Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    twst_nr_lm

    @twst_nr_lm

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 26

    twst_nr_lm

    ☆quiet follow

    ノ ー 推 敲 デ ー

    鉄は熱いうちに打ったマ様お誕生日記念SSです。

    なんだこれ!?なんだこれ!?!?!?自分でも謎です。一応レオマレに落ち着きます。いろんな子とマ様がお友達です。
    謎めいた内容ですが一応考えていることはありますしクソデカ感情もこもってます。初めて書いた子達もいるので崩壊していないか不安…………諸々許してくださいパッションだけで書き上げました。
    マレウス様、幸せになってね。

    #レオマレ
    leomare

    WHOLE CAKE



    ――王子の召し上がるモノに手を触れてはならん。
    あのお方は純粋なドラゴンの血を引く尊き存在、その御身に我ら下々の唾など付けてはいかん。
    そもそも、王子が生まれ出でたる神聖な日の祝い菓子を、至らぬ身分の者達が食すなど不敬が過ぎる。
    ああ、我らが王子、マレウス・ドラコニア様。偉大なる血統に連なるお方。こちらにご用意した供物はみな、貴方様のモノ。
    そう、今宵お誕生日をお迎えになられます、貴方様のモノに御座います――。



     大きな大きなまあるいケーキは、たんじょう日をむかえたぼくへの『おくりもの』。
     はじめて食べた時のうれしさはわすれられない。とろけるクリームに、いばらの谷ではなかなか食べられないフルーツもたくさん。口の中にあまさがいっぱいに広がって、ぼくはとてもしあわせだった。
     こんなにしあわせになる食べものなら、みんなにも分けてあげたい、と思った。おばあさまと、リリアと、しろのめし使いぜんいんに。いいや、この国にすむ民たちみんなに。だって、みんながしあわせになってくれたらぼくもうれしいから。
     けれど『おくりもの』にはぼくしかふれてはいけないと言われた。ぼくのために、みながおもいをこめて作ったものだから、すべてぼくのモノなのだと。
     ぼくはそれから毎年ケーキを食べた。むりをしてはだめだと言われてもひとりきりで何日もかかっても食べた。みんなの祝いの気もちを、いつか王になる僕はけっしてむだにしたくなかったから。ケーキのあまさはどんどん重たく苦しくなって、やわらかいクリームもむねにつかえそうだった。
     もう食べたくない。ある年にそう思って、僕は悲しくなった。国の民が僕を祝うために作ったものを、王子の僕がいらないと思ってしまうなんて。こぼれた涙をかくして、僕は心の中で願った。
     僕は、おばあさまと、リリアと、この国に住む民の全員で、僕の誕生パーティーがしてみたい。立派なケーキを皆で一切れずつ分け合って、皆で幸せを味わいたい。
     毎年のパーティーに豪華なケーキはいつしか届かなくなり、酒や鉱物に変わった。王子は甘味を好まない。そう、国のパティシエに嘘が伝えられたから。
     僕は未だに、誰ともケーキを分け合えずにいる。僕に贈られた『ケーキ』はたった一人、僕だけのモノ。誰も手を触れることが許されないから。
     やはり、ホールケーキは、あまり好きではない。



     学徒の一人になっても、僕の『ケーキ』に手を付ける者は現れなかった。
     皆、ナイフはおろかフォークを近付けることすらしたがらない。畏れ多いとひれ伏し遠ざかる。或いは、呪いを掛けられると辟易し、僻んだ視線を送って通り過ぎていく。
     外の世界に赴けばきっと何かが変わると思っていたのに、結局は同じことか。そう思っていた。
     だが、変わらず席に座した僕の前に、一人の男がやってきた。
    「食わねぇのかよ?ソレ」
     ろくな挨拶もましてやへりくだる様子もなく、無遠慮に向かいの椅子を引いてみせたその男。一切れも切り取られないままの『それ』を見詰め、男は牙を剥く獣のように唇を歪めたのだった。
    「要らないなら、俺に食わせろよ」
     そう言って、男は『ケーキ』の天辺にフォークを振り下ろした。綺麗に塗られたクリームが、飾り付けられた果実が、抉られて散らばっていく。引き千切った塊を無遠慮に頬張り始めた男と穴の開いた『ケーキ』を見て目が覚めたようになった。
     僕への『贈り物』を、おばあ様やリリアや国の民の想いで築かれた『それ』を壊すな!皆に分け与えるためのモノを食い荒らすのはやめろ!
     フォークの切っ先は剥き出しのスポンジに突き刺さり引き裂く。溢れ出したクリームと絡み合ったベリーが、シトラスが、ピーチが次々零れ出して皿へテーブルへ落下する。それすら摘み上げて牙の生えた口へ放り込んでいく男。クリームで作られた美しい薔薇の花が潰れ、その残骸を男の褐色の指が拭ってぐちゃぐちゃに搔き乱していった。
     僕の『幸福』を見るも無残に壊していく男が、下品に舌なめずりをして嗤った。
    「怖い顔すんなよ、お前が言ったんだろ? もう食いたくねぇってな」
     気が付けば僕も夢中でフォークを伸ばしていた。この男に食い尽くされてしまうくらいならば僕の体に収めなければ。一切れずつ切り取ることも忘れて、荒れ果てたクリームの庭を抉って崩した。唇が汚れるのも袖が濡れるのも気にせず、男を真似て大口でスポンジを頬張った。甘い。胸が詰まる。悲しい。『ケーキ』を食べるのはいつもいつも悲しくてたまらない。ぐずぐずに果汁の混ざり合った果物を呑み込んだ。美しいスポンジの層は戦場のよう。僕は破壊者になった。どちらが早く壊せるかを競う侵略者に。カトラリーがぶつかって耳障りな音を立てる。
     あんなにも、誰かに自分の正面の席へと着いてほしかった。それなのに、やってみればまるで嵐のようだ。これなら一人きりのパーティーの方がまだ幸せだった。争いなどしたくない。僕はこんな風に『ケーキ』を食い荒らしたかった訳ではないのに。
     ああ、でも、何故だろう。僕はどこかで、彫刻のように整えられて供されたこれを、丁寧に切り取っていくのではなく、こうやって滅茶苦茶に崩してみたいと思っていたような気がした。だって、誰かと取り合うなんて僕は今まで一度もしたことがなかったから。胸焼けと違う熱さが身体の奥を満たしていく。僕も、いつしか笑っていた。いや、嗤っていたのだろうか。
     『ケーキ』が元の形すら分からなくなっても僕は止まれなかった。一人切りで閉じ籠っていた僕に加減など分かるはずもなかった。フォークを振り下ろして抉った。刺し留めてナイフで切った。表面を傷付け破り中身を潰して荒らし、搔き乱し、そのすべてに余さず食らいついた。
     気づけばクリームもスポンジも無くなっていた。男すらもいなくなっていた。
     荒れ果てたテーブルを前に立つ僕を、男だったものがじっと見上げていた。
     潰れたケーキに埋もれた男のサマーグリーンの瞳が、ただじっと僕を睨みつけていた。
     誰かが叫ぶ。「バケモノ」と。
     僕はバケモノになった。それからやはり、ホールケーキは一度も口にしていない。



    「ねえ、座っていいかしら」
     久しく聴いていなかった、椅子を引く音。誰かが僕の正面へ座った。しばらくぶりだ。僅かに距離を離して腰掛けた男は、テーブルに鎮座したまま誰も手を付けていない『ケーキ』に視線を落とす。
    「食べないの?」
    「……好きではない」
    「そう。……アタシには美味しそうに見えるわ。羨ましいくらいに」
     男は笑う。美しく洗練された笑みだった。だがどこか、その眼差しには覚えがある。あの男の視線に似ている。
    「ねえ、好きじゃないケーキをただ見詰めているのはどうして?」
    「……僕以外これに触れては駄目なんだ。ただ見ている他にどうしろというんだ」
    「馬鹿ね、それなら言えばいいだけよ。一緒に食べて、って」
     暗い色を瞳に押し隠しながら、それでも男は軽やかに笑ってみせた。僕はナイフを入れて、切り分けた一切れを男の皿に乗せてやった。ありがとう。その言葉の意味を呑み込む前に男は去って行く。



     また、別の男がやってきた。
    「……そこで何してるの?」
     見たことも無いほど真っ青な炎が揺れていた。金色の瞳が『ケーキ』を見下ろしている。一人では食べられないのだと言うと男は何とも言えぬ表情を浮かべて「変なの」と零した。
    「マレウス氏くらい偉かったら誰だって言うこと聞くでしょ? 誰かに押し付けたらいいのに。誰でも通るココにいるのに、自分しか触っちゃダメなんて……固定観念に囚われすぎっていうか……自意識過剰じゃない?」
    「兄さん、困ってる人にそんな言い方しちゃダメだよ。もう、心配ならそうやって言えばいいんだよ」
    「うう……オルト、ごめん。……あと、マレウス氏も。ちょっと言い過ぎた」
     寄り添って補い合う二つの炎を見て、僕は二切れ取り分けて皿に乗せてやった。
    「……許す。代わりにこれを食べてくれないか」
    「えッ、ぼ、僕に頼んじゃうの……!?いや、いいよ、いいけど……マレウス氏がそうしてほしいなら……」
    「いいの?ありがとう!兄さん美味しそうだよ。良かったね!」



    「ボンジュール、竜の君。いつ見ても美しいね」
     背後から囁かれ思わず身を固くする。ずっと気配を殺して観察していたのだろうか。まるで見世物だ。胸が悪くなる。
    「……何の用だ。姿を見せ、正面から話してみせるがいい」
    「ああ、凄む姿もまた鋭く美しい。では、席に着かせてもらうとしよう」
     男は奇妙な目をしていた。その奥底に暗闇が見えない。太陽に向かって開かれた窓を見ているようだった。見詰められると落ち着かない。狼狽を隠す僕を見て男は笑んだ。得体の知れなさに反して無邪気な笑みだった。
    「……そこまで気になるならば食べてみればいい。丁度食べきれず困っていたところだ」
    「おや、それは嬉しいね。偉大なる竜の君からの餞別、有難く頂くとしよう」
     切り取られたスポンジに、男は恭しく口付けをした。



    「マレウスくん、ここいーい?」
     場違いなほど明るい声が響く。鮮やかな色彩を連れた男が四角く平たい機械を手に、椅子を引いて座った。なにやら機械を掲げ異音を発生させた男は何か呟いている。
    「えーと……よし、タグもオッケー! 今一人? オレ、さっきまで寮でお茶会してたんだけどちょっと疲れちゃってさー、ここでサボっていい?」
    「……好きにするといい。だが寮の者達に迷惑はかけるなよ?」
    「ありがと! サボるなんて言ったら怒ると思ってたから意外! まあシゴトは全部終わらせてきたし? こういうちょっと抜くとこ抜いてくれる寮長ってイイよね、ウチの寮長はマジメだからさぁ」
     止めどなく話し続ける男は息切れ寸前のように見えた。その心を掴ませる間もなく話す、話す、笑う。僕はそっと口を開いて遮った。
    「ダイヤモンド。一つ頼みがある」
    「え?……なになに?王子サマの頼みなんてオレが聞いちゃっていいの?」
    「ああ、いいさ。これを一切れ食べてくれ」
     男はしばらく席に居付いた。ゆっくりとマイペースに、いつもの明るさを少し崩して。
    「……甘っ。でもまあ、たまにはいっか。一人で食べたら胸焼けしちゃうもんね」
     抑揚のない声も、不思議と男によく馴染んで聴こえた。



    「……っす。マレウス先輩」
     この学園では珍しいはきはきとした挨拶だ。見れば立っていたのはまだ出会って日の浅い少年だ。
     その真面目くさった顔は悪いものではない。向かいの席を指し示してみれば、失礼します!と弾丸のような返事。ああ、そう背筋を伸ばさなくともいいのだが。
    「スペード。少し、僕に付き合ってくれるか」
    「!……はいッ!なんでも受けて立ちます!」
     拳を握る必要は無いのだが。フルーツを多めに盛って出してやれば、大きな目が更に丸く見開かれた。
    「食べてくれ。僕には多い」
    「…………俺が食っていいんですか?」
    「ああ、構わない」
     僕の目の前で、彼は丁寧すぎるほどの手つきでフォークを操って食べた。無理をしているのだろう。力み過ぎて手指が震えている。聞けば、テーブルマナーがなってないって寮長に扱かれてるんです、と困ったように笑う。自然に振舞えと言ったが「これも勉強の一つだと思ってるんで」そう言って健気にも美しい所作という試練に立ち向かっていたので、ただじっと見守ることにした。



    「……若様!」
    「マレウス様」
     ここ数年、ようやく聴き慣れてきた声がする。なにを畏まっているのかと尋ねれば、二人は真剣な面持ちで、同じテーブルに座らせてほしいと言ってきた。
     そのくらいのこと、と思って、彼らと一度も同じ目線で席に着いたことがないことに気が付く。学園の食堂ですら、僕が食している間は二人とも隣で佇んでいるのだ。
    「許す。座れ」
     魔法で椅子を引いてやった。マレウス様にそんな手間を掛けさせるなど、とセベクが狼狽えている。彼らの視点からすれば不敬に当たるのか。そう理解できたが、まったく不快な心地はしていなかった。むしろ、他人行儀な態度で隣を歩かれるよりもよほどいい。
    「シルバー、セベク。お前達にもこれを」
    「……良いのですか?」
    「ああ。……ずっと、こうして誰かに分けたかった。お前達と一緒に食べてみたかったんだ」
     大皿に残ったケーキはもうあまり多くない。
    「若様から賜ったものだぞシルバー!大切に食べろ!」
    「分かっている。お前こそ大切な食事中に叫ぶな」
     こんなやり取りが、思えば彼らが生まれたての赤子同然の時から続いていたのだ。自身よりもずっと少ない時を重ね、瞬く間に老いていく定めにある二人。その終わりが近付くことを僕は忌避していた。だが今、心の底から美しいと感じている。限られた時の中歩みを進めていくその様を。
    「二人とも。まだ、傍に居てくれるか」
     したたかな返事に、胸の奥へ蝋燭が一つ灯ったような心地になった。



    「マレウスよ」
     おばあ様の声の次に耳に馴染んだ声音。いつになく柔らかなその口振りは新鮮だった。
    「リリア」
    「うむ、どうした?」
    「共に座ってくれないか」
    「ああ、良いだろう」
     小柄な体が椅子に収まる。見詰めるチェリー色の瞳は、この数百年、王子としての僕を厳しく見守り続けてきたモノだ。教えるものと教わるもの、従と主の揺るぎない関係がその間にはずっと横たわり続けてきた。
    だがこの学園にやって来て知った。絶対などどこにも無いということを。今ならば彼と、目付け役と王子という関係ではなく、ただの学友として語らうことも出来るのではないか。
    「リリア、お前としたいことがあるんだ」
     差し出した皿。目付け役はその柔らかなクリームにフォークを突き立ててくれた。
    「懐かしいな、マレウス。お主はいつからかケーキを食べたがらなくなった」
    「一人で食べるから胸焼けがして仕方がなかったんだ。……だが、簡単なことだった。お前にもこっそり食べさせれば済む話だった」
    「くくっ、悪い子じゃ。随分とこの学園に染まってきたのう?」
    「ふふ、そうだ。もう三年生だからな。ここの生徒を見ていると色々なことを学べて楽しいんだ。……リリア、もっと話そう」
     ああ、楽しい。こうしてずっと笑いながら話してみたかった。ただの友として席に着くその喜びを味わってみたかったのだ。



    「ツノ太郎」
    「よお!お前が一人寂しくパーティーしてるっていうから来てやったんだゾ」
     多くの個性的な生徒達の中でも彼らほどの恐れ知らずはいまい。
     僕の正体を知っても、更に深い闇に触れても、彼らの態度が変わることは決してなかった。そのことがどれほど、どれほど僕の心を支え救ったことだろう。
    「水くさいなぁ、呼んでくれればすぐに来たのに」
    「ああ、悪かった。座るといい。……ゆっくりと話そうか」
     もうわずかしか残っていない『ケーキ』を分け与えた。猫の魔物はブルーのめをキラキラと輝かせてみせる。
    「美味そうなんだゾ!食っていいのか?」
    「いいの?もうあとちょっとしかないのに」
    「ああ、いいんだ。僕は今まで沢山食べてきたから」
    「そっか、ホールケーキ、好きじゃないって言ってたよね」
     僕が、ホールケーキが得意でないことを知っている者は数少ない。この人間はそのうちの一人だ。最初に知られた時、馬鹿にするでも特段驚くでもなくただ、そうなんだ、とだけ言って受け入れたのが強く印象に残っている。
     奇妙なあだ名。因果を無視して僕に差し出された招待状。不思議な一心同体の人間と魔物は、いつも僕に新しい世界を見せてくれるのだ。
    「寂しかったよね、ツノ太郎。何百年も一人でケーキ食べなきゃいけないなんてやってられないよね。僕なんて数年でも辛かったのに」
    「俺様はケーキ独り占めしたいんだゾ! でも確かにボッチで食うのは寂しいんだゾ……」
    「うん、うん。だからね、ツノ太郎。一緒にケーキ食べれて嬉しいよ」
     ユウは魔法が使えないという。僕には想像しがたい。だが、実はしっかりと魔法を使えているのではないかと思うことがある。何故なら、僕はいくつも彼に幸福を貰ったから。僕に絡み付いた呪いのような因果をわずかでも解きほぐしてくれたから。
    「ああ、僕も嬉しい。……独り切りは寂しかったんだ。ずっと、ずっと……――」



     最後まで席に着いていた僕のもとへ、男は奇跡的にやってきた。二度と訪れないとさえ思っていたから、それは本当に意外なことだった。
     最後に残った一切れを、男は無感動に見下ろしていた。クリームの薔薇を、赤々と艶めくストロベリーを。
    「お前に分けてやる」
     男は、いつかの激しさとは打って変わってゆっくりと首を横に振った。
    「いいや、要らねぇ」
     やはりお前だけは、僕の想いとは真逆に進んで行こうとするか。
     そう思った矢先、男は椅子を引いて腰を下ろした。涎を垂らした獣のような獰猛さをどこへ隠してしまったのだろう。サマーグリーンが僕を意外なほど真っ直ぐに見据えた。あの日の荒れ果てたテーブルを思い出す。
    「ソイツはお前に贈られたモンだろ。お前が食え。それは俺のモノじゃねぇ」
    「僕がか」
    「他に誰がいる。……ったく、触るなとかなんとか言ってやがったのはお前だろ」
     促されるまま、フォークで掬い取って口に運んだ。柔らかな甘さ、果実の酸味。初めてケーキを口にした時の感動そのものがそこにあった。幸福が舌で蕩け口腔に広がっていく。僕はずっと、この味を愛していたのだ。
     ゆっくりと平らげた僕を前に、男が、レオナ・キングスカラーが笑った。嗤ったのではなく、笑った。褐色の手指が僕の手を摑まえる。うっかりとクリームをつけてしまっていたそこに彼の厚い唇が寄せられた。なりを潜めたのではない。姿形を変えて衝動は残っていたのだ。
    「ソレより欲しいもんが出来ちまったんでな?こっちは絶対に逃がさねぇ。……絶対にだ」
     舌なめずりをして牙を剥く。それを見て僕の唇も吊り上がった。
     ああ、やはりこの気持ちは嘘にできなかった。お前と睨み合うのは苦しいが、同時にどうしようもなく、楽しい。
    「やってみせるがいい。僕は逃げも隠れもしない。その牙で今度こそ食らいついてみせろ」
    「臨むところだ。その言葉、後悔させてやるよ……!」
     腕を引かれ、男のぎらつくサマーグリーンが眼前に迫る。僕の肌を食い破らんと突き付けられた牙に対抗しようと僕も唇を開く。牙と牙が交わり合う。鼻先がぶつかる。テーブルに乗り上げクロスも搔き乱して、いつしか二人は重ねた身を縺れ合わせていた。
     パーティーの会場を荒らして耽る姿だけは、他の誰にも、おばあ様にも内緒だ。僕は学園にやって来て隠し事を覚えた。皆とテーブルを囲んでケーキを食べる楽しさも、行儀を忘れてかぶりつくその快感も。

     ホールケーキは、相変わらずあまり好きではない。でもそれを忘れるくらいに好きなモノが今、抱えきれないほどこの腕の中にある。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💓💓💓💓💯💯💯💯💯❤💯❤👏😇😇😇😇😇🙏🙏💞💞💞💖🙏🙏🙏🙏🙏🙏🙏🙏🙏🙏👍❤😭💖❤💕🙏🙏🙏💕💕💕💕💕💕☺😍❤❤❤💕💕💕💕💕
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works