◯果物 十代で出会ってるパターン九九さえまだ教わっていないだろう幼さにも関わらず、泣くことにも飽きたような、大人びているというには憂と諦めを内包した目をしていた少年は、檸檬を前に瞬きをした。見るからに荒っぽそうな青年を見て、既に目の前で家族を殺された少年は確かに光を目に宿した。彼が拠り所にしている朧げな記憶と重なりでもしたのだろうか。甘えを含んだ希望とも、哀願とも異なるその表情は檸檬にとってイレギュラーで、コンマ数秒程度の僅かな躊躇いを生んだ。
蜜柑は見逃さなかった。
檸檬がほんの小さく息を飲み、すばやく唇を噛んで呼吸を整えようとした瞬間、蜜柑はその右腕を掴んで突き出させた。反応出来なかった檸檬の手に握られたナイフは加えられた力の向きに従って少年の心臓を貫き、的確に鼓動を止める。少年が崩れ落ちるより早く、檸檬はナイフから手を離し、腕を振り解く反動を利用して蜜柑の腹部を蹴り上げた。咳き込んだ蜜柑が受け身を取らなかったのがわざとなのかどうか知らないがそんなことはどうでもいい。身体を起こしたところへ歩み寄り、シャツの首元を捻り上げて頬に拳を打ち込んだ。このまま首を折ってやろうと思った。
「何、余計なことしてんだ?」
檸檬は殺人の技術を持っている。殺意を持った時わざわざ殺すぞなどと宣言はしない。そんなことは百も承知で、それでも蜜柑は表情を変えなかった。
「離せ。シャツが皺になる」
はっ、と檸檬は鼻で笑った。蜜柑が纏っているのは檸檬と同様の元々皺になりにくいポロシャツで、洗濯はしているのだろうがアイロンなど一度も掛けていないだろうことを檸檬は知っている。中身も伴わないままどこかで聞いたような台詞をなぞる様は滑稽で、檸檬は冷やかに目を細めた。
「馬鹿みてえ」
簡潔な罵倒の言葉に蜜柑は頭突きを繰り出した。顎に当て檸檬の体勢を崩しマウントポジションを取る。勢いを乗せ振り下ろした両の拳を檸檬は身体を捻って避け、そのまま蜜柑の頭を掴んでコンクリートに打ち付ける。ごろごろとマウントを取り合い、最終的に二人して奥歯が欠けたその一連の流れは、縺れ合う最中に転がった獲物に見向きもしなかった点から言えば喧嘩と呼べた。数だけで言えば平素の殺し合いよりも多かった外傷は、しばらくシャワーの時間を苦痛にした。
適当に掴んだ衣服が他のものより劣化が激しく、2秒迷ってそのまま着たり着なかったりしながら季節を見送り半年ほど経った仕事の日、蜜柑から手渡された切符の駅名に常の通り目を落とすと「シャツを破って悪かった」と声が降って来た。顔を上げると蜜柑は既に改札に切符を通していて、檸檬は切符を軽く握り直してその背を追った。