Love is intense「うおっ、びっくりした!」
おれの顔を見るなり、皆が同じ反応をする。まあそれもそうだろう。普段はしていないメイクをしているもんだから驚きもする。
「似合うっすね」
と言ってくれたのが二人と、無反応だったのが一人。それ以外はみんなどうしてメイクを?という単純な疑問を投げかけてくる。
『昔こういうメイクしててふと懐かしくなってやってみた』といえば、「そうなんですね〜」と納得してくれたり「それって海賊やってたって頃の?」と、話を膨らませてきたり。そりゃ聞きたいことは色々あるだろう。
昔は何を言われようが全く何も気にしていなかったが、今このメイクをして、それについて聞かれるたびにどきりとしてしまうのは、おれが突然このメイクをした理由にあった。
むかしのコラさんとキスしたい、とローから欲望を吐かれたのは昨日の晩。他のクルーの目を盗んでキスを強請られた時のことだった。
昔のってなんだ、若い頃のおれか?と、尋ねると、「メイクしたコラさんと……」と、言葉を濁された。ローが言い切らない時は大抵照れている。
キスは照れずに強請ってくるのに、どうしてそこは照れるんだ。とは思ったが、照れている彼は珍しいのでしっかり目に焼き付ける。
「いつものおれじゃだめ?」
なんて、すこし意地悪く言ってみると、さらに顔を赤くして、帽子を深く下げてしまった。こういう姿を見るたびに、おれはたまらなくローのことを可愛いと思ってしまう。
見えなくなってしまった表情が見たくて、少し屈んでからローの身体を持ち上げる。むかしみたいに片手でひょいと投げれるほど小さくはないが、それでも片腕にのせれば持ち上がる。
突然足が浮いたからか、ローはびっくりした表情を見せて、すぐにおれの首に腕を回してきた。突然なにを、というように寄せられた眉間にキスをして、ローの瞳を見つめると、ローはまたちょっと視線を逸らした。そういうところが可愛くてしかたない。
「可愛いローのお願いは聞かないとなぁ」
顔がゆるんでいる自覚はあったが、それを咎めるものもいない。
そんなわけで、ローの願いを叶えるべく、十数年ぶりにメイクをしたというわけだ。目が見えなかった間は自分の顔すら見ていなかったものだから、鏡に向かってまじまじとメイクをするのは変な気分だったし、年齢を感じる部分もあって複雑な気持ちにもなったりしたが、終えてみれば「案外こんなもんだったな」と見慣れた自分が鏡の中にいた。
まあこれを見慣れてるのはおれ自身とローくらいだから、他の奴らは皆おれの顔を見てびっくりするが。
しかしまだ肝心のローには出会えていない。まだ部屋にこもっているのだろうか。キッチンで朝食の準備をしつつ(おれは座っていろと言われて座っていたが)そろそろ朝食の時間だし、呼びに行って驚かせてやろうかな、なんて考えていると、他のクルーが次々と挨拶を始めた。クルーたちが皆「おはようございます」なんて敬語で挨拶する相手なんて、この船には一人しかいない。
「ロー、おはよ」
入り口あたりに見える、少し飛び出た頭に向かって声をかけると、ローはまだ眠そうにこちらを見上げた。
目があった瞬間、ローはハッとしたような表情をした。(といっても目が少し動いただけだが)
「どうだ?懐かしいだろ?」
に、と笑って自分の顔に指差すと、ローは極力平静を装っている様子で、「懐かしいな」とだけ言った。帽子で表情を隠しているあたり、周りに見られたくない顔になっているのだろう。
「なんだよロ〜、もっと感想ねぇの〜?」
わざとらしく不貞腐れていると、ローは自然と隣に座った。(いつの間にかローの定位置はおれとベポの間だった)
そうしておれの顔を見上げて、軽く笑い、おれにしか聞こえないくらいの声で、
「似合ってる」
と、囁いてきた。嬉しくないわけがない。思わずキスしてやりたくなったが、他のクルーの手前、グッと堪える。いや、ほっぺくらいならアリか?なんて考えてるうちに、ローは澄ました顔で朝食を食べ始めた。ローが頼んできたのになんだかおればかり浮ついて期待している気がする。
落ち着かない気持ちのまま朝食を食べ終えて、ローから声がかかるかと待っていたが、そんなことはなく。ローはさっさとどこかに消えてしまった。少し寂しい気持ちになったが、キスしたいといったのはローだ。そのうち呼ばれるだろう、と、リップを塗り直していると、それを見たイッカクが「すごい、塗り直すとかしたことない」と感心していた。まさか、「キスするために塗り直してるんだ」とはいえず、「まあ癖で」と苦しく誤魔化した。
◇
結局のところ、おれがローと触れ合えたのは夕方近くになってからだった。
船内深部の配管について説明を受けていると、急に身体が浮き、次の瞬間にはベッドの上に着地していた。シャンブルズされたのだとわかったのは、目の前にローがいて、そこが船長室だったからだ。
「どうした、ロー。なんか用か?」
用がなければ急に連れてこないだろう。能力まで使って連れてきたのだからなにか緊急事態かもしれない。ベッドの縁に座り直して、身構えていると、ローは「コラさんに会いたくて」と、さらりと言った。
毎日あってるだろ、朝も会ったし、とは思ったが、多分そういうことではないのだろう。普段頭は回るのに、こういう時だけ言葉足らずになるのをおれは知っていた。
「ロー、おいで」
名前を呼んで、両腕を広げる。普段なら子供扱いするなと言われてしまうが、彼は素直だった。静かに近づいてきてそのままおれの胸に飛び込んできた。
「疲れてる?」
「……少し」
「ローは頑張り屋だからなぁ」
よしよし、と頭を撫でてやると満更でもないのか、気持ちよさそうに目を閉じる。
船長というのは気を張るのだろう。時折癒しを求めて呼ばれることがあったが、多分、今日もそれだ。
ずっと甘え先がなかったローが、子供返りしたように甘えてくるのは満更でもなかったので、めいっぱい甘やかすようにしている。
抱きしめて、撫でてやって、額に軽くキスをしたところで──
「あ、悪ぃ、ついちまった」
額に残る赤色を指で擦ったが、すぐには落ちてくれなかった。しかし強く擦るとローの肌が赤くなってしまいそうで、あまり擦れない。どうしようかとモダモダしていると、ローの顔が近付いてきて、唇が触れ合った。
それだけでおれは子供みたいに単純な、嬉しいとか、好きだ、とか、そんな感情が湧きあがる。いい歳こいて、とは思うが、この単純な感情は最近覚えた。もっとキスして抱きしめたいい。そう思うが、ローの唇はさっと離れてしまった。寂しさを覚えつつ、もう一回キスしたいな、と、ローの顔を見ると、ローはおれをみて自分の唇を指差した。
「移ったか?」
なにが?とは、聞かなくてもわかった。
「そんなんじゃうつんねぇよ」
ほんの少しだけ赤が移っていたけれど、彼には見えないのをいいことに嘘をつく。ああもう、ローには嘘つかねえって思ってんのに。
「なんだ……」
ローは少し残念そうにしたあと、また唇を重ねてきた。ローからキスを強請られるのは正直めちゃくちゃ嬉しい。
今度は少し長いキス。おれの唇を啄むみたいに、何回も音を立ててキスされる。
頭を抱えて舌を捩じ込んでやりたいなんていう下心がぶっ飛ぶくらい可愛らしいキスだった。
「……どうだ?移ってるか?」
ちゅっ、と音を立てて唇が離れて、おれに確かめるように聞くローは至極真面目だった。
ローの唇はまだらに赤くなっていて、妙に色っぽかった。
一瞬、ローが女とキスしたらこんな感じになるんだろうか、と言う考えが頭をよぎって、勝手に嫉妬を覚えた。
「全然───」
言いながら、ローの唇を塞いでいた。
薄く小さな唇を全て塞いでしまって息を奪う。ゆるく音を立てて啄みながら、舌で唇を舐めてやると、赤の移った唇の合間から遠慮がちに舌が現れた。ほんの少し現れた可愛らしい柔肉を軽く吸い、舌を絡める。いつも行為の時は口の中を蹂躙するように舐りあげるが、今日はしない。淫靡な音をたてながら、舌を、唇を吸ってやる。そのうち、ローは喉から鳴るような声を出した。悦に浸るような甘い声に下半身が疼き始める。盛りのついたティーンじゃあるまいし、落ち着け、と、言い聞かせながら、さらに唇を貪る。
ゆっくりと、しかし激しいキスで、舌を絡ませ、何度も角度を変えて、下唇を食み、唾液を交わす────ローの口端から赤の乗った唾液が流れ落ちかけて、それを舐りとって口の中に押しこめる。
「ゥんッ……」
くちゅ、と、わざとらしく濡れた音を響かせて唇を離すと、ぽやんと蕩けたローがいた。普段眉間に寄っている皺が解けるこの表情が好きだ。愛おしさにひとり口角を上げると、ローはおれの唇を撫でてきた。あ、と思って彼の口元を見ると、おれの赤い口紅で汚れている。子供がスパゲッティを食べ散らかした後みたいになっているのに、笑いが湧くより前に色っぽいと思ってしまった。重症だ。
「あんまり美味くねえな」
ペロリと唇の周りを舐めたローは改めて感心したように言う。
「食いもんじゃねえんだから……」
おれは呆れつつローの唇の周りを指で拭ってやったが、赤が広がるばかりだ。
「でもちょっとハマりそうだ」
ローは悪戯っぽく笑って、おれの唇の端を指で擦った。
「お互いこんな顔じゃ部屋から出れねえな」
たしかに、ローの唇の周りは酷いことになっているし、おれの唇だって口紅が落ちているだろう。誰が誰にキスをしたかなんて言わなくたってわかる状況だ。このままじゃ部屋から出られないのは確かだ。鏡でもないかと部屋を見回すおれに向かって、ローは妙に落ち着いてそっと耳打ちしてきた。
「全部落ちるまで舐めてやろうか?」
「誘ってる?」
「最初からそのつもり……っ」
ローが言い終わる前に、ベッドの上に押し倒した。ギシッと派手に音が出たので慌ててサイレントをかける。
「クソガキ」
「なんとでも言ってくれ」
ふふんと鼻を鳴らして得意顔したローにしてやられたとは思ったが、愛しい相手の誘いを断れるような人間ではない。
「ほんとお前には敵わねえよ」
はぁ、と溜息をつくと、腕が伸びてきて唇を奪われた。また赤が混ざる。
「今度は美味いやつにしてくれ」
目を細めた彼の表情にも弱いおれは多分また口紅を買うだろう。おれ自身が満更でもないから仕方ない。
「ほんとお前には弱いよおれは」