息抜き「……」
フィリスの結われていない長い癖毛の銀髪が風に乗って揺れる。一見質量があるように見えるそれは、けれど薄いレースのカーテンの様にサラサラと陽の光を7色に反射して靡くのだ。
「………」
俺はフィリスの髪が好きだった。何よりもよく手入れされており、手触りがとても良いのだ。冬になると少し毛質が変わるところも愛おしい。
「…アイリ、恥ずかしい…」
「あぁ、すまん」
俺は小さく抗議してくるフィリスが愛おしくなってその綺麗な銀髪を撫でた。想像と違わぬ心地のいい触り心地にうっとりしていると、再びフィリスが声をあげた。
「…髪、じゃなくて…頭…撫でて欲しい…」
先程よりも頬を赤く染めながら、目を伏せて遠慮がちに強請ってきたフィリスに、俺は飛びつくように頭を抱え込み、わしゃわしゃと耳ごと撫でてやった。ふわりとフィリスが愛用している、優しい甘さのある独特な香水が香った。これも俺が選んだものだ。
「…お前ってほんと…かわいいなぁ…」
「またかわいい…って…もうやめてよ…僕はかわいくないよ…」
「いーや、そんな訳ないね。お前は可愛い。絶対に可愛い」
「やめてってば…可愛くないから…」
そうして平和な水掛け論をしていると、ふと視界の端に見慣れた赤色が映った。
「アンタら…街中で何してんだ…」
「ラハ、遅かったな」
「話しかけづらかったんだよ…特に、ここじゃあ噂になってるんだから、余計にな」
「噂?」
キョトンとして緩く首を傾げたフィリスに、ラハは小さくため息を吐きながら続けた。
「『世界を救った英雄が、まさかの女役』…ってな」
「めや…?それってどういう…?」
「…本当に分からないのか?……あー、早い話が夜に入れられる側ってことだ」
「~~~~っ?!」
ラハから告げられたあまりにも下世話な噂話に、フィリスは声にもならない悲鳴を上げた。顔も先程と比べ物にならないほどに赤くなり、誰から見ても恥ずかしがっている事が判るような表情になった。
「お、真っ赤」
思わず口に出ると、さらに恥ずかしくなったのか、フィリスがグイ、と俺の頬に手をやりピンと腕を伸ばした。猫が抱かれるのを拒否するような体勢だ。
「もう帰るっ!!アイリのバカっ!!」
「うお?!」
珍しく声をあげてどこかに走っていってしまったフィリスの背中を見送る。そんな姿も可愛かったので、俺はもうダメかもしれない。
「そういう所なんだよなぁ…」
「あぁ…あの様子だと、気付いてないんだろうな…」
と、思っていたが、ラハも同じだったらしい。やはりフィリスが可愛いのだろう。いや、そうでもなければあのような噂が立つ訳がないのだが。フィリスは遠目から見れば、恐ろしく美人な、小柄で細身な男だ。可愛いよりも綺麗が先に出るだろう。それでもなお、そんな噂が出るのだから、それはもうフィリスの問題なのだ。
そんなことを思っていると、遠くの方でフィリスの声が聞こえてきた。何やら不穏な内容だ。声色で怯えてるのがわかる。
「だから…っ本当に間に合ってますから…っ」
続けて聞こえてきたのは、舐るように甘い女の声。時々フィリスに手を出そうとする女(主にエレゼンやヴィエラ)がいるということは知っていたが、まさかこのタイミングで来るとは。
「少しくらいいいじゃんー、お姉さんを癒してよぉ」
「ちょっ…!触らないでください…っ!」
どうしてあの子はこんなにも、頭のおかしな年上に好かれ易いのか…と嘆いていると、ラハが俺を呼んだ。早く助けに行こう、という意図を感じた。
「アイリ…」
「わぁーってるよ。…ったく、目を離すと直ぐこれだ」
「ははは…彼氏も大変だな」
「ホントだよ」
俺はボヤきながら、ラハと共に声がした方に向かった。