カクテルの日「バデーニさん、カクテル言葉って知ってますか」
カランカランとグラスに氷を入れながらオクジーくんが尋ねてきた。
お互い予定があったため夕飯は別々にとった今晩。
見慣れない酒屋の袋を持って帰宅したオクジーくんは「よければ1杯どうですか」と晩酌を勧めてくれた。
「花言葉みたいにカクテルごとにメッセージが込められている、アレだろ。」
酒はオクジーくんに任せ、ソファで適当に雑誌を眺めながら聞かれた問いに答える。
この世に無数に存在するカクテルには、誰が付けたのかその一つ一つに意味を持っている。
「有名なものだとマティーニは『トゲのある美しさ』、ジントニックは『強い意志』」
いくつか例を出すとさすがですね、と彼は微笑んだ。
「執筆のネタに使えるかなと思って、ちょっと調べたんですよ。そしたら誕生酒っていうのもあって」
「誕生酒?」
話をしながらちらりとキッチンの方を見ると氷を入れたグラスにトクトクトク⋯とレモン色の酒を注いでいる。なんの酒かまだ聞いていないが、ロックで飲める種類らしい。
「誕生日に対応したお酒で、そのお酒の味や香りがその人の心に響くと考えられているみたいです」
「ほう。誕生石や誕生星は聞いたことあるが、酒もあるんだな」
「他にも誕生花や誕生魚なんかもあるみたいで」
お待たせしました、とオクジーくんがグラスを2つテーブルに置いた。
グラスを覗き込むとふわりとライムやグレープフルーツのさっぱりとした香りが鼻を擽る。
「ところで、バデーニさんは俺たちが初めて出会った日を覚えていますか?」
「2月22日」
酒の種類を予想しながら即答した。
忘れるはずもなかった。決して覚えやすいからという安易な理由ではない。
あの日、あの瞬間を今でも鮮明に覚えている。
教会の―神の前で、君と初めて対峙したあの瞬間。
私の人生を、大きく変えた瞬間。
…ふと、今までの話の流れから今日の彼の思考が読み取れた気がする。
柑橘を思わせる色と、爽やかな香り。
この酒は…
「なるほど、2月22日の誕生酒がこのゴールデンマルガリータ」
「正解です!」
彼はボトルをくるっと回転させラベルを見せながら、自分が考えたなぞなぞを解いてもらえたような、あどけない笑顔で笑った。
「カクテル言葉は?」
「『理想像をはっきり持つ創造者』です」
思わずへえ?と興味を持った。随分具体的なカクテル言葉もあるものだ。
「この言葉を知った時、なんというか…運命を感じて。」
「運命?」
「はい。だってまるでバデーニさんのことだと思ったから」
誰よりも特別な存在になるという理想像。
その知性をもって世界を180度変えてしまう、創造者。
「そして、この綺麗な黄金色」
彼はグラスを掲げて光に照らす。
「この色も太陽の光を受けて青空に溶ける、あなたの髪みたいで」
とても、綺麗だ。
うっとりと見つめる彼の顔に、キラキラとグラスの煌めきが写っていた。
「…酒にかこつけて私を口説くなんて、君もキザな男だな」
真面目な口調でそう言うと、彼はハッと我に返っていつものようにアワアワと弁明した。
「く、口説いたつもりは…!思ったことを言ったまでで…!」
「なんだ、口説いてくれないのか」
「バデーニさん」
面白いくらいに慌てふためく彼を見て見ぬフリをして私もグラスを掲げると、オクジーくんも仕方なくといった様子でグラスを持ち直した。
「では、私たちが出会い、そして動く世界で『また』会えた奇跡に」
「「乾杯」」