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    sushiwoyokose

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    sushiwoyokose

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    ボクロクカイ小話 すけべではない シャブの描写がある ※テリロクとボクロクとボクカイとグラカイとロクカイロクが全て同一ラインで生産されています

    護り手目覚めているような、夢の中にいるような。意識が不鮮明に揺蕩う不可思議な感覚の中にある。暗黒の血が制御を無くした時も、丁度同じような気分だった。はて、自分は眠っていたのだったか。記憶を探ろうとしてみても、鈍い頭痛が思考の邪魔をしてままならない。
    「ロック?」
    真横で衣擦れの音がした。名を呼ばれた気がして目線を動かすと視界がぐらぐらと揺れ動き、一気に気分が悪くなる。う、と低く呻いたのは間違いなく自分の声なのだろうが、酷く掠れたそれは誰か他人のもののようだ。
    「……ロック、俺がわかる?」
    唐突な吐き気を眼を瞑ってやりすごしていると、優しく頬を叩かれた。うっすら瞼を持ち上げると、坊主頭と視線がかち合う。ボックスだ。いつもの勝気な瞳はどこへやら、薄緑の鋭い視線は不安と恐れをないまぜにした見たことのない混乱を浮かべている。
    「ボッ、クス……」
    「……! 自分の名前は?」
    「なん……だよ……。ロック・ハワード……」
    「ここがどこかは?」
    「わかん、ねぇけど……。お前がいるなら、カインの屋敷……?」
    「……、ふー……」
    矢継ぎ早に飛んでくる質問に、頭が回らないながらたどたどしく答えを返していく。酷く喉が渇いていた。一声出すたびに空咳が飛び出していき、頭が揺れて、やはり気持ちが悪い。しかし歪んでいく俺の表情とは裏腹に、こちらを覗き込むボックスの表情はどんどんと安堵に染まっていっているようだった。やがて深くため息を吐いた男は、珍しく優し気に笑って俺の頬を柔らかく撫でていく。
    「お帰り」
    「おかえり、って……」
    唐突な一言を疑ろうとして、はっとする。もしかすると、俺がなにかしたのかもしれない。暗黒の血の暴走はギースタワーでの一件以来落ち着いていたはずだが、この気分の悪さと記憶の混濁具合だ。何があってもおかしくはない。
    「ごめん、俺……。また、なんか迷惑かけたのか……?」
    「……はぁ、何もわからないうちからなんで謝るかなお人よし。まぁ、今はそのあんたらしさに安心するよ。大丈夫、迷惑っちゃ迷惑だったけど、あんたが謝るようなことは起きてない」
    「……? 一体何が……、うっ、ぇ」
    ボックスが変だ。彼は決して根っからの悪人ではないし、知的で物腰も柔らかい。が、裏社会の人間らしくひねくれたやつでもある。同年代のよしみなのか、それとも何か思うところがあるのか、殊更俺に対しては年相応の「悪ガキ」を演じてくることが多かった。それがこんなにも素直に心配と気遣いを寄越すなんて、よほどのことがあったのだろう。自分の不調も忘れて事態の把握をするべく起き上がり、ほどなくして強い眩暈に襲われた。辛うじて噛み殺せていた吐き気に耐えられなくなり、えずいた勢いで胃酸が喉を駆けあがってくる。
    「っ、おえ、っ、が、っぁ、っふ、うー……っ」
    「ロック!」
    咄嗟に口元を抑えてみたが、指の隙間から生暖かい吐しゃ物が零れ落ちていった。シーツの上に零れていったのはほとんどが液体だが、やたらと赤が混じっている。口の中も、酸っぱさというよりは鉄の味が占めていた。慌てたように名を呼んだボックスが、年に似つかず大きな掌でがっしりと身体を支えてくれる。芯を失ったように頽れた俺を受け止めながら、青年はらしくなく冷静さを欠いているようだった。
    「血……。まだ中の傷が残ってんのかな……。もう一回医者……いや、まずカイン……。でもロックを独りにする……?」
    「はぁ、っ……は、……ボッ、クス……?」
    「……っ、ごめん。……平気? って、平気なわけないか。苦しい?」
    「くる、しいけど……、お前のほうが、おかしいから……。なにかあるなら、俺は大丈夫……、おいてって、いい」
    「……」
    滅多に感情を露にしない緑が、かっと燃え上がったように見えたのは気のせいだったのだろうか。ボックスは押し黙ると、俺をそっとベッドに戻して立ち上がる。
    「すぐ戻るよ」
    端的な宣言の後、ボックスは駆けだすようにして部屋を出て行ってしまった。もう一度起き上がろうかと思ったが、吐き気がぶり返しそうな気配を感じて大人しく目を閉じておくことにする。
    (俺は……何を、してたんだっけ? 確か……、カインの仕事を手伝おうと思って、ボックスの車に、乗ったよな……。乱闘騒ぎがあるとか、って。何回かチンピラと殴りあってたら、ヤクの密輸がどうとかいう話がでて……港に……、……港に……行ったっけ……?)
    深呼吸を繰り返しながら、微かに残る記憶の断片をかき集めてみる。ビリーやカインが言うには、俺がかのギース・ハワードの血を引く実子だという事実は思っている以上に裏社会の明るみに出ているらしい。母が取引の材料として扱われていたように、俺自身もともすれば闇討ちに逢いかねないというのが目下彼らの心配事だという。決して組織に属さない俺を、カインが仕事に連れ回すのはこうした心配の抑止力になればと願ってのことだった。表向きだけでもカイン一派の庇護のもとにあると知れれば少なくとも小物は手を引っ込めるだろう、と。
    手伝うと言って、俺が連れて行ってもらえる仕事と言えばチンピラの掃除程度のものだ。俺とて闇に染まり切るつもりはなく、聞くなと言われれば素直に耳を塞ぐし、見るなと言われれば顔を背けておく。ボックスには「早くこっちに来ちゃえばいいのに」と小言を言われることもあるが、今のところの関係はつかず離れずの協力者と言ったところだった。
    今回も乱闘騒ぎの鎮静に誘われて、しかしその仕事を完遂した記憶がない。暴れていた若者たちの様子がおかしく、これはただの喧嘩ではないと少し捜査をして、密輸入されたと思しき薬物が見つかったところまでは覚えている。だが、そのあとどうしたのだったか。
    「……っ、ロック君!」
    そうこうしているうちに、部屋の扉がけたたましく開いた。のろのろと視線を上げ切る前に、ふわりと香った花のような匂いが吐しゃ物の匂いをかき消していく。気づけば母とよく似た柔らかな腕が、ぐちゃぐちゃに汚れたままの俺をぐっと強く抱きしめていた。
    「カイン……?」
    「……ああ……、そうだよ。名が呼べるなら、もう大丈夫だな……」
    「っ、よごれる、はなれて……」
    「そんなこと……。……ああ、これは確かに血混じりだが……これくらいなら心配はいらないだろう。丁度姉上の往診に医者が来ている、ついでに診てもらうのがいい。ボックス、引き留めてきてくれ」
    「了解。メアリー様にも一応知らせておくけど……まだ部屋には入れないほうがいい?」
    「ああ、今しばらくと」
    「うい、じゃあまた後で」
    ボックスの顔は見えなかったが、声音は先ほどより落ち着いているように聞こえた。去っていく足音を聞きながら、カインに縋るようにしてどうにか身体を起こそうとしたが、やんわりと押さえつけられて叶わない。
    「横になっていたまえ、しばらく動かないほうがいい」
    「なに……、何があったんだ……? 俺、喧嘩のあと、覚えてなくて……。狂ったみたいな連中と、やりあったあと……どうしたっけ……」
    「それは……。……、ゆっくり話そうと思ったが、何もわからないのも気分が悪いか。そうだね、話そう。ただし手短に」
    あやすように背を叩かれ、ようやくカインの身体が離れていく。自らの生き写しを見ているような叔父の表情は普段通り底の見えない余裕を湛えているものの、よくよく見ると隈が濃いような気もする。
    「結果的に言うとね、スラムに薬物が出回りはじめていたんだ。あきらかな密輸の証拠が出てきたから、早めに潰してしまおうと港に行こうとしていたのは覚えているかね?」
    「なん、となく……」
    「そこで密輸の元締めと乱闘になったんだが、取っ組み合う最中に君が「ロック・ハワード」であることに勘づかれてしまってね。何人かが集中して君に襲い掛かって、あろうことか薬物を打った」
    「は……?」
    「奴らの狙いとしては強制的な依存だったんだろうが、結果としては悪手だったな。ボックスも私も頭に血が上ったし、他でもない君が暴走状態に陥ったからね。ああ……安心し給え、堅気の君に殺しはさせていない」
    「じゃあ、俺は……暴走、して、今まで眠って……?」
    「……いや。実を言うとあの夜から既に一か月が経っている」
    「い、一か月……?」
    冗談だろう、と言おうとしたが、今の今まで眠っていた自分に何故カインの言葉を否定できようか。既のところで反論を飲み込み、ただただ驚きの視線を向けるとカインは眉を下げながら続ける。
    「ああ。その間、君は何度か意識を取り戻したが、いずれも正気ではなかった。無理に薬物を投与されたんだ、無理もない。目覚めては暴走する、といった具合だな。すまないが私もボックスも抑え込むのに余裕がなかった、何度か骨を折ったし、今吐しゃ物に混じった血液も恐らくは我々が与えたダメージによるものだろう。すまないね……」
    「そん、な……俺は良いけど、みんなは? カインも、ボックスも……、怪我……」
    暗黒の血は、俺の想像の遥か上を行く残虐さをもってこの身体を支配する。二人が全力をもって相手をした、というのであれば相当な力で暴れたに違いない。纏まらない思考をそのままに心配を差し向けると、カインは紅眼を呆れたように細めて深いため息を吐いた。
    「……。君ならそういう顔をするんだろう、と。予想して手加減をしなかったが……正解だな。いや、どちらが傷ついて正解と言うこともないのだろうが……」
    「……?」
    「大丈夫、我々はかすり傷の一つだって負っていないよ。それくらいの勢いで君を叩きのめし続けていた。つまりは今心配すべきは君の身体のほうだ。わかるね?」
    「……う、ん……?」
    気迫に圧されて頷くが、正直なところ身体におかしなところはないように思う。確かに眩暈と吐き気は酷いが、痛みのようなものはあまり感じない。
    「……本当は、起き上がれる身体ではないはずなんだがね」
    「カイン……?」
    「……いや。そろそろ医者が来るだろう、少し綺麗にしておこうか。眠っていたまえ」
    「いい、よ、吐いたの俺、なんだし……」
    「眠っていろ。命令にすれば聞いてくれるかい?」
    「……、……ん」
    「いい子だ」
    鋭く絞られた瞳が確実な怒りを孕んでいることに気づき、攻防の末大人しく引き下がる。言われたとおりに寝そべって、ゆっくり瞼を閉じてみると、眠気は恐ろしいほど素早く俺の意識を攫って行った。
    「……よかった、本当に」
    頬を撫でていくカインの手が、手袋越しにでもわかるほどに震えていたのを少し不思議に思ったけれど、それに答えるほどの気力がない。辛うじて名を呼べたか、どうか。生憎俺は、ふっと離れていく意識を引き留める術を持たなかった。
    ◇◇◇
    再び眠りに落ちてしまったロック君を置いて彼の私室を出る。豪勢な絨毯の敷かれた廊下は月明かりが差し込むだけで薄暗かった。数歩左に歩き、長躯を屈めて蹲っている腹心に向かって声をかける。
    「薬は上手く抜けたらしい、こればかりは彼の血に感謝するほかあるまいよ」
    「……怪我は? さっき普通に動いてたけど」
    「肋骨が何本か折れている。足も腕もひびが入っているはずだが、お前の言う通り意に介している様子がなかった。身体が一連の出来事についていけていないんだろう、痛みを感じる神経が鈍っているのではと言われたよ。だが、概ね安静にしていれば大事ないと」
    「命は平気って認識でいい?」
    「ああ」
    そこまで聞くと、ボックスはようやく私を見上げた。
    「……、っはー……。ほんと……ほんとーに……。本当に! 世話が焼ける、あいつ……! もうちょっとどうにかなんないの、強いんだから、もう少し……、ほんとに……」
    常日頃理知的な物言いが、かんしゃくを起こした子どものように幼児帰りしている。滅多にない錯乱だ。グラントが見たらきっと、私と同じように微笑ましく口角を上げることだろう。この青年は恐ろしいほど達観しているが、どうもロック君を前にすると積み上げてきた鎧が全て外れてしまうようである。ようは、底のない柔らかな心に絆されてしまったのだろう。口ではああだこうだと反感を持っているようなことを言うものの、その実この男はロック・ハワードという男に随分入れ込み、気に入っている。だからこそ全てが心配なのだ。しかしまだ人の心に疎い彼のこと。「特別」な存在へ向ける殊勝な感情に理解が追い付かず、全てが怒りに変換されてしまうらしい。
    「もどかしいものだね。守るつもりで手元に置いていたが、こう大ごとが起こると迷いが出る。日向に戻すべきではないか、と」
    「……そうかもしれないけど、きっと切っては切り離せないよ。大丈夫、次はない」
    「そこは素直に守りきる、と言ったほうが格好がつくのでは?」
    「俺を揶揄う元気が出てきたね、カイン」
    「お前はまだ本調子ではなさそうだ」
    屈んだままの男に倣って、床に腰を下ろす。足を投げ出すことで、畏まった部下とボスの関係が今は必要ないことを知らせた。どこかの誰かに似ている広い背をとん、と叩いてやると、ボックスは少年の顔つきをしたままぼそぼそと呟きを零していく。
    「なんか、わかんないんだよね。ムカついたってのは確実。ボスの宝物が傷つけられたんだ。向こうがどう思ってるのかは知らないけどまぁまぁ親しい奴だし、このやろうって怒るのは当然でしょ」
    「そうだな」
    「で、色々あったけど……目を覚ましてくれた。だから俺は今、安心していいはず。そうでしょ」
    「違うのか?」
    深い呼吸の音がする。頭の中を言葉にするのに、さまざま考えているのだろう。急かすことなく、じっと窓を眺める。月明かりの眩さの中に、星は消え入って見えない。
    「ずっとイライラしてる。……、あいつ、起きても俺達の心配ばっかりで危機感がない。あんな目にあったんだから、もっと……あるだろ。苦しいとか、そういう……我儘みたいなのが……」
    「ふ……。君もロック君を心配している、それだけの話では?」
    「……。心配って、イライラする?」
    幼子の疑問を受けているようで、やはり口元が綻ぶ。人の心とは自由なものだ。そこに他者の意見が入るというのは、決していい影響ばかりではあるまい。ともすれば傾倒し、流される。しかしボックスにその心配は無用だろう。この男は無垢だが、世界が捉え方によって広くも狭くもなることをよく理解しているうえ、きちんと思案をする癖がある。
    「大抵そうだ、相手が花か硝子か、女でもない限りな。例えば――グラントが無茶をするたび私は大声で怒鳴っていたし、逆の場合は殴り飛ばされるのが常だった」
    「や……、心配して殴り飛ばすってどういうこと? 想像つくけど」
    「大切な者を想う、というのは難しいことだ、私とて正解を持ち合わせているわけではないよ」
    「……ふぅん。そっか……、そういうもんか……」
    ボックスはしみじみと頷くと、私が先ほどしたように窓の外をなんとなしに眺めた。良く晴れた夜空は、清々しいほど透き通っている。闇夜というのは得てして不穏な影を持つものだ。しかし眩い光を抱くのに、これ以上なく適してもいる。
    「大事、たいせつ……。そっか……。そうかもな……」
    納得したような声で頷いたボックスは、すっくと立ちあがって勢いよく伸びをする。何か答えは出たようだ。こちらを見下ろす瞳に、もう癇癪は残っていない。
    「今夜はロック、俺が看るよ。カインはメアリー様と」
    「ああ、わかった。……よろしく頼むぞ」
    「言われなくても」
    足音を一切殺した大男は、すたすたと青年の部屋へ消えていく。その背を見送りながら、今はもうここに居ない、しかし永遠に共に居るはずの男を思った。
    「殉教者。つくづく、守る者の二つ名だな」
    俄かに、窓の外で風が強くなる。木々のざわめきを都合よく返事と捉えれば、身体にようやく目いっぱいの安堵が広がっていくような気がした。
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