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    snoopdeer

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    小説機能使いたかっただけのさまいち
    ※捏造、えっちなし

    ##さまいち

    未練※捏造、えっちなし


    「本当にやんのか?」
     天谷奴零はじっと一郎を見下ろす。
     この期に及んで、はじめて親みたいな声色だった。
    「そいつを使えば、お前は……」
    「俺がやらなきゃしまらねぇだろ」
     一郎は堂々と目を合わせた。
    「全部計算ずくって言い方だな。誰に似たんだかねぇ」
    「俺の目的が変わってねぇだけだ」
     手に持った真正ヒプノシスマイクを握りしめ、零の横を大股で通り抜けた。
     特別な別れのことばなんかくれてやる気はなかった。あの日の零もそうだったからだ。



     中王区の巨大な壁の前に集結した十八人の男たち。
    「お前ら、準備はいいか!?」
     一郎はいつものように一番前に進み出て全員の顔を見渡した。
     大切な弟二人が一番近くで笑っている。かつての仲間も、まだ十分に因縁を解消したとはいえないが、真っ直ぐに一郎を見ていた。すくなくともこの目的だけは共通だ。
     この歪な時代の象徴物を破壊する。
     大きく頷いて、使い慣れたマイクを高く掲げ、巨大なターンテーブルを呼び寄せる。
    「オイ、クソ偽善者野郎」
     ふいに左馬刻が声をかけてきた。
    「なんだよ、怖気づいたのか?」
    「ンなわけあるかダボが。……これ終わったら話あっからツラ貸せや」
    「え……」
     一郎にしか聞こえないような小声で言うと、すぐに背を向けて、左馬刻もヒプノシススピーカーを起動した。
    「テメェら気合い入れろォ!」
     ヨコハマの二人が、次いで他のディビジョンのメンバーも倣う。
    (話って……なんだ?)
     左馬刻とはまだ二人きりで話すような関係には戻っていない。また因縁をつけられるんだろうか?
    「兄ちゃん、大丈夫?」
    「あ……ああ」
    「一兄、あんな男の戯言に惑わされる必要はないですよ」
    「わかってる」
     聞き返す時間はない。
     いまは目的に集中しようと気持ちを切り替えた。
    「いくぜ……俺たちの生きざまを焼きつけろ!」
     マイクを使うのも最期。
     これまでのさまざまなできごとが頭を巡る。それを真っ直ぐことばに変えてぶつけた。強大な光が太陽のように周囲を照らす。二郎と三郎が続いた。一郎にも難しい複雑なフローに、高度なサンプリングとライミング。頼もしい弟たちといられることが本当に誇りだ。一郎は二人の姿を目に焼き付けた。その後にヨコハマ、シブヤ……十八人がそれぞれの想いを力に変えた。
     仲間たちを見守りながら、一郎はそっとマイクを持ち替える。
     特別なヒプノシスマイクは全員の力を集光している。これを使えば強大な壁も破壊できるはずだ。
     だがその代償に、一郎の命は尽きるだろう。一人の人間に耐えられる出力ではない。
     一郎は覚悟している。
     したはずなのに。
     急にさっきの左馬刻のセリフが頭を巡り出した。
     あの左馬刻が、いったいなんの話をするというのか?
     聞いてみれば、とるにたりない、いつもの罵倒や愚痴かもしれない。だが敢えていま言い出すなんて、大事なことかもしれない。
    (気にしてる場合じゃねぇ)
     自分には大役がある。零以外にはまだ言っていない。マイクは一つしかない。一度きりの、最大のチャンスを無駄にするわけにはいかない。
     なのに気になって仕方がない。
     弟のことも、仕事のことも……なにもかも全部覚悟してきたのに。
     ずっと蓋をしてきたあの男への感情が、二年越しに開いて急速に心を圧迫する。
     誰よりもカッコよくて、多くのものをくれた左馬刻。
     一体どんなことばを吐くつもりなのか。
    (クソ……っ)
     腕が震える。全身がきもちわるい。決意がぐらぐらと揺らぐ。さっきあの場で聞き返せばよかった。気になってしかたがない。
     あの傲慢な男が歩み寄ってくれたことが嬉しくて、それを無駄にしてしまうのがつらくて。
     十八人目……零のバースが終わろうとしている。
    (あのバカ、なんで最後の最後にこんな……)
     左馬刻はじっと壁を見ていて、一郎の視線には気づいていない。
     もう続きを聴くことはできないのだ。永遠に。
    (クソッ……)
     ついに十八人の力が集まった。
     やるしかない。
     自分を奮い立たせる。自分がやらなければならない。自分にしかできない。
     マイクを握って前に進み出た。全員の視線が集中する。これがとどめの一撃になると全員が知っている。
     スピーカーは特大の音量でビートを奏でた。
     あとは感情のままに叫べばいいだけだ。
     なのに膨大にため込んでいたはずのリリックが一つも出てこない。 
     頭が真っ白で、舌が動かない。
    (……なんで……!)
     二郎と三郎が、そして他の男の視線にも疑念が宿る。
     やらなければならないのに。
     そのとき急に後ろから蹴飛ばされた。
    「うわっ……なにすんだっ」
     振り返ると、相手は空却だった。一郎の代わりに前に立ち、バースを続ける。
     そうしながら一郎を睨み付けた。
     早く終わらせて来い。
     そう言っているのがわかった。
     空却の行動に全員が虚を突かれた。誰もが一郎の出番と思って疑っていなかったからだ。空却はリリックを繰り出しながら簓に腕を回して見せた。
     簓は一瞬首をひねったが、すぐに合点がいったと笑い、空却の後に続くべくマイクを構えた。それを見た乱数も理解し、寂雷に耳打ちしている。
    (サンキュ、空却……!)
     一郎は拳を見せて応えると、左馬刻のもとへ走った。
    「左馬刻!」
    「あ!? テメェなにしてやがんだ、ここは……」
    「さっきの話、教えてくれ!」
     左馬刻は怒鳴ろうとした目を大きく開いてまばたきした。
    「後でっつったろ」
    「時間がねぇんだ。いま言ってくれ、頼む!」
     簓のバースが終わり、乱数にバトンタッチする。
     そのための時間稼ぎだと左馬刻も察した。
    「いつまで経っても甘ちゃんだなぁテメェは、肝心なときに勝手すぎンだろ」
    「悪ぃ」
     一郎はなりふり構っていられなかった。そんな一郎を冷たく睨みながら、左馬刻はため息をついた。
    「終わったら合歓と、テメェんとこの弟どもと、一緒にメシいくぞ」
    「え……?」
     左馬刻はさらに深く息をついた。
    「そんだけだ。満足したかよ?」
     一郎はぽかんと口を開けたまま動けなかった。
     聞いてみれば、なんでもない、簡単な話。
     だがそれは……
     左馬刻にとってどれだけ大きな譲歩か、一郎にはよくわかる。
     絵画のようにはっきりと光景が頭に思い浮かんだ。大きなテーブルを囲んで、豪華な食事を楽しみながら談笑する。まるで家族のように。
    「ああ。それ……最高だな!」
     一郎が笑うと、左馬刻も微かに口元だけ綻ばせた。
     体を縛っていた震えが一気に抜け落ちて、全身を力が巡る。
    「やっぱり……カッコいいよ、アンタは」
    「ったりめーだろうが」
     もう迷いはなかった。
     寂雷のバースが終わるのを待って、マイクを構えた。

     最期に、最高の夢が見られた。




     轟音が響き渡る。
     希望を宿した男たちの目は崩れていく壁に釘付けだった。
     巨大な壁が壊れる音にかき消されて、彼が倒れたことには誰も気づいていなかった。
     一人を除いて。
    「一郎……っ!?」
     大願が成就した運命の瞬間に、地面に伏してぴたりと目を閉じている。
    「オイなにふざけてやがる、起きろ!」
     左馬刻の叫びで、ようやく他の男たちも認識した。
     誰よりも声を上げて喜ぶはずの男が、すべての力を失っていることに。彼の手から落ちた見慣れないマイクが、激しく煙を上げていることに。
    「特製のマイクだ」
     誰一人望んでいないと知りながら、零が説明した。
    「複数の力を集め、さらに威力を増幅する、いわば最強のヒプノシスマイク。だが従来の真正ヒプノシスマイクと同じように、使用者にかかる負担も桁が違う」
    「そんな……なんで兄ちゃんが……!」
    「お前が一兄を唆したのか!?」
    「元は俺が使う予定だったんだがなぁ、こいつが自分でやるって聞かなくてよ」
     一郎なら喜んでその役目を負うだろうと、誰もが納得してしまった。
     そして実際に、見事にまっとうしたのだ。
     最期だと知っていたから、左馬刻のことばを聞きたがった。仲間たちの助けでその未練は満たされ、一郎は迷いなく最期のバースを歌い切った。
     そして安らかに眠りについた。
    「マジで満足してンじゃねぇぞクソダボが!」
     左馬刻が怒鳴っても、揺さぶっても、反応はない。
     肌や唇の色が、体温が、急速に失われていく。
     それはもう、山田一郎ではない……。
    「冗談じゃねぇ、俺様がンなこと許すわけねぇだろ!!」
     左馬刻は大きく息を吸って、一郎に口づけた。そして思いきり空気を押し込んだ。
     胸がふわっと膨らむ。
     だがその空気は虚しく口から洩れて……。
    「……っ、……ごほっ、げほっ!」
     一郎がむせた。
    「……テメ……バコ、っせぇンだよ……」
     左馬刻の顔を押しのけて、呼吸を整える。
    「……あ?」
     左馬刻は……いや、全員が唖然とそれを見守った。
    「に……兄ちゃん、生きてんの?」
    「一兄……幻覚じゃない……ですよね?」
    「二郎、三郎……あれ、これ……天国か……?」
    「ンなわけねぇだろうが!」
     左馬刻に思いきり殴られて、一郎は地面を転がった。
    「ってぇ……! 左馬刻、なにしやがる!」
    「それはこっちのセリフだ! クソ紛らわしいことしやがって!!」
     忌々しそうに左馬刻を睨みながら立ち上がったのは、間違いなく一郎だ。
    「あれ、俺……なんで……?」
     彼自身が一番不思議そうに自分の体と周囲を見比べている。
    「なにが起こっ……あ、まさか」
     一郎がハッと零を見た。
    「そうだ一郎、奇跡ってやつが起きたみてぇだな」
     零は大きく笑った。一郎は複雑そうな顔で左馬刻を見た。
    「左馬刻……テメェ最期のバース、口出ししやがっただろ」
    「あぁ!?」
     高揚していて本人たちもあまり覚えていないが、左馬刻は一郎からマイクを奪うようにリリックを被せ、最後はマイクリレーからの絶妙なコンビプレーでシメたのだ。
    「俺様の見せ場を省略しようとすっからだろ!」
    「いやそういうわけじゃ……あそこは俺に任せる場面だろうが!」
     いつもの調子でケンカを始めようとした二人だが、零に軽く背中を突かれただけで、揃って地面に手をついてしまった。
    「左馬刻の乱入で、本来一郎がくらうはずだった負荷が分散されて、一命を取りとめたってことらしいな。それでも威力が減らねぇ……どころか、想定より強力になってたのは、まさに奇跡としか言いようがねぇぜ。運命の相手ってのはお前らみたいなのを言うんだろうな」
    「ハァ!? 」
    「誰がこんなやつと!!」
     その言い草も目つきもそっくり息ぴったりであることが、すべての答えだった。
    「にいちゃぁぁん!!」
    「一兄ぃ~よかったぁ!!!」
     弟たちに泣きながら抱きつかれて、一郎はようやくその意味を思い知った。
     生き延びたのだ。
    「左馬刻……あのさ、さっきの……」
    「チッ……男に二言はねぇよ」
     軽い誘いのつもりだったが、いまさら恥ずかしさが溢れて、左馬刻の声は僅かに上ずっていた。一郎はそれがたまらなく嬉しくて、左馬刻の痩せた肩を思いきり抱き締めた。
    「アンタがいてくれてよかった、左馬刻さん」
    「一郎……ハッ、俺様から離れられると思ったら大間違いだ、クソガキ」
     埃の立ち上る瓦礫の向こうで、銀髪の少女も笑っている。
     彼らの笑顔を遮るものはもうなかった。


    おわり
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