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    sushiwoyokose

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    sushiwoyokose

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    特にオチのないアルユリ

    泡沫のねがいごと野営中に引き受ける寝ずの番は、城の哨戒と違って少し気が緩む。守るべき命に差異があるわけでは決してなく、警戒に手を抜いているという話でも勿論ない。純粋に緊張が緩むのだ。私を受け入れてくれた騎士団が在るサントレザン城は愛おしい。けれどあの場所は、冷徹な父の瞳から逃れられない檻とも言える。広い空の下で過ごす夜は息苦しさがなくてよかった。屋根のある暖かな部屋よりも、だだっ広い野原にほうっと安堵を織り交ぜている時が最も落ち着くなどまったく笑える話である。結局のところ、忌み子には人の世の居場所などないのかもしれない。
    「なぁ、花冠って知ってるか」
    「……。警備中ではないのかね」
    「これだけ静かなら大丈夫さ。万一何かが飛び出してきても、俺の雷より速い牙などない。そうだろう?」
    漠然とした孤独に意識を揺蕩わせていると、不意に軽やかな声が降ってくる。目線を上げれば、同じく夜警を担ったアルベールが焚き火をかき混ぜながらにんまり笑ってこちらを見つめていた。責務は良いのかと揶揄うと、生真面目は冗談のような自信を答えとして寄越す。彼の速さは誰よりよく知っているつもりだった。確かに、かの雷に捉えられぬ敵などいまい。そうでなくとも、意識の海に沈めてしまえるほどに物音のない夜なのだ。もしも悪意が潜んでいるのなら、そよ風はこんなに穏やかでないだろう。友の言い分をそのまま飲み込むことにして、こちらもまた柔らかく微笑みを浮かべる。夜は長い。いくら夜更かしが得意でも、暇つぶしの一つや二つは必要だ。
    「大した自信だな、まったく。で? 花冠がどうしたって」
    「この間入隊してきた新入りの中に、青髪の剣士がいただろう?」
    「ああ、水の魔法を併せて器用に使う少女かい。年若いだろうに随分鋭い太刀筋をしていたからね、覚えているよ」
    レヴィオン騎士団へ入隊するには、王族からの推薦を受けるか規定の入隊試験を全て合格する必要がある。同意もなく「入れ」と押し込まれた私は、手続き上前者の扱いを受けたことになっていた。己の経歴を書類で取り寄せるたび、高い魔力がどうのこうのと適当な言い分が書いてあるので大変笑えて結構。一方で、比類なき力を持ったアルベールは意外にも後者の騎士だった。厳しい試験は彼にとってよき思い出であるらしく、その思い入れようといったら、試験があるというとこっそり覗きに行ってしまうほどだ。
    そんな熱意が通じたのか、はたまた小隊長という肩書きを背負ったからか。ついに今年、彼は試験官として新米騎士の入隊試験に立ち会うことになったのだ。友が大舞台に立つというので、私もまた揶揄うつもりで試験会場を覗きに行ったため、今年の試験は未だ記憶に新しい。熱意に満ちた志願者が各々必死の剣を振るう中、一層の覇気を持ってアルベールに切り掛かっていたのが話題に上がった青髪の剣士だった。間違っても未来の芽を傷つけぬようにと緊張していたアルベールが、思わず笑いをこぼしながら剣戟に応じていたのでよく覚えている。
    「マイムと言うんだ。これが熱心なやつでな。俺から雑談やら休憩やらをもちかけてやらないと、何時間でも剣を振るおうとする」
    「おや、どこかで聞いた話だな」
    「そうだろう。他人事とは思えなくて、つい世話を焼いてしまうよ」
    「へぇ、君が世話係とはねぇ? その調子で自分の体調は自分で管理できるようになりたまえよ」
    「どうかな。うっかり熱中すると、揃って手合わせを続けてしまうこともあるから」
    「はぁ、期待した私が愚かだった。君たちに必要なのは説教ではなく物理的な鐘の音なのだろうね。今度から鍛錬の時は私を呼びたまえ。適切なタイミングでこれ以上なく喧しい鐘を鳴らしてやろう」
    照れたように頬を掻くアルベールへ、深いため息を投げてやる。強者というのはなかなかどうして、己を鑑みない者ばかりだ。いや、己を鑑みないからこそ比類なき力を持つのかもしれないが。
    (これだけアルベールが目をかける騎士も珍しい。剣を得意とするなら尚更、彼女はアルベールの部下になるだろう。……私はそれを見届けられるだろうか。せめて、不摂生の叱り方くらいは伝えてゆきたいものだがね)
    呆れ顔が崩れないように友を眺めた。アルベールのおかげで、私の研究は生存を許諾されるための供物から正しく人の役に立つ成果物として生まれ変わり始めている。研究に対して、素直な称賛を聞くことも増えた。しかし王室は、これがどうにも面白くないらしい。忌み子が生き甲斐を得ていることも然りだが、国の英雄として期待を寄せられるアルベールが私に懐いているのも気に食わないのだろう。
    ついては、このところこんな案が議会で賛同を集めていると聞いた。私に「王の側近」という立場を与える代わりに、騎士団としての悠々自適な生活を捨てさせ、実質城へ軟禁する、と。絶望に慣れた心がなお下向く理由はこれだった。まだ噂の段階だが、波風のないところに噂は立たない。仮にこれが誰かのうわ言だったとしても、王の耳に入ればきっと乗り気になるだろう。彼にとっての私は、どこまでいっても無力な塵なのだ。そばに置いておけばいつでも始末することができる、そばに置いておけばどんな言動も封殺することができる。私が未練がましく父へ思慕を抱いていることも、おそらくはお見通しなのだろう。掌の上、傀儡であると嘲笑われている屈辱。どこまでいっても父を求めてしまう己の幼さ。どちらにも腹が立って仕方なく、怒りが過ぎて無気力になってしまう。
    (いずれは遠征に出るのも難しくなってしまうんだろうか。……この穏やかな炎を囲むのだって、もしかしたら今日が最後になるかもしれない)
    英雄と、忌み子が出会ってしまったのは、きっと運命の気まぐれだった。この友愛が相応しくないことなど、私が一番よく知っている。だから友として手を取ったあの日、いつか来る別れについてもまた覚悟を抱いたつもりだった。しかし今、どうだろう。別れを意識すればするほどに、知らない痛みが胸に広がって仕方がない。途方も無い鬱屈を静かな呼気としてどうにか吐き出し、なお平然を装った。運命なぞに膝を折ってたまるものかと今まで必死に生きてきたが、このところの私はどうも弱くていけない。ひたすらに、失うことが怖いのだ。ようやく持ち得たたった一人の優しい友を奪われることに延々と怯えてばかりいる。
    「それで、何が花冠につながるのかな」
    「まぁ聞いていろ。先週だったかな、鍛錬を終えたら丁度昼に近かったから、マイムを連れて街に出たんだ。お前への差し入れを買うついでに、食事でもご馳走してやろうと思ってな。そうしたらあいつの妹が二人、無邪気に駆け寄ってきたんだ」
    「へぇ、妹がいるのかい」
    「ああ、あれだけ真面目なのも長姉と聞いて納得がいったよ。随分仲がいいらしい、その時、末の妹が花冠をくれたんだ。姉をよろしく、なんて立派な言葉を添えられてしまった」
    沈んだ心はうまく誤魔化せたらしい。友はこちらを疑う事なく、軽快な雑談を続けている。
    アルベールはともかく人から贈り物を貰い受ける男だ。見目の美しさはもちろん、騎士団であげた武勲は広く国に知れ渡っている。少しずつ国力を落としつつあるレヴィオンにとって、強く折れない稲光はかけがえのない希望なのだろう。老若男女誰からも好かれる姿は、さながらすでに英雄と言える。花の類は贈り物の定番だった。幼い女の子から「将来の約束」などとませた草花の指輪をはめられていたこともある。
    「ふふっ、微笑ましい話じゃないか」
    「そうだろう? 残念なことに花は枯れてしまったんだが、まぁ見事にできていたから作り方が気になってな。お前なら知っていそうだと。夜警の暇つぶしに丁度いい話題だろう?」
    「君、私のことを百科事典か何かだと思っているね?」
    「流石に知らないか」
    「茎を軸にして揃えながら編み込むのさ。どれ、丁度いい花があればいいけれど」
    「初めから素直に答えろよ」
    腰を上げた私をけらけらと笑いつつ、アルベールは火をかき混ぜていた枝にぐるぐると布の端切れを巻きつけ始めた。油の染みた、着火用の素材だ。先端を加工された木の枝は、再び炎に突っ込まれると見事な松明として生まれ変わる。差し出された明かりを口角を上げながら受け取り、ざっとあたりの植生を見回した。確か、奥のテントの周りに黄色い花が咲いていた気がする。
    「あまり遠くへ行くなよ」
    「私の興味が急に森の奥へ向かないことを祈るんだね」
    ひらひらと手を振って、足音を殺しながら土を踏み締める。よく眠っているといえ、ここにいるのは皆が騎士だ。下手に音を立ててしまえば、彼らの休息を阻んでしまいかねない。抜き足差し足、そうっと息を殺すのには生憎だれより慣れていた。
    (あった。ふむ、丁度いいね)
    記憶を導に数十歩歩けば、宵闇の中に首を垂れた花の一群を見つけた。小ぶりな花弁もまた、人と同じくしっとりと眠りについている。僅かな罪悪感を抱きつつも何本か茎を手折り、戻ろうと振り向いたところで、真紅が未だこちらを睨み続けていることに気がついた。凛とした赤は私を詰っているわけではない。私の周りに満ち満ちた、闇の全てを警戒しているだけだ。焚き火が爆ぜる音に雷の鳴き声が混じるのは、見えざる魔物への威嚇だろう。
    「ふ……。随分怖い顔をする」
    この距離だ。近いといえ、独り言は届くまい。彼の纏う覇気が私の実力を軽んじてのことではなく、敬愛故に過保護が出た結果というのはよくわかっている。よくわかっているからこそ、鋭い紅色がくすぐったい。小隊を預かる長が私利私欲の丸出しもいいところだ。その警戒は一人に注ぐべきものではないだろう、君が負うべきは仲間達皆の保全ではないのか。呆れるように笑いながら、しかし胸の奥に爽やかな風が吹き抜けていくのを感じる。
    「ああ……。覚悟など、笑わせるね……」
    彼だけが空の中で私を見る。彼だけが、私のことを見つけてくれる。無償の愛はこれしか知らない。この男だけなのだ。気がつかないうちに、彼は私の宝物になってしまった。深く思い入れてはいけないとわかっていたのに、愛したところで報われないと覚悟をしていたはずなのに。ほかの何もを捨てたってよかった。けれど、この友だけは奪われたくない。
    「いいのがあったか?」
    「とびきりのね。葉がないか、簡単に落とせるのがいいんだ。花も小さい方がいい」
    歯を食いしばって孤独と恐怖を必死で追いやった。私への理不尽に真っ当な怒りを抱いてくれる男だ。何もかもを吐露してしまえば、彼は私を守ってくれるだろう。だが、そうすることで彼の立場が危うくなるのは本意でなかった。大事な人には、どうか傷付かないでいてほしい。そんな優しい心が自分の中に眠っているなど、彼と出会わなければ一生で知ることもなかったに違いない。
    なんてことなく隣へ戻ると、アルベールは無邪気に私の手元を覗き込んできた。摘んできた花は数本、花冠を作るにはもちろん足りない。
    「一本をまっすぐに据えるだろう? そこに花を絡めて、曲げて……」
    「おお……? ……ふむ、……いや、わかるようでわからん」
    「ふふ、巻きつけて編んでいるだけだよ。これを続ける。たくさん花があれば冠になるが、今日は少ないからな。そういう時は思い切って小さくまとめてしまうんだ」
    くるくると手の中で緑を弄ぶ。小さな蕾を飾りにして、花は美しい指輪になった。
    「どこで覚えるんだ、こういうの」
    「たまたま見た絵本でね。ひとり遊びが得意というだけさ。ほら、お手を拝借」
    ごつごつと肌を荒れさせた手を取り、何の気なしに剣士の指へ輪をはめる。奪ったのは左手。少し迷って、薬指を選んだ。夫婦の契りを真似るなど我ながら女々しい。だが1日もあれば朽ちてしまう儚い指輪だ、少しの強欲は許されたかった。
    「綺麗なものだなぁ」
    「そうだね。ふふ、今度淑女に花の何かを贈られたら、そのまま押し花にしてしまえ。女中に頼めば栞かカードか、うまく加工してくれるだろう。枯れさせた、というよりはロマンがある」
    「押し花? 押すのか、花を」
    「やれやれ、そこからか。君はもう少し俗世に興味を持ちたまえよ」
    重苦しい憂鬱の上に、愛しい夜が続いていく。大人になった今も、よく夢に見る夜だった。
    ◇◇◇◇

    「まったくねぇ、鈍感かと思えば妙なところで執着心が強いときている。君という男は本当にわからないな、いっそ恐ろしいよ」
    「いくら俺でも左手の薬指くらいは知っているさ。お前がああいうとき、意味を考えないわけがないということもな」
    「押し花も知らなかったくせに?」
    「知識が偏っている自覚はあるよ」
    あの頃から思えば、ずっとずっと未来の今。思い描いた通りの苦難がさんざ襲いかかったが、それでも私はあの頃と変わらず親友の隣に立っている。くだらぬ雑談も、暖かな絆も変わらない。何か違うとするならば、私が少し友愛に貪欲になったくらいだろうか。
    貪欲になった我が手には、黄色い花の輪が押し込まれた古い栞が握られていた。ルリアとジータが花を差し入れてきたものだから、ふと懐かしい記憶を思い出して「押し花は覚えたか」と友を揶揄ったのである。そこでアルベールが引っ張り出してきたのがこの栞だ。見つかるまでにたっぷり30分は待たされたが、待っただけの甲斐ある思い出を差し出されれば文句も喉を通らない。栞に封じられた古い花は、私が手癖で編んだ花輪そのものだ。
    「驚いたよ。てっきりあの後、山に還したとばかり思っていた」
    「記念と思ってこっそり持って帰ったんだ。押し花の作り方も覚えなくてはならなかったしな」
    「はて、なんの記念だい」
    「お前に懐かれた記念」
    「はっ……。まあくだらない記念だねぇ」
    勝手知ったる友の執務室。栞を眺めながらソファへどさりと腰を下ろすと、アルベールもまた隣に雪崩れ込んできた。目に見えて機嫌を悪くした赤が、わざわざ私を覗き込んで唇を尖らせる。
    「賢人を手懐ける苦労を知らないからそう言える。友と呼んでもらうまで何ヶ月かかったと思ってるんだ。夜にくだらぬ雑談をしてもらえるようになるまでは一年だぞ」
    「はて、そうだったかね。当たり前になって久しいから忘れてしまったよ」
    「……。お前なぁ……、こういう時ばかり……」
    「ふふ。ほら、あまりむくれているとシワが寄るよビリビリおじさん」
    成人男性にしてはあどけなさの残る頬を捕まえて、軟い肉を手のひらで撫で転がす。つくづく美人な男だった。社交場に出ると私が随分年上なのだと勘違いされることがよくあるが、こうも年を感じさせない顔では致し方ない。慢性的な不眠が祟って目尻に色濃く隈があるが、これがあってもまだまだ友の印象は幼かった。豪傑極まりない剣を振るい、本気の視線は睨みだけで魔物を制すというのにおかしなものである。
    (ああ……、こういう顔だけをさせてやりたいな。未来永劫、ずっと)
    頬を捏ね繰り回されるのが擽ったいのか、私に構われるのが嬉しいのか、アルベールは白い歯を覗かせながら初々しくはにかんだ。やめろと繰り返す言葉は建前なのだろう、迅雷の抵抗は静電気にとどまり、気をよくした私は栞を机へ退けて本格的にアルベールを撫でくりまわす。
    「う、っぶ、おいユリウス。お前、なんだかやけに上機嫌じゃないか?」
    「うふふ、そう見えるならそうなんだろうさ。……今度暇ができたら、我々も野山に花でも探しに行こうか。今度は見るだけじゃなくて覚えるといい、出来上がった指輪は交換しよう」
    「宝石店、ではダメなのか」
    「それは追々ね。国内で雷迅卿が対の指輪を拵えたと噂が立ってみろ、相手が見つかるまで大騒動だろうさ。なにより陛下が一番のご興味を示しかねない」
    「縛るのはいいと?」
    「好きにしたまえ。私はずっと、そうしたかった」
    愛らしい瞳をじっと眺めて、額にかかる前髪を上げてやる。顕になった白い肌へそうっと口付けを落としてやれば、無垢だった紅色は覚えのある鮮烈な力を宿した。
    「やっぱり、特別だったんじゃないか。記念にしておいて正解だ」
    力強い腕が絡みつく。私も、彼を抱きしめる。二人ぼっちの部屋の中、ただ触れ合うだけの幸福を過去の私が知ればきっと泣いて喜ぶだろう。
    「生きておくものだ」
    心から零れ落ちた感嘆に、腕の力が強くなる。息苦しいくらいの抱擁は、契らずとも明確な光と影の強い絆を表していた。
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