◯果物 高校生の???彼はいつも一人で本を読んでいた。
極端に人付き合いが悪いような印象はなく、授業で当てられれば答え、名前を呼ばれれば返事をしていたはずだが気がつけば声の記憶は薄れ、無口だというイメージが先行する彼はクラスの中で浮かない程度に異質だった。ふと目に映る彼はいつも文庫本に目を落としていたが、読書家という言葉はどこか似合わず、レポートを書くのにたびたび立ち寄る図書室でも彼を見かけた記憶は無かった。
学校の図書室は穴場であった。先人たちがコツコツと積み重ねてきた知識や時代そのものを表すように重厚な臙脂色の背表紙、何度も読まれ日焼けした薄黄色のページ、角が取れた静寂。間取りが良いのか冬でも自然光により温められた空気は肌馴染みがよく、僕は本や図書室に受容のイメージを持っていたが、教室の彼が持つオレンジ色の文庫本はどこにも馴染まず、彼の掌とだけ温度を共有していた。
ある期末試験後、僕は期末課題のノートを集めていた。席が一番前で、出入り口から近かったため、それを理由として収集係に任命されたのだ。数学教師は「皆、帰る前に渡していけよ」と僕の机を先刻回収したテスト用紙でパシパシ叩き、クラスメイト達は試験が終わった開放感を乗せて「おなシャース」「アザマース」とノートを寄こし颯爽と立ち去った。そうして積み上がったノートを教室でひとり一冊二冊と数えていると、ぬっと影が落ちて来た。影の主は彼だった。
教室を出たのちに引き返してきたらしかった。用件を察しかね、顔を上げたまま黙った僕の眼前に、彼はノートを差し出した。
「眼鏡君、俺のノート忘れてる」
不意を突かれ、え、としか言葉が出ず僕はそれまで数えていたノートの冊数を忘れた。
突き出したノートが眼鏡に当たりそうだったとか、眼鏡くんは小学生ぶりに呼ばれたとか、確かにノートの回収は僕の仕事だが提出の催促は範疇外なので別に忘れてるとは言えないだとか、細々とした言い分は頭を掠めた側から彼方へ消えた。
B罫のノートは生成色で、落ち着いた色合いに目を奪われていた数秒間、彼は僕の前で腕を突き出したまま無言で立ちすくんでいた。平静を装い、ありがとう提出しとくよ、と礼を言って受け取ると、「ああ」と一言返事し、ふいっと顔を背けて教室から出て行った。手に残ったノートの重みが漸く意識に届く。あ、campusじゃないんだと遅れて思った。
進級してからも、相変わらず図書室で彼を見かけることはなかった。
高校二年生の冬、別クラスの女子生徒が──くん最近学校来てないよねと話すのを通りすがりに一度聞いた。卒業式でも彼の姿は見なかった。