恋人みたいに 休日、晶とフィガロは買い物を終えて商業施設から出ると、もう日が沈みかけている時間だった。目の前の道に並んでいる街路樹にはホワイトクリスマスをイメージしたような白銀の電飾が輝き、街を一層華やかにしていた。
「今日は何かのイベントなの?木にたくさん光が灯っていてきれいだね」
フィガロは晶と何回か通ったことのある並木道がいつもと違っていたからか、晶に尋ねた。
「あぁ、イルミネーションの事ですか?今日だけというわけではないんですけど、寒くなってくるとクリスマスが近い事もあって、冬の間は街や商業施設でイルミネーションのイベントをやっているところが多いんです」
「へぇ、そうなんだ」
フィガロは白い息を吐きながら、煌煌と光る木々を眺めた。
「ロマンチックなので冬のデートスポットにもなったり、場所によってイルミネーションのテーマも違ったりしていて、いろんな色に光ったりもして楽しめるんですよ」
晶は説明しながらもうそんな時期か、とフィガロと同じようにイルミネーションを眺めていると、毎年近くにある広場に大きなクリスマスツリーが飾られることを思い出した。
「そういえばこの近くにもイルミネーションのイベントがやっていて、クリスマスツリーが飾られている所があるんです。よければ行ってみませんか?」
「うん、せっかくだし行ってみようか」
街へ来た用事も済ませて次はどこに行こうかと晶は考えていたところだったため、ちょうどよかった、とそのままツリーが飾られている広場へと二人で向かった。
休みだからか、行くまでの道には沢山の人が行き交っていた。広場は先程いた場所からはそう遠くなく、そんなに時間もかからず到着した。二人が着いた時にはもう日は完全に落ちていて、暗い中をイルミネーションが一層と輝き、広場全体をきれいに彩っていた。その中でも一番目立ったのは、十メートルほどの高さのある大きなクリスマスツリーだった。
「壮観だねぇ」
「はい、とてもきれいです」
モミの木にはたくさんのシャンパンゴールド色の電飾がかけられ、上品に輝いている。枝にかかっている大ぶりな球体のオーナメントは、深みのある赤色に細かなラメが散りばめられとてもきらびやかだ。そんなツリーの周りには眺めたり、写真を撮る人達で賑わっていた。
「フィガロ、ツリーの写真を撮ってもいいですか?」
「もちろん。心ゆくまでどうぞ」
晶はわくわくした気持ちを抑えられずにフィガロに聞いてから、コートのポケットに入れていたスマートフォンを取り出した。そして、目の前に光り輝いているツリーを液晶画面に写し出し、ピントを合わせてから何回かボタンをタップして写真を撮る。フィガロはそんな晶の姿を隣で微笑ましく見守った。
「ありがとうございます。せっかくですし、少し周りのイルミネーションも見ていきませんか」
「うん、そうしようか」
楽しそうにしている晶を見て、フィガロは来てよかったなと心の中で思いながら、歩き出す晶についていった。
広場には聞き慣れたクリスマスソングが流れ、更にはイルミネーションのおかげでロマンティックな雰囲気になっていた。休日だからか家族連れもちらほらと見かけるが、やはり大半は恋人同士で来ている人が多い。晶はこうして好きな人とイルミネーションを見る事が出来、思っていた以上に気分が舞い上がっていた。ただ、周りにいる手を繋いだり、体を密着させて歩いている恋人達をちらりと見て、俺もフィガロと手を繋いで歩けたら、と少し欲が出てきてしまう。
二人は付き合ってはいるものの、男同士という事もあって公の場で手を繋ぐなどの恋人らしい事は特にせず、不満もなかった。ただ、今日のようにデートスポットで仲睦まじく歩いているカップルが多いと、たまにはそういう事が出来たらもっと幸せなのかな、と晶は感じた。でも、公の場で男同士が手を繋ぐなんて出来るわけないじゃないか、と心の中で首をふる。
しかし、広場はイルミネーションで明るく彩られているものの、日は落ちていて周りの人達の顔はそこまではっきりとは見えない。周りの様子をを見て、晶は背中を押された気がした。
―――あまり周りの人達の顔も見えないし、今日くらい手を繋いでも大丈夫かな
晶はそう思い、フィガロに気づかれないように歩いたまま、そっとフィガロの手を繋ごうと自身の手を近づけた。しかし、まだ少しの迷いがあってか、触れる前につい手を引っ込めてしまう。付き合いたてではない恋人と手を繋ぐだけなのに、緊張して心臓の音がドキドキと早く鳴っている。そして寒いことを忘れるくらいに身体が熱くなる事が自身でもわかり、一呼吸置いて心を一度落ち着かせた。
二人で他愛のない話をしながら、晶は先程より緊張がとけた気がして、勇気を出して再度手をフィガロの方へ近づけた。その時こつん、とフィガロの手が当たった。たまたま手が当たっただけだとごまかせる事は出来そうだったが、晶は思い切って慣れない手つきでフィガロの指を自身の指と絡めてぎゅっと手を繋いだ。
「…あれ、手を繋いでくれるの?」
フィガロは足を止め、少し驚いた顔をして晶を見つめた。
「あっ、あの…日も落ちて暗いですし、周りの人達もイルミネーションに夢中で俺達の事なんか見ていないので…少しなら大丈夫かなと思って」
晶は恥ずかしそうに少し顔を赤らめながらも、フィガロの手をしっかりと握って離さなかった。
「この場所でフィガロと手を繋いだら、もっと幸せな気持ちになれるかなって思ったんです」
晶は照れ笑いしながら気持ちを伝えた後、我ながら恥ずかしいことを言っている、と気持ちを伝えたことに少し後悔した。しかし、フィガロは少し照れくさそうに眉を下げて笑い、晶の温かい手をぎゅっと握り返した。
「そんなこと言ってくれるんだ。ありがとう、嬉しいよ」
フィガロから嬉しいと言われ、晶は感極まった。そして、普段あまり照れることのないフィガロの照れた顔を見ることが出来、勇気を出して手を繋いでよかったと身に沁みて感じた。
「フィガロがそう言ってくれて、よかったです」
緊張が解けて心が温まった晶がそのまま歩き始めようとすると、フィガロから密着するように身を寄せられ、思わず小さな声をあげた。
「フィ、フィガロ!近いですっ…!」
「賢者様も言ったでしょ?誰も見ていないって」
フィガロの吐息が晶の顔にかかるくらいまでに顔が近づき、晶はまた心拍数が上がり、目の前にいる恋人を前に慌てふためく。フィガロを見ると、いつも見る余裕のある表情をしていた。
「そ、それはそうですけど…ちょっと大胆すぎるかなって…」
「そう?手を繋ぐだけとそう変わらないよ。今日くらい、いいんじゃない?」
「そうですかね…」
「うん、そうそう。気にしすぎ」
晶は確かに気にし過ぎかもしれないと思い、そうですね、と小声で答えた。そもそも自分から手を繋ぎ始めたわけだし今更か、と開き直り、フィガロに応えるように晶もフィガロへと身を寄せた。そしてちらりと隣りにいるフィガロの顔を見ると、嬉しそう笑ってくれて胸がときめいた。付き合って一緒に暮らしているというのに、外で手を繋いで歩くという行為が晶は付き合いたてのような新鮮さを感じ、堪らなく嬉しかった。フィガロもきっとそう思っているのかな、思っているといいな、と感じながら。
「たまにはいいね、こういうのも」
「…はい」
二人とも幸せそうに笑い合う。そのまま二人は手を離さないまま、彩られたイルミネーションをゆっくりと見ながら歩いていった。