仕事を詰め込みすぎた天罰かもしれない。仕事中、寒気と気だるさに気づいて事務所に連絡をした。たまたま出られたのが早乙女学園時代の担任、月宮先生だった。ことの経緯を電話口で話すと「春ちゃん、先月スケジュール真っ黒だったわね。最近暑かったと思えば急に寒くなったりしたし、体調崩しちゃったのね。」
今日大事をとった方がいいわ、体調のことを先方に連絡してみて、と心配そうな声色で電話を切られてしまった。
先方のスタッフさんに連絡を入れ、本日入っていた打ち合わせを来週にずらし、とりあえず明日は何も無かったから明日までに治せればいいと思いつつ、ふらつく意識の中タクシーで寮まで帰ってきた。

そして今、体温計の電子音がなって表示を見てみたら、38度近くの熱があると表示された。
「風邪、かなあ」
ぽつりと独り言を呟く。スケジュールを詰めに詰めたのは認めるが、好きでやっているし何より達成感と周りに認められる事が原動力になっている。それに何より
「すごいじゃないかハニー。今度の映画、主題歌書くんだって？」
と自分のことの様に喜ぶ恋人、レンさんの顔が浮かぶ。今日の打ち合わせは彼が喜んでくれた映画のスタッフさん達とだったのに、迷惑かけちゃったなと反省する。着替えを済ませて今朝もぐって寝ていたベッドへ横になる。
日々、綿密な打ち合わせやクライアントへのメールでの連絡にレコーディングの立ち会い、それから楽曲の制作で身体がそうとう疲れていたのだろう。疲れさえも感じなかった。そんな中の体調不良。病院に行く気力さえもない。布団の中の心地良さに瞼が開けていられず気がつけば眠りに落ちていた。

どのくらい寝ていたのだろう。目を覚ますと同時に誰かの気配がする。気だるさの残る身体を起こして「誰……？」と零す。
「やあ、ハニー。目が覚めたかい？」と大好きな声がする。
「ダーリン、どうしてここに」
「リンゴちゃんに聞いて会いに来たんだよ」
合鍵使って勝手に入っちゃった、と彼は続けざまに言った。
事務所かテレビ局だろうか、月宮先生に会ったのだろう。事務所公認でお付き合いをしているパートナーのレンさんに伝えてくださったのが、とても嬉しかった。そして何より久しぶりに会う大好きな人。会いたくて会いたくてたまらなかった。そう思うとベッドから起き上がって台所へ立っているレンさんに抱きつく。

「ずっと、ずっと会いたかったです」
私はそう言って胸板に顔を寄せる。大好きな人の匂いだ、それだけで嬉しくて涙が出そう。
「どうしたんだい？今日は随分と甘えたがるね」
急な行動にも関わらず、抱き締め返して頭を撫でてくれる手がとても優しい。気がつけば泣いていた。
「体調不良だって聞いたから、買い物をしてきたら沢山買ってしまったよ。食べ物も買ってあるから、落ち着いたら後で食べようか」何も聞かず優しく抱きしめて貰いながら嗚咽しか出ない。情けないけれど泣き止むまでずっとそばに居てくれた。

「ダーリン、この後の仕事大事ですか？」
泣き止んだあとの私をレンさんに甲斐甲斐しくお世話してもらい、再びベッドへ戻った私は言った。
「仕事？ああ、平気だよ。収録が終わってからオフになっていてね。体調不良で寮へ帰したって聞いたから心配になって来たんだ」
熱、まだあるみたいだねと額に手が当てられる。心地よい温度の手を話してほしくない。離れていく手をぐい、と引き止めて「傍に居てください」と言う。
引き止められるとは思ってなかっただろう。レンさんが目を丸くしてその後、私の手を握り返して手の甲に、ちゅ、とキスをした。
「分かったよ、俺の愛しい人。本当はこのまま唇にキスをしたかったけど、今日は我慢するよ」
止まれなくなってしまいそうだからね、と言われる。残念だ。
「治ったら、たくさんキスしてくれますか？」「もちろん、でも唇以外にもするよ？それでもいいかい？」
と言われて熱で火照っている顔を赤くするしかなかった。