義兄弟と学園祭🦊👟
「シュウ、お姫様役するんだって?」
「へ...?」
わかりやすく動揺するしてスプーンを落とすシュウ。落としたら汚いじゃん、とスプーンを床から取ってキッチンへ持っていく。新しいスプーンと交換してシュウに渡せば眉を顰めてこっちを見る。
「何で知ってんの...」
「アイクから聞いた。絶対俺には教えないだろうから、って」
「言わないでって言っとくべきだった」
「何でシュウがお姫様役?お姫様ってことは主人公なん?」
「いや、違うよ。僕は王子様の婚約者で主人公に王子様をとられる役。女子がそんな役可哀想だからって僕になっちゃった」
絶対嘘、シュウの女装姿が見たかっただけだ。シュウは自覚してないけど整った顔をしている。アメジストの瞳には星を宿してるみたいにキラキラしてるし、まつ毛は化粧しているみたいに長く上に向いていて女子達が羨ましがっている。綺麗系なのに笑った顔はめちゃくちゃ可愛い。そんなシュウが劇に出るんだから、化粧して髪も綺麗に整えるんだ。似合ってるに決まってる。
「見にこないでね」
「は、何で。行くよ」
「やだよ、恥ずかしいもん」
ご飯を食べ終わって皿を片しながら目を細めて釘を打たれる。これ、本気で嫌がってる表情なんだよな...。コップに入っていた水を一気に飲みきる。
「絶対行くから、アイクに時間聞くから」
「口止めする」
▽
当日、勿論アイクに時間を聞いてシュウの劇を見に行った。アイクに口止めはしただろうけど甘いよ。俺をあんまり舐めない方がいい。一応、シュウには劇に集中して欲しいから後ろの方の席に座る。本当は1番前の席でシュウを見たかったけど、そこは我慢。怒られはしないだろうけど、ちょっと拗ねて話せないとか嫌だし...。
劇が終わり拍手が送られる。よくある乙女ゲームみたいな話だった。王子様が、庶民の女性に恋をして真実の愛だとかなんだとか言って婚約者のシュウを振る。主人公と王子だけを見ればハッピーエンドだけど、振られた婚約者側からみたらあまりにも自分勝手な話だと思うんだよな。
カーテンコールが終わり役者が全員退場していく。その時にシュウが少しつまづいて転けそうになる。危ない、と立ち上がった瞬間王子役の男がシュウのお腹に手を回して支えた。そのスマートさに観客は拍手を送る。少し照れたように笑うシュウと観客に手を振る王子。無性にイライラしてくる。シュウを振ったくせにシュウにくっつくな。
「シュウ!」
一目散にシュウの教室へと走って向かう。大きな声で名前を呼べば、教室の中央でみんなに囲まれていたシュウが目をまんまるにして俺の方を見る。
「え、ミスタ?どうしたの」
「アイク、シュウ借りる行こう」
「はーい、いってらっしゃい」
にこにこと手を振って俺たちを見送るアイク。シュウの手を掴んで空き教室へ連れて行く。後ろでミスタ、ちょっと、って俺を呼んでる声が聞こえたけど聞こえないフリをした。今は出来るだけ早くシュウを独り占めしたかった。
▽
空き教室に入ればミスタが僕を抱きしめた。ぎゅうぎゅうと力強く抱きしめられて少し苦しい。
「シュウ、似合ってた」
「僕にとっては嬉しくない褒め言葉だよ」
「...こんな可愛い姿、誰にも見せたくなかったな」
ミスタが眉尻を下げて僕を見る。中学の頃から身長が伸びて僕より背が高くなったミスタ。昔はよくこんな表情してたな、なんて思い出してなんだか昔に戻ったみたいな気がして笑みが溢れる。ぽんぽんと頭を撫でればまた肩に顔を埋めて抱きしめられる。
「何言ってんの、ミスタ」
「ていうかシュウを捨てたくせに最後なに?俺のモンみたいな顔してさ」
「僕が転けそうになったの助けただけだよ。彼は悪くないじゃん」
「...うん」
明らかに不機嫌。この話題から逃げた方がいいよね。劇で疲れた頭をフル回転させて何か話題はないかと探す。ぱっと思い出したのは昔の話。言うかどうか悩んだけどこの不機嫌な状態をなんとかして変えたかった。
「あー...そうだ。この話はミスタ思い出したくないかな?昔僕にプロポーズしたよね。1か月ぐらいだったから僕のこと女の子と間違ってたのかな」
昔の話。僕とミスタが兄弟になってすぐの時にプロポーズされた。結婚して!ってキスされて...。そういえば僕の初めてのキスってミスタになるんだ。兄弟だからこれはノーカン?
「間違ってないよ」
「へ?」
懐かしむように昔の出来事を思い出していたら想像していた返答が返って来なかった。
「俺、ちゃんとシュウのこと男だってわかってたし、わかった上でシュウにプロポーズしたよ。あん時から俺の気持ち変わってない」
「ミ...、ミスタ?」
「好きだよ、シュウ。俺、一度もシュウのこと兄弟だと思ったことない」
「ミ...、ッ!?」
ミスタが僕の後頭部に手を添えて顔を近づけた。僕の言葉を奪うように唇が重なる。僕とミスタが出会った頃にした可愛らしいキスとは違いもっと大人なキス。キスってアニメで見たような触れ合うだけのものだけじゃないんだ、と何故か冷静になって考えてしまった。ミスタは僕を離さないというように腰をしっかり抱いて角度を変えながら何度も口付けを繰り返す。ミスタが下唇に吸い付いて少しだけ顔を離す。終わったのか、とゆっくり目を開ければこちらを見ていたミスタと目があってもう一度唇が重なった。
「シュウ、俺もう我慢しない。兄弟じゃなくて1人の男として意識して」
そう言い終わると力一杯僕を抱きしめる。何も言わない、何もできない僕から身体を離してミスタはそのまま教室を出て行ってしまった。ミスタが出ていった教室の扉を見ながら急に力が抜けてへたりと床に座り込んだ。あまりの出来事と、駆け抜けていくスピードに思考が追いつかなかった。ミスタのことはずっと兄弟だと思っていた。それはこれからも変わらず続いていくし関係なんて変わらないと思ってた。だけどミスタの中では初めから僕たちが兄弟なんかじゃなかった。今日、僕とミスタの関係は変わったし、もう元には戻れない。その事実に気付いたら僕の頬には一筋の涙が零れ落ちていた。