いえ、このへんか?」
「……んーん」
男の子の次の質問には首を振る。ここから実家までまだ少し距離がある。男の子は何を言うわけでもなくしゃがみ込むと、リュックからティッシュを取り出して血を拭おうと膝に押し付ける。その指圧で痛みが強くなり涙がじわりと浮かんだ。
「ふぁっ!ぇ、いてぇよぉ…」
「っ、ごめん。」
顔を歪ませたのを見た男の子は即座に手を離した。
「だいじょうぶか?」
「う?……ぅん……」
擦った痛みを再び心配されて頷く。
正直に言うと怪我をした足はまだ痛い。それでも不安と孤独に襲われていた中で声をかけてもらえたことによって、先程より少しだけ気持ちに余裕ができていた。男の子もその様子に安心したようで、しかしまだ心配そうに様子を窺っていた。
「おれおつかいしてて…みち、わかんなくなっちゃって…こわくなっちゃって…いそごうとしたら、ころんじゃって…かえれなかったら、どうしようって、なっちゃって…………」
自分に向けられた親以外からの初めての温かい声に当てられ、自然とたどたどしく現状を説明した。次第に視界が歪み涙が頬を伝いぽろぽろと零れ出した。幼い男の子はまた涙を出させてしまったことに最初は慌てていたが話を一通り聞いた後、意を決して口を開く。
「じゃあ、おれんちにこい。」
「ふぁ?」