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    ride_on_sun

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    👣プロ入り20歳、
    🚬カソトク38歳?
    セフレ関係

    Moebius strip「これと、肉まんひとつください。……あ、」

     夜18時過ぎ。チームでの練習を終えた後ジムで汗を流した後の葦人が立ち寄った、都内某所のコンビニエンスストア。レジカウンターの奥の番号札がついた陳列棚に見覚えのある瑠璃色のグラデーションを見つけた。

    「あそこの……、20番。……ひとつ……お願いします」
     気付けば葦人の人差し指はそれを差していた。喫煙者でもないのに、半ば衝動的に出た商品を指示する声に自分でも驚く。完全に無意識だった。

     白いカウンターに置いたサッカー情報誌。表紙には『期待の新星、北野蓮』という見出しと共に国内プロチームのユニフォームに身を包みボールを蹴り出す彼の写真が載っていた。涼しげな雰囲気はそのままに、時が経ちより引き締まって精悍な印象が強まった顔。それが透明なフィルムで包まれた手のひらサイズの箱に隠される。
     北野蓮。彼と初めて会ってからもう4年は経っただろうか。葦人はもう煙草を堂々と買えるくらいの年齢になっていた。

    「1493円になります。袋はお使いになりますか」
    「はい」
     自動精算機で会計を済ませた葦人は本と肉まんと煙草が入った袋を持って店を出た。

     (何で、こんなもん買ってしまったんやろう)

     冬の気配が近付く曇天の夜空。冷たい空気から逃れるように、荷物を持っていない方の手をアウターのポケットに突っ込み葦人は歩く。
     
     歩きながら葦人が思い浮かべるのは、先程購入した銘柄の煙草を吸う福田達也の姿だった。慣れた手つきでライターに火を灯し煙草を熱して、唇の隙間に差し込んでから息を吸い込み煙を吐く。
     葦人の胸には濁り揺れながら立ち上る煙草の煙のような、薄暗い気持ちが渦巻き始めていた。葦人にとって、煙草を嗜む福田だけは遠い存在のように感じられるから。その手を繋いで、その手で身体に触れられて、その唇と唇を合わせて。煙草を持つ手も咥える唇も、自分だけに向けられるべきであって欲しいのに。
     福田の身体に触れる度に葦人はまるで彼が自分のものになったような錯覚を覚えていた。錯覚にしか過ぎないと自覚しているからこそ、その都度痛みを思い知らされる。
     ただ身体を重ねるだけの仲であるふたりは口約束で縛れる程、誓いを立てて繋ぎ止めておける程の関係ではない。

     葦人は手に下げていたレジ袋から煙草を取り出し眺めた。白い英字で書かれた商品名の最後に描かれている、メビウスの輪を模したマーク。
     いつかの福田の言葉が葦人の頭の中に反響する。
    『11人でボールを繋ぐんだよ。ゴールされそうになっても、キーパーが止めてまた繋ぐ。循環させるってことだ。メビウスの輪みたいにな。まあそう簡単にはいかないが、その形が美しい』
     さあ、と夜風が吹いて街路樹がざわめく。落ちた葉はサッカーシューズの下敷きになってくしゃりと鳴いた。
     震える心の中心から伸びる目に見えない糸は、福田へと繋がっているのだろうか。かさかさと落ち葉を蹴り進みながら葦人は考える。福田から伸びた糸が自分の元へ紡がれていればいい。メビウスの輪のように循環できたらいいのに。
     サッカーでも心は繋がる。一ヶ月に1、2度の情事ではどうだろう。抱き締められた時の感覚、匂いや体温、囁く声、骨ばった熱い手指。確かに向けられる感情があって、深い場所まで入り込むのを互いに許していて、例えいくらか捻れていたとしてもそこにふたりだけの糸が結ばれていると感じるのは思い違いなんだろうか。

     手にしたままの煙草を顔の位置まで持ち上げて眺める。近付けてすん、と嗅げば透明なフィルムから微かに刻まれた葉と香料の匂いが漏れ出てきた。福田に纏わりつく香りと同じ匂い。決して葦人の好きな匂いという訳ではないのに、嬉しくて、切なくて、目に涙が溜まっていく。
     どうしようもなく、彼に会いたかった。

     これを持っているのを知ったら、きっといい顔はしないだろう。若き未来ある現役プロリーガーの喫煙を福田は歓迎しない。葦人が煙草を吸わないことをわかっていても、何故買ったと余計な疑いを抱かせるかもしれない。
     ぎゅっと目を瞑り涙を誤魔化して、葦人はボトムスのポケットにそれを捩じ込む。

     ふと足を止めた葦人は空を見上げた。雲は晴れていて三分の一程端の掛けた白い月が上っている。
     ここには海もないし潮風も吹かない。東京のビルとビルの狭間なのに、葦人は福田と初めて出会った日の、双海の砂浜で見た月を思い出していた。あの日高鳴った鼓動は今でも変わらず鳴り止むことはない。

     次に会えるのはいつになるだろう。もうそろそろシーズンオフに入る。最後に会ったのは3週間も前だ。
     葦人はスマートフォンを取り出し画面をタップしていく。何度か発信音を繰り返した後、はい、と画面越しに聞きたかった声が聞こえた。
     
    「あ、オッチャン。……いや、特に、何もないんやけど、」

     途切れずに続いていることを祈りながら、見えない糸を辿って確かめるように手繰り寄せる。福田の声に顔を綻ばせる葦人を、物言わぬ月が静かに見守っていた。
       

     














    糸じゃメビウスの輪は作れないけど、
    11人と2人の違いということで…ね

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