セナとお風呂にはいりたいレオの話秋の某日。月永レオはこの日をずっと心待ちにしていた。祝日でも誰かの誕生日でもない、今日は数ヶ月ぶりに恋人の瀬名泉とオフがかぶった日!つまり心置き無くイチャイチャできる日!レオは二人の予定が出た日から忘れないようにカレンダーに赤でハートマークまでつけて楽しみにしていた。なのに…
「何で…何でだあああああ」
オフ当日朝、レオは雄叫びをあげながらパソコンに音符を打ち込んでいた。どうしてこんな事になっているのかというと、簡単に説明するなら「納期直前でパソコンがご臨終した」
データの修復を心みたものの、このオフのために3日前から徹夜で仕上げた譜面が半分以上パァになり、今日の朝に至る。
「れおくん、入って大丈夫?」
作業部屋のドアがノックされ、お盆を持った泉がそっと顔をのぞかせる。ここ数日は撮影で家にいなかった泉の久しぶりに聞く大好きな声が疲れた体に染み渡る。しかしレオの脳はショート寸前、ガサガサに掠れた声で「あぁ」としか答えることができず、脳内で泉に泣きながら土下座した。
「大変かもしれないけど…これ、食べなよねぇ」
切羽詰まったレオの声に、泉は申し訳なさそうに机におにぎりとお茶の乗ったお盆をそっと置くとすぐに部屋を出ていく。
正直食べている時間も惜しかったが、片手で作業をしつつ泉が握ってくれたおにぎりを頂く。固すぎずふっくらと握られたお米の中にはレオの好きな梅干し。海外ではお米も梅干しも手に入れるのは大変だから大切な日だけといっていたのに…。泉のさりげない優しさに涙が出そうになる。
「…よし!」
大切な1日はまだ始まったばかり。何としてでも二人っきりの時間を取り戻すため、レオは頬を両手で張ると気合いを入れ直した。
────
窓辺から鮮やかなオレンジ色の夕日が差し込み始めた頃。震える指で譜面を添付したメールの送信ボタンを押したレオは、パソコン画面に齧り付くかのように前かがみになっていた体をゲーミングチェアにゆっくりと沈めた。
「…お…終わっ、た」
三徹と空腹、疲労のフルコンボでボロボロの体はもう指先すら動かない。このまま夢の世界に身を委ねてしまおうとぼんやりと閉じ始めていたレオの目が、ふと作業部屋の時計を捉えた瞬間驚愕で見開かれる。
「…は!?もうこんな時間!?」
作業に没頭している間に、レオが心待ちにしていた1日は無情にもあと数時間で終わろうとしていた。作業場を慌てて這い出たレオは、限界を超えてふらつく足を叱責するとリビングに繋がる扉を勢いよく開け飛び込んだ。
「セナ…!」
ソファで本を読んでいた泉が驚いた目でこちらを見る。レオは飛び込んだ勢いそのまま数日ぶりの恋人の胸元に飛び込んだ。「急に抱きついたら危ないでしょぉ!?」と目くじらを立てつつも、抱きついたまま離れようとしないレオの頭を「お疲れ様」と優しく撫でてくれる。
「れおくん」
数時間ぶり、いや数日ぶりに待ちわびた声で優しく呼ばれる名前に「なぁに?」夢心地で頷く。暖かい泉の腕の中でこのままとけてしまっても悔いはない。しかし、猫のように身を預け堪能するレオに泉は少し複雑な顔をすると、なぜか冷静に引き剥がした。
「セナ…?」
「…れおくん…臭い」
「…えっ」
予想もしていなかった言葉にきょとんとするレオの腕に、いつの間にか用意されていたお風呂セット一式を「はい」と渡される。
「どうせ徹夜でお風呂も入れてないんでしょ?待ってる間に軽くご飯も作っとくから、さっさと入ってきちゃいなよ」
そう言い残すと泉はさっさと立ち上がり台所へ行ってしまう。
「…っ、セナ!」
我に返ったレオは慌てて追いかけようと立ち上がる。確かに泉の言う通り、今の汚いままではきっと指一本も触れてくれないかもしれない。しかしレオのせいで待ちわびていたオフはあと数時間しかない…。焦りながらも徹夜明けの回らない脳を必死に動かし、導き出した最適な思考をレオは口した。
「セナ!一緒にお風呂に入ろう!」
────
「ほら、頭洗ってあげるから早くそこ座って」
脱衣所で上機嫌に「セナとおふろの歌」を歌っていたレオは、早く座れと椅子を指し示す泉に「うん!」と答えると鼻歌を歌いながら座る。
「まったく、今日だけ特別だからねぇ」
突然のレオの「一緒に風呂に入りたい」宣言をもちろん泉は、同性の大人二人で狭い浴室に入るなどありえないと断固拒否した。しかし一緒に入ってくれないならこの先一生風呂には入らないとレオが作業部屋に立てこもろうとしたため、一回だけという条件付きだが見事、レオの目論見通り二人での入浴となった訳である。
「…まぁ、徹夜明けでひとりで入って倒れられても困るしねぇ。ほら、髪濡らすから目つぶって」
頭にかけられる熱過ぎずぬる過ぎない程よいお湯が疲れた体に染み渡る。
「…」
「ちょっ!?危なっ…!」
お湯に身を委ねていたレオの意識が一瞬途切れ、後ろでシャワーをかけていた泉の胸に倒れ込んでしまう。
「ちょっと大丈夫?ほら、辛いなら寄りかかってていいからね」
レオを椅子から下ろして、眠気の限界でグラグラする頭を少し横向きにして自分の胸にもたれさせてくれる。せっかくわがままを押し通して二人の時間を手にいれたのにもったいないなと薄れる思考で思いながらも、泉の暖かい体温にこのまま身を委ねてもいいかもしれない…。そう思い始めた時だった。
「…ん?」
頭を支配する眠気とは別に、レオは自分の下半身に違和感を覚え首を傾げた。身に覚えのあるその感触に嫌な予感を覚えつつレオは恐る恐る視線を自分の股の間に向ける。
「…っ!」
「…れおくん?」
体をびくりと震わせ動きの鈍かった体を慌てて縮めようとするレオに、泉は「どうかした?」と顔を覗き込む。さっきまで血の気のなかった顔は恥ずかしそうに耳まで真っ赤になり、震える唇が僅かに何か呟いた。
「…ちゃっ、た」
「え?何?」
もう一度耳をすましてみるとさきほどより少し大きくなった声がぽつりと呟く。
「…せな…立っちゃった」
股間で恥ずかしいほど主張するもの見て言葉に詰まる泉の様子に、レオは先程よりも体を丸めて慌ててそれを隠そうとする。なんて間抜けで恥ずかしいことだろう、自分で無理矢理誘ったくせに、久しぶりに触れた体温だけで反応してしまうなんて…。いやらしい奴だと思われたら…もしかしたら嫌われてしまうかも。
「…ごめんなさいセナ…おれ、わざとじゃなくて…」
しかし泉は、顔を伏せて恐縮するレオの頭を黙ってポンポンと撫でた。
「徹夜続きで疲れてたんでしょ?気にしなくていいよ。あっ…見られたくなかったら、俺は1回出るから、それ抜いちゃいなよ。ほら、流すから目瞑って」
頭に残っていたシャンプーを流して、レオが倒れないように支えていた体を浴槽に持たれさせると一度退室しようと立ち上がる。
しかしその腕を、熱い体温を帯びたレオの手がそっと引き止めた。
「れおくん?」
「…触って」
「…え?」
顔まで降りた濡れた前髪の間からのぞく潤んだペリドットが泉を見上げる。
「セナに…触って、欲しい」
突然のレオの懇願に泉は困惑した。確かに今日は恋人のレオと1日すごせることを楽しみにしていたし、あわよくば久しぶりにレオと恋人の営みができればいいと密かに想いをつのらせていた。しかし今のレオは無茶な仕事を終えたばかりで疲労困憊。きっと今もとめられているこの状態も普通の思考ではないだろう。
「…れおくん、それは…」
断ろうと目線を落とした泉は息を飲む。全身ずぶ濡れで浴槽に体を預け、発散できない欲で時折辛そうに吐かれる熱い息。蒸気と体温でいつもよりも紅く艶めかしく見える恋人に、泉はごくりと唾を飲み込んだ。
「…っ」
茹だっていく思考に支配されそうになった時、ふいにレオの細い指が泉の中心に触れ、泉は慌てて身を引いた。それでも泉の意志とは関係なく正直に反応してしまったあさましい欲の固まりに、レオは再び触れると優しくキスをする。
「…っ、れおくん…ダメだよ」
ようやく口からでた拒絶の言葉にレオは悲しそうな顔をすると手を引っ込める。ぼんやりと虚ろな目からは何が悲しいのか、頬を涙が一筋零れ落ちる。
「れおくん…」
その様子に泉は観念した様子でしゃがんだ。
「…分かった。でも道具は何も用意してないから俺は中には出さない。それでもいい?」
こくりと頷いたレオの濡れた前髪をかきあげてやると、待ちわびたとばかりに輝いた瞳が泉を見つめた。上気する頬に触れて、息継ぎすら与えないくらい深いキスをする。
「んっ…せな…早く、触って」
「あんたから誘ったんだから、文句言わないで」
横たえた体にもしるしを落としていく。レオが弱い場所に強めに吸い付いてやると足をもどかしそうにそっと擦り合わせる。見つからないと思っているその動きが可愛くて、わざと焦らすように裏筋を指で撫でた。
「っ…やぁ、んっ」
少し触っただけなのに漏れる声が甘くて可愛らしい。今にも決壊しそうな中心から溢れ出す精液を借りて穴のふちに指をかける。ローションとくらべると申し訳程度で心配にはなるが、早く解放して休ませてやりたい気持ちもあり、いつもより手早く穴を解していく。
「れおくん、入れるよ」
怪我をしないように少しずつ。風呂場の熱のせいだろうか、泉を迎え入れるように絡みつくレオのナカは心做しかいつもより熱を帯びて熱い気がした。だが半分ほど入れたところで泉はレオの様子がいつもと違うことに気がつき、訝しげな声で名前を呼んだ。
「…せな…っ、おれ、おかしい…もうイッちゃ…アッ!ダメ…っつ」
急激に上り詰めた体を制御できないのかビグンッと痙攣させる。ヤダヤダと繋いでいない方の手で中心をせき止めようと握ったが時すでに遅く、吹き出した白い精液が細い指を濡らす。
「ひっ、ぁ…せな…ごめ、なさ…」
突然の絶頂からまだ戻ってこられない余韻と泉への申し訳なさでパニックになっているのか、子供のようにしゃくりあげると泣き出してしまう。泉は繋いでいた手を引いて自分の膝に抱き上げると落ち着かせるように額に優しくキスを落とした。
「大丈夫、れおくんはおかしくないよ。きっとびっくりしちゃったんだけだから、落ち着くまでこうしていようか…っ…」
まだ半分入ったままで溢れそうになる欲をそっと息をついて飲み込む。おそらくレオはもう限界だろう…このまま中挫して寝かせてやったほうがいいかもしれない。そう考えていた時、泉の様子をそっと伺っていたレオが、まだ少し整わない息で「セナ」と小さな声で呼んだ。
「れおくん、どうかした?」
「…セナ…辛いならナカに出して、いいよ…」
囁くように聞こえた言葉の意味が分からず目を丸くしていると、レオは泉の肩を支えに震える足で膝立ちになる。額が寄せられ、水滴の滴るオレンジの髪が泉の頬に落ちる。まっすぐ見つめる瞳は吸い込まれそうなほど綺麗で、抑えていた身体の熱が再び全身を支配する。
「…っ!れおくんっ、待っ…」
ようやく脳が言葉の意味を理解した時にはすでに遅かった。レオが腰を一気に下ろし体を激しく痙攣させたと思った瞬間、泉の中心は暖かい体温に包まれ、目の前に火花が散る。
「…っ、ああ」
体の中を駆け抜ける濁流を自分の意思では止めることが出来ず、脳を突き抜ける心地よい刺激に一瞬意識が濃い霧の中に溶けたように感じた。
脳が揺れてぐにゃりと歪む視界の中でなんとか手を伸ばすと、崩れ落ちそうになるレオの腕を寸前で掴んで抱き寄せた。
「…っ、はぁっ…はぁ…何で、あんたはいつも…」
肩口で聞こえる息遣いはふとした瞬間に止まってしまうのではないと思うほど荒く、泉は震える体を強く抱き締めた。2度目の絶頂で意識はとっくに無くなっているはずなのに、うわごとのように「せな…行かないで…」と繰り返している。
「…どこにも行かないよ。一緒にいるっていったでしょ?」
泉がそっと背中をさすってやると荒かった息は次第に落ち着き、やがて穏やかな寝息に変わる。
「まったく、いつも心配ばっかりかけるんだから…」
目には隈が浮かび顔色も青白かったが、大きな怪我などは見られない。泉はやれやれとため息をつくと、すっかり安心しきった寝顔にそっとキスを落とした。
────
重たい瞼をそっと開くと見慣れた寝室の天井がぼんやりと映る。
「…あれ?おれ、どうして…」
口から出たはずの声は自分のものとは思えないくらいガサガサで、体は鉛のように重くて熱い。その熱のせいか頭もズキズキと痛んだが、額に宛てがわれた冷却シートが僅かだがそれを緩和してくれる。
レオはどうしてベッドで寝ているのかすぐには思い出せず、おぼろげな記憶を手繰り寄せた。確か仕事を終わらせたあと泉とお風呂に入って・・・
「…っ!!!」
自分のしでかした記憶の断片を思い出したレオは一瞬で耳まで茹でダコのように真っ赤になる。
「れおくん、目が覚めたんだ」
「!」
寝室の扉が開き、薬と水の入ったペットボトルを持った泉が入ってくる。ほっと安心したような優しい笑顔は美しかったが、思い出した先程の記憶が重なって、レオは思わず布団をかぶって隠れてしまう。
その様子に泉は一瞬驚いた顔をしたが、何も言わずベッドの横に据えられたサイドテーブルに薬を置く。
「薬持ってきたけど飲めそう?食欲は無いかもしれないけど水分はちゃんととりなよねぇ」
いつものそっけない声とは違う優しい声。でも今はとても顔を見られる状態ではなかったのでレオは布団をかぶったまま首を振った。
泉は「そう」とだけ答えるとベッドから気配が離れて行く。レオがほっと息をついたその時だった、かぶっていた布団が突然引っ張られ油断して緩めていた手から簡単に引き剥がされてしまう。
「え!?え??」
一瞬何が起こったのか分からず顔を向けた先で布団を投げ捨てた泉が仁王立ちしているのが見えた。
「俺が話してるんだから、ちゃんとこっちを見て」
「…はい」
いつもの有無を言わせない泉節に観念すると、そっぽを向けていた体を泉の方に向ける。
「…セナ…ごめ…」
「ごめんね、れおくん」
謝ろうとしたレオは、泉の謝罪の声に驚いて目を丸くする。ベッドのふちに腰掛けた泉をそっと見上げると今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「…あんたが疲れてたの知ってたはずなのに、止めようって言えなかった…俺があの時止めてれば、そんなにボロボロにならなくてもすんだのに…」
「…っ、違う…!」
レオは喉の痛みを堪えて掠れた声を張り上げた。
「…セナは悪くない…おれ、寂しくて…せっかくセナが今日一日一緒にいてくれるっていったのに…おれのせいで全部ダメになって…だから、っ…」
「れおくん、無理して喋んなくていいから」
咳混む背中を優しくさすられる。息苦しさと溜め込んでいた思いが溢れて、レオの目から涙が次々と零れ落ち、やっと触れられた手に縋り付くように顔を寄せた。「れおくん」と名前を呼び、愛しむように頭を撫でてくれる手はとても優しく、荒れていた息が少しずつ落ち着いていく。
「俺も…寂しかった。ずっと、あんたにこうやって、触りたかったから」
レオの体を仰向けにすると唇が触れ合う。優しいけれど決して逃さない深いキスに、繋がれたレオの手が甘い声と一緒に時折反応する。
「…んっ、セナ…好き…」
「うん、俺も…」
泉は横に寝転ぶとレオを優しく抱き寄せた。
「ね、れおくん。また寂しくなったら…こうやって抱きしめてキスしよ?…だから、もうあんな無茶なことはしないで…」
真剣な泉の眼差しにレオはこくりと頷く。しかし少し考えてから、恥ずかしそうに目を伏せた。
「でも…元気な時は…その…触って、くれる?」
レオの言葉に一瞬きょとんとしていた泉だったが、言葉の意味を理解して頬が紅く染まる。
「…っ、た…たまになら…」
恥ずかしさを誤魔化すようにもう一度キスを落す。つられて照れたように笑ったレオは、安心したせいか次第に瞼が重くなり、泉の胸に顔を埋めた。
「…セナ」
「ん?」
「…明日起きても、セナはそばにいる…?」
もう半分夢の中にいるのか寝言のようにぽやぽやと喋るレオに泉は微笑んだ。
「いるよ。だってここはふたりの家なんだから」
レオは「そっかぁ」と嬉しそうに微笑むと、安らかな寝息が零れはじめる。
「おやすみ、れおくん…また明日」
無防備で幸せそうな寝顔にそっと触れる。この先の2人で過ごせる「明日」を想い描きながら、泉は愛しい人をもう一度優しく抱きしめるのだった。
END