お茶会断章(3.5) 鏡の向こう《鏡の向こう》
パトカーの音が遠くから響く中、真次は用意していた巡査の制服をシャツの上から羽織り、手袋をはめている事を一度確認してから友一の怪我にハンカチを巻いた。すぐ治るとはいえ、跡くらい残るかもしれない。心中詫びる。まさか連中があんなに早く手をあげるとは思わなかった。自分の判断ミスだ。もし最初から顔にでも傷を作られていたら、と思うとゾッとする。想像するだけで殺意がわく。
見納めだ。
乱れた髪に隈のひどい目元が見え隠れしている。
正直、このまま奪いさっていきたい。
誰も探せない場所に閉じ込めてしまいたい。
欺瞞と慈愛を持つあの希有な瞳を、自分だけものにして、自分だけを見させてみたい。そうさせられる自信はある。
理性を外した彼の身体は雄弁だ。
惹かれていると語る熱っぽい紅の瞳。
自分を求める切なげな声。
それだけに離さないといけないと分かっていた。
私のようなクズにこれ以上近づいてはいけない。父の二の舞になる。
最後だ。
最後だから。
そう自分に言い聞かせてひざまづき髪を撫で、頬に触れる。
友一君。
あなたの首元を見た時、私がどれだけ嬉しく思ったかあなたに分かりますか?
本当はこんなものを残すべきではないと分かっている。
憎しみだけを残すべきだと。
友一君が一生気がつかなければいいと祈りながら外に出ると、雪が止みただ凍てつく月だけが浮かんでいた。
こんな感傷、憂い、祈り、すべて凍り絶えてくれ。