【猫耳ブラネロ】奇跡に感謝を「で、どうだったよ」
「う」
フィガロのところ行ってきたんだろう、と、ブラッドリーが耳をイカ耳にした。長く綺麗な毛並みの黒い尻尾をシタン、シタン、とベッドに打ちつけながら、自分を見上げてくる男を見て、ネロは途方に暮れた。
フィガロに診てもらってくる、と伝えたのは自分だ。
結果を知りたがる彼が部屋で待ってるだろうことは予測できていた。ずっと心配をかけていたことは流石に自覚しているし。
でもまさかあんな診断をされると思ってなかったものだから、どうしたものか。
できてしまった、なんて、言ってブラッドリーはどう反応するだろう。
ぎゅう、と、胸が痛くなるような圧迫感に苦しくなる。小さく震えた唇と、力なく寝てしまう耳に、ブラッドリーが訝しげに眉を顰めた。
「ネロ?」
こんな時耳と尻尾が本当に邪魔だ。ほら、尻尾も足の間にくるんと入ってしまって、これじゃ何かありますと言わんばかりだ。
「ええと……」
下腹部を無意識にさする。
実感が湧かない。この腹の中に、新しい命が? 雌でもないのに?
フィガロに担がれたのではないだろうか。でも、そんな雰囲気ではなかった。
もし、嫌な顔されたら?
堕胎をたとえば、迫られたら。
いや、自分も実感が湧かないし、まだ生む決心も全然できてないけれど。
それでもそれは、とても悲しいことのように思えて。
「ネロ。なんか言われたのか」
フィガロの野郎、と歯を剥き出したブラッドリーに、違うよ、と、ネロは首を横に振った。
「その……。ブラッドは、知ってるか?」
「あ?何をだよ」
「俺たちの世代が、雌雄同体の名残で…えぇと、……雄でも、雌の機能があるやつがいる、って」
「なんだ、そんなこ……っ」
そんなことかよ、と続くはずだったのだろうか。
言いかけたブラッドリーがふと言葉を切った。
「……」
ネロをしっかり見据えたまま、何かを言いかけては飲み込む、を二度ほど続けたブラッドリーは、自分の前で立ち尽くすネロの手元を凝視した。
「あ」
目元に魔力が集中したのがわかって、もう言葉が何も通用しないことをネロが悟るよりほんの一瞬早く。
「わ!」
素早く立ち上がったブラッドリーに、ネロは抱きすくめられていた。
「今、どんだけだ」
「えっ、あっ、えと、ご、五週目くらい? ってフィガロは言ってたかも」
「あーー……なるほどな、悪阻。そうか、これがそうかよ」
「!」
軽く伸びをしたブラッドリーが、倒れきったネロの耳をさり、と舐めて甘噛みした。
それから、かぷかぷ、と柔らかなそれは頬へと降りてくる。
「うわ、ちょ、ブラッド、」
甘やかな刺激に驚いて声を上擦らせたネロは、ブラッドリーの背後で喜びにピィンと天を仰ぐ尻尾を見た。
「そうか、家族か!」
「!」
両手で頬を掴まれて、ピントが合わないほどに近く、全開の笑顔がネロに向けられて。
「ネロ、まさかそんな奇跡みてえな確率をぶち当てるとは思わなくてよ。前後しちまって悪いが」
柔らかいキスが何度も唇に降り注ぐ。
その合間に、少しだけ震える声が、優しく告げた。
「家族になろう。いや、俺と、家族になってくれねえか?」
「ーっ!」
嬉しいのだと。
求めていた奇跡なのだと告げられて、数瞬遅れて熱い何かが身体を満たして、鼻の奥をつんと痛くさせた。
ぶわ、と、こぼれた激情を、チロチロと愛しい番の長い舌が舐めとっていく。
「ブラッド、お、俺でいいのかよ。雌の体じゃねえ、のに」
「それこそ今更だろうが。俺はてめえがいい。俺の番はお前だけだ、今までも、これからも」
「う、うぅー……っ」
不安や、迷いが喜びに押し流されて消えていく。
ネロは頬を包む大きな手に自分の手を重ねて、何度も必死に頷いた。