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    なすずみ

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    なすずみ

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    追記 ちょっと手直し

    ##果物

    果物 午後の部屋とかきのたね「助けて」
    子供の声が聞こえて、文章に集中していた意識が浮上する。
    『助けて。神様、仏様。なんだってするから』
    顔を上げると、テレビでドラマが流れていた。少年が手を組み空を仰いでいる。それほど緊迫した場面ではないらしい。
    「助けて、ときたらドラえもん呼んだ方がいいよな」
    隣で檸檬が言う。炬燵の上にはみかんの皮やあられの小袋が散らばっており、蜜柑の神経を条件反射で刺激する。人が仕事の資料を読み込む横で、『柿の種』と書かれた袋の残骸から食べかすまで散乱させた犯人は「こういうときこそとりよせバッグだな」と一人頷いていた。
    「あの青い狸はどこにでもいるものじゃないだろ」
    蜜柑の言葉に檸檬が反応する。
    「それは神様仏様もじゃねえか。ていうか、ドラちゃんは狸じゃねえぞ」
    「知ってる。ロボットなんだろ」
    「まじかよおまえ」
    とんとん、と読み終わった資料を束ね、角を整えて檸檬に突きつける。
    「机の上を片付けろ。あとこれも目を通しておけ」
    はいはい、だかへいへい、だかわからない返事を寄越し、檸檬はプリントを受け取る。そのまま机に置こうとするので、「今見ろ」と蜜柑から鋭い声が放たれた。檸檬は肩をすくめ、言い返すのも得策でないと判断したのか、素直に資料を捲りはじめる。
    ぱらぱらぱら、と一枚一枚繰り進め、あっという間に半分過ぎに到達したところで、手を止める。そしてよし完了、という具合に、ぱさりと机に置いた。
    「おい」
    「なんだよ」蜜柑の低い声に、檸檬はテレビに向けようとしていた顔を戻す。
    「目を通せというのは、ちらっと見ておいてね、なんて意味じゃない。ちゃんと読んで、大事な部分は頭に入れろという意味だ」
    「ちゃんと読んでただろうが。見てなかったのかよ」
    「見ていたから言ってるんだ。どう見ても読んでいなかった。しかも半分残ってる」
    「蜜柑、おまえ速読って知らねえのか。ぱら、ぱらって捲るだけでな、頭に入ってくるんだよ。速すぎて見えなかったかもしれねえが、俺はちゃんと全部読んだ」
    「それなら最終ページの12行目はなんだったか、言ってみろ」
    「おまえ、速読は超能力じゃねえんだよ。読んでない部分のことなんて分かるはずねえだろうが」
    「辞書を持って来い。全部の意味を教えてやる」
    蜜柑の鋭い眼光を受け流し、檸檬はふう、と勿体ぶるように息を吐く。
    「あのな、こんなの、今から読んでどうするんだよ。忘れちまうだろうが」ぴっ、と人差し指を立てる。「暗記パンも直前に食べた方がいい。効率ってやつだ」
    蜜柑は檸檬の顔と人差し指を眺めていたが、やがてすっと息を吸う。ほんの僅かいつもより長くまばたきをして、目を開いた。
    「直前に読めるものならな。おまえは前も同じことを言って、資料を持ってくるのを忘れただろうが。荷物は少ない方がいいと言ったな。確かにそれは、俺も同意見だ。だからこそ、前もって頭に入れておくんだ。俺たちは便利道具なんて持ってないんだから、忘れ物をしたら取りに帰るしかないし、何かを覚えたかったら集中して頭を使うしかない。サンタはこの間働いたばかりだからな、たぶんしばらく休みだ。それとも、神様仏様がおまえを助けてくれるのか。いいか檸檬、俺の」
    「わかった、わかった」嫌な流れを感じて、慌てて片手を突き出し、言葉を押しとどめる。プリント用紙をもう片方の手に取ると、蜜柑はふっと息を吐いた。怒りのマグマは引いたようだ。檸檬はほっと胸を撫で下ろす。

    ぱら、ぱら、と檸檬が捲る紙の音が耳に心地よい。合間にぽりぽりと、あられを噛み砕く小気味よい音が響いた。
    なんとなく、先程ドラマで流れた台詞を反芻する。助けて、なんだってするから。命だけは、どうか。お願いです、殴らないで、殺さないで、助けて。記憶の隅から混ざる声は、もはや誰のものか分からない。
    神様は居ると思うか、とは時々問われる事柄だった。サンタは居るのか。幽霊は居るのか。奇跡の証明。愛の所在。いずれも蜜柑にとっては、隣人の色恋事情よりも興味がなく、そんなことを考えるくらいなら、柿の種に含まれているピーナツの数でも数えている方がまだ有意義に思えた。
    「居るなら仕事しろよな」檸檬の答えは簡潔だった。いつかの移動中だか依頼人の待ち時間だか、持て余した時間に乗じて投げた問いは、雑談の形姿に相応しく軽く易く返される。

    ばさ、という音に、がさ、という音が続いて、過去に飛んでいた意識が引き戻される。檸檬が資料を読み終えたらしい。一重瞼は目が合うと、にやっと笑みを浮かべた。蜜柑の側に寄せられた手に視線を落とす。そこには柿の種の袋があった。
    中身はあられ一色だ。ピーナツを先に食べ終え、余らせたらしい柿の種を親切げに押し付けてきているのだと察する。
    「配分を考えろといつも言っている」
    「ちげえよ、おまえが種の方が好きだから譲ってやるんだ」
    「俺は別に、どっちでもいい。というか、スナック菓子を買ってくるのはおまえなんだから、ピーナツが好きならピーナツを買えばいいだろう」
    「柿ピーだからいいんじゃねえか」おまえってやつは、まったく分かってねえなあ、とわざとらしい嘆きを見せる。なにが分かってないんだ、おまえは分かっているのか。そう言い返そうとして、言葉を引っ込めた。また過去の、スーパーの即席食品売り場が脳裏に浮かんだせいだ。
    並んだ数種類のインスタント味噌汁を眺めていると、がさりという袋の音と共に僅かに左手の重量が増した。視界に捉えた獅子髪を目で追うと、男は素知らぬ顔でカップ焼きそばの物色に移っている。手に持ったカゴに視線を落とすと、近くのコーナーから持ってきたらしい米菓が入れられていた。「おまえ、酒は飲まないのにこういうのは食うんだな」辛みが特徴であるあられの先行する印象から、浮かんだ感想をそのまま言葉にしたところ「亀田に謝れ」と貶された。何日前のことだったか。
    「柿ピーは人気者なんだよ。子どもからお年寄りにまで、みんなに愛されてるんだよ。その中には当然、酒を飲む奴もいるだろうな。確率の問題だ。蜜柑、おまえは数学のドリルを解かねえのか」
    解かない。おまえも解いてないだろ。ついでに数学書も読まない。ともかくこいつが万一、柿の種を人面機関車の次くらいに愛していた場合、滔々と蘊蓄を語られる羽目になり、そして十中八九したり顔がオマケに着いてくる。それは面倒なので机に置かれた小袋を黙って引き寄せ、柿の種の、柿の種の方を引き受けた。
    ざら、と中身が音を鳴らす。
    「『柿の種』のピーナツって結局どういう存在なんだ」
    「『ドラえもん』の、のび太君じゃねえか」
    「それは『走れメロス』のセリヌンティウスということか」
    「多分だけど違えな」
    一本取って噛み砕く。ぴりりと辛い。
    二本目を取ろうと小袋の中を覗くと、見落とされていたピーナツの欠片が一欠片残っていた。取られる前に、と指で摘んで口に含む。特有の歯応え。美味いとも不味いとも思わないまま咀嚼する。
    「辛い方と甘い方」
    「俺が柿で蜜柑がピーナツか」
    「せめて落花生が良い」
    あとその場合、おまえは柿ではなくて、柿の種だ。三つ目を口に放りつつ指摘しようか逡巡し、そのまま飲み込む。
    『ああ、神様仏様!』
    流れっぱなしだったテレビドラマの少年は、未来のロボットによる助けは得られなかったが、なんとか問題を解決したらしい。蜜柑がテレビに目をやると、晴れ晴れとした笑顔を浮かべていた。気楽そうで、羨ましい。
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