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    トローチ

    @CanCoR2525

    えっ、いまからでも入れる保険があるんですか?

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    トローチ

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    大阪ジョイパ用に書いたものですが、見ていただいたら分かる通り縛る順序がぐちゃぐちゃです。修正効きそうにもないので書きかけの幻とでも思ってくだされば。
    とりあえず今からプロット組みなおします

    没緊縛クルドロ 【注意】
    この本は擬人化前提でお話が進んでいきます。題名にもある通り、調教もといSMがテーマとなっており、かなり特殊な内容となっております。具体的な性癖要素といたしましては
    ・緊縛、吊り緊縛
    ・ボンテージ
    ・スパンキング
    ・蝋燭
    ・主従契約
    などが含まれます。(ソフトSMのつもりです)
    最初はただのSとMですが最終的には恋人兼主従関係になります。ご安心ください。


    クルドロとSMは親和性が高い。










    この本は原作様となんら関係のない二次創作です。








    たまたまだ。たまたまとある裏サイトを物色していた時にその映像が流れてきたから。薄暗い和室の畳の上に転がされていた女が、身体をひしゃげてその四肢を赤の縄に収めていた。柔らかい肉に縄が食い込み、肉が乗る。猿轡をされた顔を畳に擦り付けて、映像の外に目をやる。するとどうだろう? フレームインしてきた男が縄を引いて女の体を起こし、大量の縄をもってきて次々に結わっていく。
    「(何するつもりだ?)」
     気づけばその画面に釘付けになってしまっていた。息をするのも忘れるくらい。自分が知りえなかった世界を目の当たりにして、痛いくらいに心臓がなっている。
     その縄をどうする?その女をどうする?その縄でどうする?
     はやる気持ちは呼吸を乱らせた。く、と息が詰まる。
    「ンン!」
     画面の中で女が鳴いた。縛られた体につながれた無数の赤い縄。男がそれを思い切り引く。
     ギギッ!ミシ、ギ
    「ンンぅ!!」
     木のきしむ音と女の絶叫。ピンと張った縄。そして、宙に浮いた女の身体。
    「(おいおいおいおい……)」
     縄は女の身体の輪郭を強調させ、色濃く描いている。女が身をよじる度に、ギシギシと音を立てて揺れた。
    「はぁーーーー」
     大きく息をついた。なんだかさっきまで息を止めていたような感覚がする。この女の感覚とリンクでもしたんだろうか?
    「おっもしろ。ククク」
     椅子にもう一度しっかり座り直し、ブラウザを立ち上げ片っ端から今の映像に出てきたことを検索する。
     縛る。身体。縄。吊る。
     そして後に知ることになる言葉、緊縛。
    全く知らない世界の、体が震えるほど興奮させる興味。したい、やってみたい、縛ってみたい吊ってみたい!人の嫌がり苦痛に叫ぶ姿が好物の俺にとってこの世界は相性が良すぎる。新しいおもちゃを見つけた気分だった。しばらくは退屈しなさそうだ。
     俺がこの映像を見たのがちょうど一週間前。そして俺は予想もできなかった相手を縛ることになる。

    【下準備は大事ですよ奥さん】
    「ケッ、だる~」
     隊長に呼び出されたと思ったら、当の本人は買い物当番であったことをすっかり忘れていただか何とかで、すでに日向家を出た後だった。ぐるっと一周したというのにどこにもいないとは。呼びつけたのはそっちだっていうのに。この借りは高くつく。今月の給料が楽しみだなぁ隊長サンよ。
     舌打ちをしながらラボの扉を開けて歩みを進める。
    あれから緊縛、もといSMというものに興味を持った俺はどんどんのめり込んでいった。用語も道具も一知れば百知らないことが出てくる。そうやって派生して自分の好みというものが形成されていくのだ。
     だがどうしてもあの動画だけは忘れられなかった。あの赤の縄がふとした瞬間に頭にちらつく。目を引く赤。肌の薄い色に映える赤。鮮血のごとく彩度の高い赤。
     そして一昨日、ついに縄を買うという行動に至った。肉体を縛る縄というものは、下準備、および日頃のメンテナンスが重要となってくる。そういったことは職業柄嫌いじゃない。おかげで買った時とは見違えるほど手触りのいい縄たちが誕生した。毛羽立ちがなくなり、するんと肌の上をすべる。次は自分で編んで作ってみようか。
     と、ぼーっとしながら考えていた。だからラボに立ち尽くす人物のことに気が付かなかった。
     まぁもとより気づきにくい人ではあるのだが。
    「あっクルル殿……」
     デスクの上に置いてあった半端に手入れされた赤い縄。その前に立っていたのは紛れもなくドロロ先輩だった。
    「(見られちまったよ。おいおい)」
     変な汗が額を伝う。やべぇ、なんて言い訳しようか。そもそもラボには鍵がしてあったはずでは。
    「(ってこの人天井裏からだから関係ねぇか)」
     しかしよく見ると、先輩の腕にその赤い縄が巻き付けてありきゅっときれいな結び目が乗っかっている。先輩は縄を撫でながら優しい顔で言った。
    「いい縄でござるな。手入れが行き届いていて毛羽立ちも少ない。肌触りもいいでござる。流石クルル殿、といったところでござるな」
    「クっ……」
    「これはクルル殿のこだわりでござるか?微かに香油の匂いがするでござるね。それともお相手のこだわりでござるか?」
    「待て待て待て待て」
     引くでも恥じらうでも驚くでもなく、冷静に分析を続ける先輩にむしろこっちが焦り始める。何言ってんだこの人。
    というか相当詳しいな。
    「なんでその縄の使い道分かんだよ」
    「へっ……? あっ」
     何かに気づいたのであろう先輩は顔を真っ赤にして縄が結わえられている腕に目をやる。そして結び目をほどこうと指をひっかけた、が、焦る指はうまく結び目をほどくことができずまた焦るばかり。
    「アンタ、知ってんだろ」
    「知らない! 知らないでござる!」
    「そもそもその結び方は知らなきゃ出来ねぇんだよ!」
    「これは、あ、アサシン時代に習っただけでござる!」
    「アサシンはSMも教育されるんですねぇ!?」
    「そんなわけないでしょ!」
    「自分が言ったんだろうが!」
    「言ってない!」
    「言った!」
    「言ってない!!」
    …………。
    何をやっているのだろうか。一体。無駄に声量の大きい口論。内容も無理があってばかばかしい。先輩の苦しい言い訳も一周回って笑えてきた。
     この人は絶対にクロだ。間違いない。
    「この匂い、いい匂いでござるな。汗の匂いとかも残ってないし」
    「まぁ、一回も使ってないんで」
    「えっ!? そうなんでござるか?」
    「まぁなぁ」
     ようやく腕から縄を解くことができた先輩は、腕に残る匂いを嗅いでいた。
    「先輩は?」
    「……ないよ。あるわけない。誰にも言ってないからね」
    「ま、言えないわな」
    「この縄何処にかけてたらいいでござる?」
    「こっちっスね」
     ラボの奥に誘導していけば、とある一角に物干しざおに吊り下げられた縄が見えてくる。縄は癖がつかぬようにできるだけまとめずに伸ばしたまま保管するのがいい。そのため少々ラボを改造して、大体は伸ばして保管できるようにしてしまった。
    「多いでござるな。それに、みんな赤色」
    「いいだろぉ? 映えんだよ、肌にな」
    「クルル殿って、割とこだわりが強いんでござるな」
     ひょいッと竿に縄をかけてクッと引く。縄が動くたびに微かに香るのはスパイスに似た匂い。ピリリと胸がうずく。
    「アンタは、どっちなんだよ」
    「どっち……かぁ。うーん」
    「言いたくねぇのかヨ。ここまで来ておいて」
    「いいや。違うでござる。クルル殿なら……いや、“そっち“の御方なら分かるんじゃないでござるか?」
    「…………」
     試すような言い方。じっと縄を見つめている。
     俺は先輩の見つめる先にある縄を手に取り、竿から引きずり下ろした。赤色が、俺の手に乗っかる。
    「もっかい腕だせよ」
    「うん、いいよ」
     差し出された白くて無駄のない、筋肉のついたしなやかな腕。あのときの肉のついた女の腕ではないけれど、赤の映えるいい腕だった。腕にそっと縄を乗せる。するんと一周腕をくぐりキュッと締める。締めたところは肉が沈んで凹凸になる。
    「っ……」
     先輩はその一瞬に喜んだように見えた。たった一瞬腕を軽く締めただけ。それなのに身体がしびれるみたいに目をつむって、顔をパッと紅潮させる。
    「(あ、この人)」
     どうしようもないドMだ。

     するる、と縄をほどく。解いた縄を目で追って、先輩は大きく息を吐いた。熱のこもった吐息。グッと縄を持つ手に力が入る。
    「なぁ先輩」
    「なにかな」
    「アンタのこと吊っていいスか」
    「吊る!? 縛るではなく?」
    「吊る」
    「吊る……」
    「不安かーい?」
    「……まぁ、不安でござる。勿論。相手がクルル殿とあればなおさら」
     こればっかりは何とも言えない。実際、身体を預けるケガと隣り合わせの行為なのだ。信頼というものがあって初めて成立する関係。確かに先輩は勝手がわかっているうえ、腐っても元アサシンだが、あそこまで体の自由を奪われる行為ならばそんなのは関係なくなる。
     俺の指の動き一つで目の前の人をどうこう出来てしまう。
    「(あーおもしろ)」
     それは一種の支配欲。またの名を征服欲。欲求は乾くことを知らない。まだ承諾も得ていないのに、プランを練り、必要なものを洗い出し始める。貪欲で、真っすぐな感情。その熱をあてがって、アンタの輪郭を作ったら一体どんな嬌声を上げてくれるだろう?
    「でも」
    「ん?」
    「ちょっと気になる、かも。ちょっとだけでござるけど」
    「安心しナァ。こういうことに余計なたくらみなんてしねえよ。それは俺様のプライドが許さねぇからな」
    「そっか」
     じっと見つめる目。言葉にはしない感情を向けられる。汚い異質な欲求にあてがわれて、思わず喉がグッと締まる。
    「なんて目してんだよ」
     空色の瞳は水面のように揺れていた。けれどその奥にギラギラした鋭い獣の目が垣間見える。
     なんだ、期待しているんじゃないか。いいや。わかりきっていたこと。ここまで来て、ここまで見せられて欲しがらないわけがない。胸の疼きを掻いてほしくてたまらないはず。出会うべくして出会ったなどと気持ちの悪い言葉は言わないが、俺の好奇心が今日先輩を呼んだのかもしれない。ほかの誰でもなく、一番しとやかに見えて蓋を開ければぶっ飛んでるこの人を。
    「うん、いいよ。しよっかクルルくん」
    「ククク、ちげぇだろ先輩。お願いしなきゃなぁ?」
    「っ……。吊って、欲しい」
    「ん?」
    「吊って……下さい」
    「いいぜ」
    「……ふふ」
     いつも通りの平和ボケした笑みのはずなのに、このときばかりは違って見えた。いけないことをする前の期待した目。妖艶さを孕んだ瞳は、確かに俺を捉えている。先輩と後輩という関係値がここではSとMに変化するのだ。
    日常と非日常の境界線を、この赤い縄がかたどる。運命の赤い縄。そんな言葉をあてがって、その日は解散した。

    【地下基地を勝手に改造しないで下さい】
     地球はいつ侵略成功するのだろうか。少なくとも明日ではない。今日でもない。グダグダの侵略会議を朝から続け、結論の出ぬまま世間話タイムへと突入してしまう。面白い話題が上がれば乗っかり、興味のない話は基本スルー。こういう時の話の中心は大抵が隊長だ。それに乗っかるタマちゃんと、七割がツッコミのギロロ先輩。
    「……」
     ちらりと視線を送った相手は、静かにうなずきながらお茶を啜っていた。発言こそしないものの、一応会話の内容は聞いているようで時よりクスリと笑う。
     でも、その笑みはあの時見た笑顔とは全く違うものだった。あの時はもっと伏せ目がちだったし、頬が紅潮していた。それに何より纏う雰囲気が別ものだ。昼間の平和主義者の抜けた顔。
     ばち、と空色の瞳とかち合う。すれば、先輩の口元が小さく揺れて言葉を紡ごうとした。すかさず人差し指を自分の口元にあて、喋るなと合図を送る。開きかけた口を閉じ、目線を送り返す先輩。相も変わらずその他の三人はぎゃあぎゃあと下らない論争を繰り広げている。
    「……」
    「……ンンっ」
     グッと親指の先を出口の扉へと向けた。言いたいことを察したのであろう先輩が、一回頷き咳払いをする。その咳払いに会議室の中は一瞬静かになった。
    「拙者、今日はこれで失礼するでござる」
    「俺も失礼するぜェ」
    と、二人して席を立てば隊長が一言。
    「なに? 二人でどっか行くんでありますか?」
     おーーーこわ。勘が無駄に鋭い。まぁ、半分正解で半分不正解。どこにも行きやしないし、地下から一歩も出るつもりもない。二人でという部分は大当たりだ。
    「「いや?」」
     言葉はハモれど目線を交わすことはしなかった。平然を装って、ただ二言の返事を返す。これ以上話すこともないし、詮索もされたくない。なにより俺はこれから色々と準備がいるもので。
     故に隊長の次の言葉を待たず、出口へと足早に向かった。先輩はいつもと同じく天井裏へと昇り、部屋を先に出ている。どうせ上から俺の動向は追っているのだ。気にかける必要もない。背中に他三人の視線が刺さるがそれもどうだっていい。知らぬが仏だ。そのまま扉を開き、部屋を後にする。
     カンカンっと金属の床をける足音が静まり返る廊下の隅まで鳴り響いている。ただ足音が、長い長い廊下の末まで。
    「……」
     足を止めた時、天井がガタンと開いた。
    「クルル殿」
    「……ども」
    目の前に降り立つ先輩。大した会話もなく、そのまま二人で歩き続ける。隣を並んで歩く先輩の息がゆっくりと耳元へ流れてきた。その音を聞きつつとある部屋を目指し、一つの扉の前で足を止めた。
    「ここだ」
    「ここ……なんの部屋でござるか? というかこんな部屋あったでござるっけ?」
    「拡張工事した」
    「そんな費用何処から……」
    「ま、俺様のポケットマネーだな」
     扉横のタッチパネルに手を触れ、指紋認証を通す。ピピ、と軽い音がして扉のロックが解除された。重い扉を押し開けば部屋の中から淡い光が漏れ出した。
    「ここだ」

     木目の床、囲炉裏の炎。見覚えのある部屋だった。いや、見覚えどころの騒ぎではない、毎日自分はこの部屋とそっくりの場所に帰り、寝泊りをしているのだ。そう。小雪殿と暮らすあの小屋と全く同じ間取りの部屋だ。
    「何で、この部屋って……」
    「先輩はよ、こういうことに対してどう考えてる?」
    「どうって」
    「日常と非日常は地続きになっていて、特別であるがゆえに、常に日常を傍で感じなければならない……とか」
    「それ、有名な本の一節でござるね」
    「クク。物知りなこったぁ」
    「そう……そうでござるか。だからこの部屋は、拙者の暮らす場所とおんなじなんでござるね。日常を、置き去りにしないように」
    「ま、そういうことだな」
    「特別に作ってくれたんでござるか?」
    「……演出だ。演出」
    「ありがとうでござる。お邪魔します」
     一言礼を告げてから部屋の敷居を跨いだ。鼻をくすぐる木の匂い。日の射さぬ部屋は冷たい空気を孕んでいた。息を吸えば肺がひんやりとする。柱の傷も、床のシミも何から何までがそっくりそのままで、何か幻覚を見ているようだった。目の前の部屋は、本物そっくりの偽物のはずなのに、どこか暖かい気持ちになるのだ。なつかしくて安心する匂い。
    「(ここで、そういうこと。あぁ、吊りをするのか)」
     ドキドキして、首筋を汗が伝う。
    「今から三時間後。ここで。いいすか?」
    「……うん。それくらいなら、大丈夫」
     ジトッとした目が僕を捉える。時間をかけてゆっくりと、唇の端が上がり弧を描いた。正真正銘Sの顔。覚悟を決めたように、キッと眉がつりあがっている。それでも指先は微かに震えていた。その手に触れても、いいのだろうか。初めてのことに不安で震える手を、僕が。
     いいや。ダメだ。だって僕は君の何物でもないのだから。支えることなんてできない。疑わず、身を任せることでしか君を認めてあげられない。
    「じゃあ」
    「三時間後に」
     相槌をうちあって、くるりと部屋に背を向け一歩進む。これからたくさん汗をかく。密着する機会も増える。だから風呂に入って身を清めよう。身体を隅々まで磨いて、歯も磨こう。縄がきれいに食い込むように、流れる汗が甘い匂いを発するように。
     扉をくぐる前、一度呼吸を吐いて足を止めた。背後にいるクルル殿の呼吸は浅く短い。
    「は、ぁ……」
     ゾクリとした。じっとりとした重たい吐息。背中に電撃が走り、もたつく足元。ふらふらと頼りない足元は一直線に風呂場へと向かっていく。
    「(吊られる、吊られる! 苦しくて、びりびりして。あぁ、じれったい!)」
     天井裏に上がる余裕すらなく、ただひたすら廊下を走る。息が詰まろうがお構いなしだ。途中隊長殿とすれ違ったが、挨拶をすることすらままならなかった。肉体を支配するこの高ぶりを抱えたまま、マトモな会話なんて出来っこなかったからだ。
     たった三時間。濃密な時間のための下ごしらえの時間。出来ること全てを、やるしかない。きっとクルル殿も準備がいっぱいなんだ。なんせ拙者一人分の身体を預かる責任を負うのだから、だからたっぷり三時間。
    「(少なくとも一時間は湯につかりたい……!)」
    頭が沸騰しそうだった。ただ、ただ。

    【初めてなんでご愛敬ってことで】
     六畳余りの部屋に、手入れのされた赤の縄が散らばっている。一本一本、丁寧に状態を確認し、毛羽立ちがひどい箇所があるものは弾いていく。とはいえまだ一度も使わずにぐつぐつと欲望を抱えた童貞状態だったので、劣化の見られる縄は少なかった。
    「(ま、撫でるだけ撫でまくってたしなァ)」
     縄の魅力に憑りつかれたあの日からそう時間は経っていない。その間、誰か適当な、それこそ相手を選ばぬフリーなMを誘って縛り付けるでもそれはそれでよかった。けれど、先輩が以前言ったこだわりが強いという言葉通り、どうせならこいつを縛りたいと強く願った相手がいいなんてロマンチストな考えも持っていた。
     部屋の四隅に蝋燭を立てる。ライターの火を灯すと薄っすら花の香りが漂った。これは完全な雰囲気づくりの為である。相手に合わせて色を変えるSM、それもまた様式美であろう。先輩に合わせて地球にあるツバキという花の香りがする蝋燭を調達したのだった。これがまた、香ばしく高貴なにおいがする。和室に合っていた。この花からとれる油はかつて手元明かりとして使われていたらしい。食える。
    「オツなもんだな」
     ガシャンと壁掛けのハンドルレバーを降ろせば部屋の中央の囲炉裏が下へと下がっていく。それと入れ替えに床板が上がってくる。底のあたりを踏みしめ強度を確認する。木材特有のきしむ音が小さく鳴った。五感から相手を責めあげるための些細な仕掛け。
     視線を天井に向けると梁から下がるのは銀色の大きなフックであった。
    「よっと」
     二つのフックを両手でそれぞれ掴み、全体重を預けてぶら下がってみる。ギッ!と大きく梁が軋むが、フックが抜ける心配は無さそうだった。
    「(思ったより自分の身体って重いんだよな)」
    体重という概念は日常を過ごしている間はただの数字に過ぎないのだが、非日常のこの部屋の中ではそれが自分を苦しめる枷にもなるし快楽にもなる。
    「(でも先輩軽そうだよな……。俺が言えた話でもないだろうけど)」
     フックから手を離し、着地する。指先に血が通いサーっと力が抜けていき、金属が食い込んでいた部分にだんだん色が付き始め、元の血色へと戻っていった。
    俺様特性のSM部屋は至る所に隠し収納があり、練られたプラン通りにプレイが進むように計画されている。資金に関しては余裕があるが故、一級品のSM用具を揃えて気に食わなければ自作した。誰に使うもいとわぬが、俺が演出するSMなのだから手を抜くようなことはしたくない。
    畳の上に散らばる赤色の縄。上がる息を押さえつけて心臓辺りの白衣を握る。動悸が早まり、微かに指先が震えている。武者震いだろうか。これから行う行為に対して緊張と薄気味悪い高揚感が胸を満たしていく。袖から腕を引き抜き、うざったくなり始めた白衣を畳の上に投げやった。時間の感覚は分からない。蝋燭の溶け具合だけが時の経過を示す空間。長く灯をともすことのできる蝋が今や半分の大きさになってしまっている。
    三時間という時間はあっという間であった。先輩がこの部屋の扉を叩くまでもう五分とないだろう。部屋の中央に座り、入り口の扉を凝視する。ドク、と血流が流れ、体温をあげていく感覚が己の中に存在していた。
    さぁ来い。縛り上げてやる。

     コンコン
    重苦しい扉をノックすると電子音と共にキーパッドが光りだす。
    「ドロロ先輩?」
    液晶に表示された波形が声に合わせて震えている。電子画面を指先でなぞり、マイク部分に向かって返事を返した。
    「そうでござるよ」
    「本当か?」
    「疑われてるでござるか……?」
    「まぁまぁ。質問に答えてもらうぜ。本当にドロロ先輩かどうか、俺に証明してみせな」
    「……して、質問の内容は?」
     少しの間の後、ゆっくりと質問の内容が述べられる。その質問は確かに僕だけ、もとい、僕らの秘密を知るものにしか答えられないようなことであった。
    「赤色」
     ガチャン。開錠された扉を押し開ける。たった一語の答え。縄の色は、とそう問われたのだった。その瞬間自分の腕を縛るあの縄の赤を思い出す。まるで鮮血のような鮮やかな色であった。感覚を思い出し、思わず手首をぎゅっと握る。血流を抑えられた部分は白っぽく変色し、指先が冷えていく。パっと離せば色も体温も元通り。
    「何やってんだ? 早く入れよ」
    「っ……承知」
    生ぬるい部屋の中へ足を踏み入れる。夢の中のようなまとわりつく空気。気を許せば取り込まれ意識を持っていかれそうであった。己は今、日常と非日常の境目を越えたのだ。ここから先、自分は自分であって自分でなくなる。名前や階級という己を証明する文言を取っ払って、一生物としてただそこに存在するだけになる。そして果ては、生き物ではなく質量を持った肉の塊へと。そんな末路を自ら望んで歩むのだ。
    「いいな、ソレ」
    「雰囲気をと」
    「髪も結わず?」
    「結ってくれてもいいんでござるよ?」
    「縛ってくれの間違いだろ」
     白い無地の浴衣を選んだことに、なんとなくの理由しかないのが心苦しかった。いいなと言ってもらえたのに対し、自分はただ見てきたものがこうだったから、とまるで意思のない答えしか持ち合わせていないのだ。が、それだけではない。
    「(この方が赤が映えるだろう)」
    そう考えてもいた。髪はそのおまけだ。要は見映えの話で、つられている自分を想像したときに下ろしていた方がいいと思ったから結わなかったまで。そこから先は目の前の御人に委ねるとしよう。なんせこれから僕の命も感覚も思考も、すべてを管理するのは紛れもなくクルル殿なのだから。
     縄が散らばる畳の真ん中に膝をつき、正座する。クルル殿と目線を合わせ、その橙の瞳を見つめた。背筋が伸びる感覚がする。風呂に入った後だというのにもう汗をかき始めていた。蝋燭のせいだろうか?香のせいだろうか。それもあるだろうがきっとそうではない。
     とても緊張している。とても興奮している。沈黙が生み出す緊張の糸を指先でなぞれば、指の腹が薄ら切り裂かれ血が滲む事だろう。言葉を発さぬ僕ら二人の間に流れる空気は湿っぽく、生暖かかった。
    「……」
     口布の中で静かに舌なめずりをする。どちらから動き出すか。行為の始まりを告げる鐘を誰が鳴らすのか。伺ってばかりでは始まるものも始まらない。ならば、と。
    「……」
     上体を前に倒し、腕を後ろで組む。半場土下座のような体制のまま、顔をゆっくりと上げた
    「お願い、します」
     小さな言葉。その言葉によって、クルル殿の腕がそこらにある縄へと伸びていく。重力に負けてうなじから滑り落ちていく己の青の髪。視界の端に映りこむ縄の赤。
    「……っ」
     息が詰まる。息を吸おうとすると香の匂いでつっかえて上手く酸素を取り込めない。頭がくらくらする。
    ひた……。
    「……っは、ぁ」
     組んだ腕をクルル殿の指が撫でる。軽く触れながら肌の感覚を楽しみ、ぐっと力を入れて固定した。
    「顔」
    「へ……?」
    「くくくっ」
    「わ、ぁあ!」
     そのまま掴まれた腕を押し込まれ体のバランスが崩れる。そして無様にも額を畳の上にぶつけて体勢を崩してしまった。
    「それでよし」
    「乱暴な……」
    「今それ言うのかよ」
    「そうだけども」
    「反抗的なMは嫌いじゃねぇぜ?」
     するる……と腕と背中の間に縄が通される。くぐった縄が腕を滑り、きゅっ!と結ばれ、また下へくぐる。
     きゅっ、ぐ!する……ぐっ!
    「っ……」
     畳と胸板の間に腕が滑り込む。縄が肌に添わされ、ぐるりと一周。グ、と背中側に縄を引かれ胸を圧迫する縄の感覚。
    「ヒュ、ぅ」
    慌てて息を吸おうにも、普段通りの呼吸では通常の三分の一ほどしか酸素を得られなかった。空気を飲み込もうとすると、そんな隙間は無いと言わんばかりに縄が締め付けせっかく吸い込んだ息を無理やり吐きださせるのだ。
    「(ゆっくり、ゆっくり……息を、しないと)」
     しかし、息の乱れを加速させるようにクルル殿の手は早くなっていった。もう一度下をくぐり引きあげる。後ろ手を縛られている方へ縄の末端が届き一まとめにされてしまう。
    「は……」
    「……あっ、つ」
     目線を胸元の縄に集中させる。隣同士に隙間の空いた縄、その隙間から盛り上がった己の肉と白地の布。リズムを生み出すために急いだからか縄の姿が不格好であった。
    「(揃えてあげたい……ぐっ)」
     拘束されていることを忘れ、反射的に腕を動かそうとするがビクともせず縄が軋むだけであった。
    「待てって」
    「クルル殿……」
    「俺がやるんで。つかあんまり見んな」
     格好がつかないとでも言いたいのだろうか。乱れた縄の目を正し、微調整をかけた。そうして己の上半身は居場所を決められ、輪郭を確かなものにする。
    「ドロロ先輩って、色白だよな」
    「ぅ、ん」
     髪の隙間からうなじを撫でられ、ゾワゾワと肌は粟だった。浴衣の襟を弄び、爪が肌を引っ掻く。
    「くく。いろんな匂いが混ざってんな」
    「匂い……?」
    「アンタもなんかつけてんだろ」
    「よくわかったでござるな」
    「こんだけ近くにいりゃ、そらそうだろ」
    「……少し、練り香水を」
    「そうか」
     視界に広がるのは畳の目だけである。今クルル殿がどこを見ているかは分からなかった。けれど、気配の動きや空気の揺れから大体の位置は把握できる。ゆっくり、畳の上で首を垂れる僕のうなじへと近づいて。
    「ま、汗の匂いとかもあるけどな」
    「それは……っ」
    うなじに触れるか触れないかの距離で、匂いを嗅がれ感想を述べられる。羞恥心を煽られ文句の一言も出すことができなかった。
    シュル
     うなじに乗せられた縄の感覚。クルル殿が吐いた熱っぽい吐息。ドクンと心臓が跳ねる。
    「っく……!」
     固定された腕を掴まれ、引き上げられる。上体を無理やり起こされ、髪が邪魔して視界が悪い。髪を振り払おうとするとクルル殿が髪をかき分け、顔を覗いてきた。節くれた指が頬を撫でる。
    「いいな?」
     己の肩から縄が垂れさがっている。その縄の先は両端ともクルル殿の方へと伸びており、どちらも右手の中へ収められていた。
    「……うん」
     口布の下は緩く弧を描いている。興奮のボルテージは徐々に上がりつつあった。ここから先、自分の肉体はただの質量へとなり下がる。
     縄の作った輪っかに末端を通し、硬く結び目を作る。半尺ほどの感覚で一つまた一つと数を増やしていく。胸の前、へその上、下腹部の際どいところ。下がった縄は股の上を通って、背中のへ引っ張られる。女性の身体と違って、己の肉体は凹ではなく凸の方だ。縛るにしても障害物が多い。
    「うぅ……っ」
     くんっと引っ張られた縄が、股の間に鎮座する凸を挟んで輪郭を撫でる。強制的にポジションを決められ、縄がすれて意識がそこに集中してしまう。一点に気を取られ呼吸をすることがままならない。
     うなじに通された縄が正面側に回り、結び目の間の縄を引き抜く。わき腹を通り背後へ、また前へ戻り後ろへと行ったり来たり。
    「(菱縄縛り)」
     固定された腕と背中の間をぬって縄が収まっていく。肉に縄が沈んでいき、ぷくんと盛り上がる。
    「立てよ」
    「……っ」
     足に力を入れ、何とか膝を立てる。物の構造には理由があるもので、腕の自由を奪われた体はうまくバランスをとる事ができずにいた。よろよろと左右に揺れながら立ち上がる。息が上がる、呼吸もつらい。視界がぐらついて、景色が曖昧になっていた。汗がにじむ。重力に従って額の汗が肌を伝い畳へと滴り落ちる。
    「は、あ」
    「汗だくだな」
    「……なんのこれしき」
    「そうかよ」
     背中から伸びる縄の先は一度頭上の梁にかかり、下ってクルル殿の手に巻き付いていた。おそらくあの縄らが己の身体を支える命綱となるものであろう。
     ドキリとした。喉がコキュと音を鳴らしながら唾液を下す。クルル殿が持つ縄にほんの少し力を加えるだけで、己の身体は宙に浮いてしまう。上半身をまとめている縄の全てが引っ張り合い、骨が歪むのもお構いなしに締め付ける。そんな数分か数秒か先の未来を考えて身体が震えた。まだ余裕はあるとはいえ、この状態も割かしキツイ。
    「……」
    「……」
     目がかち合い続ける。真顔のまま縄を握るクルル殿。その目がゆっくりと閉じられていく。長いまつげが動きに合わせて揺れて、橙色した太陽が欠けて、やがて見えなくなり。
     カッと開かれる。
    ぐっっ……!!
    「あ゙ぁ!!」
     ピンと張った縄が己の上半身をほんの二センチ畳から引き上げた。その瞬間胸が、腕がキリキリと縄によって閉められ、息ができぬほどの圧迫感に襲われる。
    「(苦しい!)」
     内側はそうだ。表面はどうだろうか。布一枚噛ましているとはいえ、己の体重分の力で食い込んでくる縄は、感覚としてナイフで切り裂かれるのと大差なかった。より肩甲骨側へと引き寄せられている腕も可動域ギリギリの位置に存在しており、今にもコキンと音をたてて折れてしまいそうだ。あらぬ方向に曲がって。
    「(痛い!)」
     梁と縄がギシギシと鳴いている。その音と共に自分の肉体がゆらりと揺れ、不安感をあおった。今バランスを崩したらどうなるか分からない。縄で吊られているわけだから身体を打ち付けることは無かれど、どこをどう締められるか分かったもんじゃない。
    「(怖い!)」
     そう思ってつま先がグッと伸びる。つま先を伸ばして気づいた。
    「あ」
     二センチしか離れていないのならつま先を伸ばして多少ズルを働けば畳に足がついてしまうのだった。
    「(これ合ってるのかな)」
     違う意味で不安になって、つぶっていた目を開く。
    「ちょ、まて。先輩まて」
    己の命綱を引き、吊り上げた本人は息を切らしながら必死に縄を握っていた。見つめる視線に気づくとみるなと言わんばかりにこちらに手のひらを向ける。
    「あ、上がらなかったでござるか?」
    「ちげぇって。長さミスっただけだっての」
    「一回下ろしてくれてもいいんでござるよ、というかもう足ついちゃったというか……」
    「はぁ⁉」
    パッとクルル殿が手を離すと、引っ張りあげられていた力が無くなり解放される。地に足をつけた安心感がほんの少しだけ心地よかった。
    「ふふ、ふはは!」
    「何笑ってんだよ」
    「筋力不足でござるな。日頃から籠ってばかりだからいけないんでござるよ」
    「腕縛られてる格好で言われてもな」
    「クルル殿も息上がってるでござるよ」
    「気のせいだ」
     苦い顔してこちらを見上げるクルル殿。頼りない姿を笑えば悔しそうに舌打ちをした。縛った後の縄の乱れだとか、力の誤算だとか、初心者丸出しの姿が珍しくて愛おしかった。世話を焼いてやりたくなる気持ちとからかいたくなる気持ち。張りつめた緊張感のある籠った空気はどこへやら、なんだか一気に気が抜けてしまった。普通ならばSM中のこの流れは不名誉なことだ。いい雰囲気をぶち壊して流れを止めているのだから。
    「(なんだか、かわいいな)」

     ダサい姿をMに見せてしまった。そしてあろうことかその姿を笑われてしまった。この人は大概、空気を読まず失礼なことをする節がある。平然と悪意なくやるものだからタチが悪い。
    「(むかつくんだが)」
     S側としての威厳をけなされた気がした。縛られて上半身の自由もきかないくせに余裕ぶって笑いやがって。
    「(絶対吊り上げてやる)」
     感情をぶつけるプレイなんかに価値はない。それはただの自己満足、イジメだ。これはそんな行為じゃない。あくまでも合意の上で、役を演じて対話する。言葉ではなく縄で。
     糸電話というものが存在する。糸の震えで音を伝えるアナログな電話、ただそれだけ。となればこれは縄電話だろうか?
    「(先輩に伝えたい事なんてあったか)」
     理由もきっかけもただの偶然に過ぎない。利害関係の一致、たまたま相手がドロロ先輩だっただけ。それだけの人にわざわざ部屋を設けて準備した。なんと好待遇であろうか。
     ギリっ、と歯を食いしばる。放置された先輩の命綱の末端を手に取り、再び握りしめて先輩を見上げる。
    「戻れ」
     威厳を取り返さなくては。どちらがSか、命を握っているのは誰か分からせなければならない。
     命令を耳にした先輩は、はっと息を短く吐き、乱れた髪を振り払ってこちらを見下していた。そして三日月の如く目を細め、悪い顔をして笑う。色白な肌を桃色に染め、汗で張り付いた青色の髪が葉脈の様に模様を描く。
    「はい」
     命令と、返答。二言だ。たったの。
    「くっ……!」
    「ゔっ! ぐぁ……」
     自分の全体重をかけて、先輩の命綱を引っ張る。引っ張るというよりも縄にぶら下がるの方が近いだろうか、先ほどよりも大きな音をたてて梁が軋む。腕の力ではなく重力の力で、先輩の身体を持ち上げる。二センチといわず、二桁だ、十センチ。もっと。十五センチ。つま先を伸ばしたって届きはしない位置まで引き上げる。ギリギリと肉を締める部屋の中に響き、それに合わせて先輩がうめき声をあげる。引き下ろした縄を畳に突き刺さっているペグに引っ掛け、吊り下げられた先輩の方へと近寄った。歩みを進めるたび、香水の匂いと汗の匂いが強まっていく。
    「先輩」
    「は、あ」
    「先輩」
    「うぅ……っ゙」
    「チッ」
     ダンマリなM。悲鳴をあげることを拒むように歯を食いしばっている。それは何か、プライドか? 羞恥か?
     先輩はまだなりきれていないのだ。あの一瞬、戻れと命令した時に見せた表情は影って見えなくなってしまった。一枚布を隔て、そこから出てこようとしない。締めすぎて呼吸ができずにいるように、声も喉につっかえているのだろうか。
    「呼吸しろよ」
    「う、ぐ……ぅ」
    「吐く、吸う。な?」
    「っ……!」
     口から漏れ出す嘔吐きにも似た濁った声を恥ずかしいと思っているのか、先輩は口布の中で唇を噛んでいるようだった。必死こいて声を俺に聞かせぬよう理性を働かせて。
     今更姿かたちを取り繕うったってそうはいかない。いかせてなるものか。本来のMの姿へ成り代わるために、纏う衣を剥いでやらなければならない。アンタを押さえつけている常識だとか恥だとか、そんな硬い文言を取っ払って奥底の汚いなんかを吐き出させてやる。吐いて、鳴かせてグズグズになるまで、原形をとどめぬくらいまで。
    「ふ、ぅ……ン!」
     そう思って先輩の口布に手をかけた。しかし先輩は首を振り、俺の手を払いのけた。はっきりとした抵抗、それだけはやめてくれと訴える瞳には涙が浮かんでいる。じわり、波紋を描いて一粒の雫を垂らした。その顔を見て、まだなお口布を奪おうという気にはならなかった。おとなしくその手を降ろす。
     なんだか虚しかった。俺では踏み込めない先輩の奥。俺が知らない先輩の素顔、心を曝け出して欲しいのに先輩は自分自身にリミッターをかけている。今やっている行為がまるで独りよがりなものに思えてしまった。縛り手と受け手がいなければ成立しないことのはずなのに、なんでか俺はこの約六畳ほどの部屋に取り残されたみたいな感覚がした。
    「あ、そ」
     突き放す、突き放す?いいや、こんなことであきらめていては格好がつかない。要は先輩に声を出させてやればいい。声を出せば息を自然と吐き、吐けば反射で息を吸うだろう。そうして上手いこと呼吸法を見つけていく。もっとも見つけられるかは先輩次第ではあるのだが。
    「じゃあ……」
     床にある縄の一つを手に取り、先輩の腰辺りに通し結び目を作る。フックにかけ、また体重をかけて引っ張る。直立したまま吊られていた身体は腰を引き上げられ、尻を突き出すような形で宙に留まった。ペグで固定した後、そのまま部屋の隠し収納を開ける。ずらりと並んだその手の道具の中から目当てのものを手に取り、先輩の方へ向き直る。
    「しっかり声出せよ」
    「ひっ……!」
     先輩の突き出した尻にバラ鞭の先をなぞらせる。その感覚に驚いたのか、ビクンと身体が跳ねた。バラ鞭というものは比較的初心者でも扱いやすく、力をあまり加えなくても威力を発揮する。また大きな音が出やすいことも特徴の一つであり、痛みと音でMを刺激する道具であった。
     今からアンタのココを打つから心の準備をしておけよ、そういう意図をもって優しく丸みを持った尻を先端で愛撫してやるのだ。
     先輩の細い呼吸の音が、俺の発する乱れた呼吸に交じる。吸って吐いてのリズムに乗せ、いっせーのの号令をかけるように大きく一呼吸し、一発。
    スパンっ!
    「ああっ!!」
     ギシミシと縄が軋み、先輩が縛られた体を暴れさせる。息を整える前に追撃。
    バシッ!
    「ちっ」
     暴れるために的が定まらず、打撃音が濁ってしまった。しっかりと肌に当たった場合、鞭は乾いたいい音を奏でる。その中でもバラ鞭は肌にあたる面積が多い鞭だ。それなのに、音が濁る。
    「(実力不足ってか?)」
     鞭の柄を握りしめ、揺れる先輩を見下ろす。
    「ドロロ先輩」
    「は、ぁ……ぁ?」
    「呼吸しないと死ぬぜ?」
    「……なんとか、吸えるようになったよ。さっきより」
    「ほーお?」
    「なんか、ね。取れた。取れたから」
     大粒の汗が青くて細い髪を伝い、畳の上に滴り落ちる。汗で張り付いた髪が葉脈の様だった。
    「つっかえてたの、さ。なんかが。それが……取れたから」
     そういう先輩の表情は案外明るくて、見えはしないが口布の内側は笑っているような気がした。その表情に安堵する自分がいる。気持ちが共鳴したような、呼びかけに返事が返ってきたような錯覚を覚えた。この行為は一人よがりなんかじゃなくてちゃんと答えてくれる相手がいる。その事実が形になったみたいだった。
    「そーか」
     柄を握り込む力が抜けていく。情けないことだと分かってはいた。しかしながら初めてのことに緊張していた部分もある。縛り方が粗雑になっていたり、予期せぬ事態が多くあった。それゆえにM側の心情をうかがうことができずにいたのだ。自分の手元に精いっぱいで、見栄を張って立場を保つのに必死だった。
    「(ダンマリはむしろ俺の方だったのか)」
     深く息を吸い、バラ鞭をしっかりと握りなおす。しっかり先輩の身体の芯を揺さぶる様に、独りよがりなプレイにならないように。
     次の一撃こそは。

     随分年下のSはどこか不安そうな瞳をしていた。汗だくの手は震えていて、疲弊しているような印象を覚える。
     率直に言うと、縛られ吊り上げられたうえ鞭打ちの刑にさらされた状態に、頭がパニックを起こしていた。さらに肉体を圧迫することによる酸欠も相まってこのまま死んでしまうのではないかという焦りすら覚えた。追い込まれていく恐怖。怖くて辛くてたまらないのに、クルル殿の表情を見たらそうもいっていられなかった。
    「(どうしてそんなに悲しそうな顔をするの?)」
     そう思った瞬間に、己を包むこの赤い縄がクルル殿が手塩にかけて手入れをし、育ててきたものだということを思い出した。クルル殿の熱意にこたえてあげたい。流れる汗を拭ってあげたい。年上の僕がこんなんでどうするんだ。と、自分を律した。
     ごく、っと口内に溜まった唾液の塊を勢いに任せて飲み込む。こちらを覗くクルル殿の橙色の目にふっと笑いかけた。
    「(大丈夫。平気だよ。まだいけるから)」
     クルル殿は一瞬ハッとして、直ぐに肩の力を抜いたようだった。小さく笑ってずり落ちた鞭の柄を握りしめる。
    またあの痛みが来る。電撃のように体を走る感覚、精神を揺さぶるイナズマ。黄色の刺激。その痛みを思い出した途端、ふいに先程叩かれた部位へと意識が集中した。次の行動を期待するように下半身が揺れている。凸に集中した縄が存在を主張し始めているものをギリギリと締め付け、羞恥心が煽られた。
    「(あんま……見られたくない……かも)」
     ……本当に?
    「(本当だよ。だって、同僚に……そんな)」  
    ……そんな?
    「(恥ずかしい……姿)」
     恥ずかしい姿を晒すことに対し、下腹部が疼いてしまう。己の底に渦巻く汚い欲望、もといマゾとしての羞恥を喜ぶ感情。縄に煽られ興奮が湧き上がる。肉体の輪郭を形成すると共に心の輪郭もハッキリさせていくのだ。
     もしもこの姿を見られたとしたならば、クルル殿はなんと言ってくれるのだろうか。
    「欲しがりだな」
    「ひっ……!?」
    クルル殿の手は浴衣の裾を捲り上げ、叩かれて薄ら赤く染る臀部を露出させる。部屋の空気に撫でられヒリ、と鈍い痛みが広がっていった。思わず身震いし体が強ばる。
    「ここも真っ白なこった。ま、普段よりかは赤いか?」
    「そんな……こと……は」
    「ん?なんだよ?」
    「……あ、る」
    「くくくっ、素直なやつは好きだぜ?」
    ヒュンと鞭が空を切る音が聞こえる。内股に力を入れ筋肉を硬く、強く圧縮させた。

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