8.やまぼうし 同時に、実、照らす 篠山線と宇品線 例年より少し早い梅雨の中休みのある日、軍事路線の集会で久しぶりに再会した二人は、連れ立って寄宿舎を目指し歩いていた。通りがかった民家の軒先に植えられたヤマボウシの木を見て、宇品線が思い出したように呼びかける。
「そういえば、お前んとこも田植えは終わったか?」
「ああ、なんとかな」
春が過ぎて濃い緑色の葉が出そろい、ヤマボウシの枝に白や薄紅の花が付くのは初夏の知らせ、同時に田植えの時期の訪れを告げる。
徴兵に伴い農村部は男手が少なく、路線である彼らも手伝いに駆り出され、女子供や老人に混じって田植えをした。
「しかしこの気温ではな……稲が育つかどうか」
「困ったもんじゃ。自分たちの腹にはほとんど入らんとはいえ、
みな生活が掛かっとるからな」
今年は六月に入ってから、平年よりも気温が低い日が続いている。稲の生育期の気温が低いと、未成熟のまま収穫期を迎えることになり収穫量は落ちる。
都市部と比較すれば農村部はまだましな方だが、このまま冷夏になれば食糧難は一気に加速するだろう。
「戦況がどんな具合かもわからんしな」
「わかったところで、俺たちは言われた通り運ぶだけだ」
宇品線は軍港に物資や兵士を運び、篠山線は地方で産出される鉱石資源を運ぶ。それが、軍事路線である二人に課せられた役目だ。
「食わんでも死にはせんが、腹は減るからのぉ」
「違いない」
人間の姿かたちをして存在する以上仕方ないとわかっていても、難儀な身体を持って生まれたものである。
「食い物と言えば、ヤマボウシは実も食べられるらしいぞ。中々うまいんじゃと」
期待に目を輝かせる宇品とは対照的にさして興味がなさそうにしていた篠山だったが、何を思いついたのかにやりと笑って口を開いた。
「お前の身長じゃあ実は採れんだろうから、その時は手伝ってやろう」
「あんくらいわしでも届くわ! 失礼な奴じゃ!」
そう言って飛んで来た拳をひらりと交わし、走り出した篠山を追いかけて、宇品もあとに続いていく。
太陽の光が照らす長閑な道に、賑やかな声が響く昼下がり。
ただ漠然とこんな日が続いて行くものだと信じていた、ある初夏の話だ。