縁食う刀　糧を分けることで縁を繋ぐ儀礼は、古き時代より伝わるもののひとつである。満足に腹を満たせぬ頃、それは慈悲であり度量の証であった。
　神であるならばなお、そういった心持ちは強いだろうと思ったところで、ふとお節介な審神者はそれを口にしてしまったのだ。
　与えるということは慈悲で、縁を深くしたいという隠喩でもあるのではないのかと。特に厨に行きがちな刀の二振りにそう問えば、彼らは顔を見合わせた。
　もともと”物神”のような彼らにとって、食事とは知るに遠い娯楽だったはずだ。供儀として血肉を捧げられるような神ならまだしも、刀の付喪神である彼らにとっては縁遠いものようだと。
　ずけずけと神の真意に踏み込まんとする人の子に比べれば、その滑稽さはマシなようでもあったが。
「うーん、喜んでもらえるのは、同じ刀相手でも嬉しいよ」
　古い刀の一振りである男は、絞り袋を手にそういう。西洋菓子も嗜むようになって、本丸には業務用のオーブンが増えた。手袋の上にかぶせたビニルは安っぽい輪ゴムで止められていて、審神者にはなんだかそれが奇妙に映る。案外この太刀、ガードが堅い。
「五感、特に味覚は、ひとの身で得られたことだからね」
　たすき掛けにした紐をほどきながらひといきついた打刀は、同意するようにそう返した。彼の手もとで好き勝手こねくりまわされた柔らかいものは、いいこいいこをされながら冷たい部屋に閉じ込められた。審神者はちょっと羨ましい。クッキー生地の話しだけど。こんがり焼かれてしまった後は、腹いせにいっぱい食べてやろう。
　明後日の方向に飛んで行った審神者の思考を連れ戻したのは、ひと段落終えて机がほとんど片付けられたあとだった。
「縁を確かにする手段にはうってつけだよね。真新しいことを、みんなで楽しめるから」
　なるほど一理ある。同じ釜の飯というように、縁固めの方法としては古式ゆかしいことだ。食べるかいと饅頭を差し出した歌仙に、審神者は素直に口を開けた。
　甘い皮に包まれたカスタードクリームは、餡子の食べれぬ審神者向けのおやつだった。
　ほおばる審神者にお茶を用意しながら、彼らは律儀に答えを探す。
「審神者のつくった食事を好む刀も多いんじゃないかな。僕たちは主の力で励起された存在だから、そのひとの手で作って貰えるのは、なんだか特別というか」
「主は厨に勝手に入らないでね」
　すかさず釘を刺されるのは幾ら審神者でも少し傷つきますが。むくれた少女をそこそこに、歌仙は話題のつづきをもうひとりに促す。
「逆も……僕たちは鋼でできていて、ひとにうみだされたものだろう？　営みを真似る理由は形を得たからかもしれないけれど、もしも僕たちが主の営みの輪に入れるならそれもきっと、幸せだろうね」
　審神者も含めて仲間だと引っ張り込んで行くのは、長じひとに大切にされた刀だからだろうか。さすが気遣いのできる男だと感心をする審神者に、けれどカッコ良く決めたい男は小さく笑った。
「だから”僕”は好いた相手が食べる姿は好きだと思うよ」
　縁に守られ長き時を重ねた刀らしい言葉だった。
　審神者は思わず喉を鳴らしてしまったけど。己の一部を相手に与える行為に悦を覚えるなど、使い古された性癖のひとつだ。少し危うい沼に片脚を突っ込むような話を、違う本丸にそれそうと当てはめてしまうわけにはいかないが。参考程度にはなるだろうか。
　怖いもの知らずだよねぇと笑う彼らに、怖いから知りたいのだと審神者は頬を膨らませた。

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伝わっても伝わらなくてもいいおはなし
・審神者用に用意されたかすたーど（気遣いとか、ちゃんと審神者のためみたいなところ）
・お菓子を与える歌仙と、話しをする燭台切（ああ別に僕たちにそういう意図はないけどねという線引き）