20250103「誕生日かぁ……何にしよっかな」
クリスマスが終われば、誕生日まで一週間だ。クリスマスプレゼントとお年玉と誕生日プレゼントは、全部別に欲しい。
クリスマスはヘッドフォンを、お年玉をくれそうな親戚と金額を見積もって、誕生日プレゼントを探す。出来るだけ母親に負担を掛けたくないという建前はひとまず置いておき、欲しいものを頭の中に思い浮かべる。
スケートを辞め、広くなった世界は思考を狭めた。何もかも欲しいと思えば、何もいらないような気もしてくる。コンテンツと物品の消費は、いっときを満たしてくれるがそれだけだ。
「欲しいもの……あんのかな」
ふと、誰かを思い出した。
もう一人の、自分。当然、会ったことはない。三日月を見るとケイゴは別の人格に変身する。それは早く亡くなった父親の血筋らしいが、詳しくは誰も知らない。去年のクリスマスに買ってもらったイヤホンを失くされたのは、今も恨んでいる。
ウルフが表に出ている間はケイゴの記憶に残らない。そのくせケイゴの記憶はウルフが引き継ぐというのだから、感情を知られる分だけ損だ。
いちばん近くて遠い他人、と位置付けたもう一人の自分は、何が好きなのだろうか。お小遣いを貰った翌日に空っぽにされ、気に入っていた服は破られ、迷惑を掛けられ続けている。誕生日を気にかけてやる必要なんてない。
「でもなぁ……」
ケイゴ自身は別人だと思っているが、一応、同じ人間だ。誰からも誕生日を祝われないというのは、どんな気持ちになるのだろう。
ケイゴだって、誕生日を祝ってくれる相手は少ない。そもそも三が日だ。正月を一緒に過ごす程仲の良い友人がいたことなんてない。お年玉を貰いに行くついでに、親戚に誕生日を祝われて終わりだ。それでも、声を掛けられるのは嬉しい。
「……」
財布の中を見る。冬休み中の月末らしく中身は心許ない。千円札が二枚残っているだけでも奇跡だろう。参考書を買ったお釣りが効いている。
諦めて立ち上がった。クローゼットの中から、今年買ったばかりのアウターを取る。かなりのオーバーサイズだが、ウルフが着ることを考えたら自然とそうなってしまった。
仕事を納めリビングでくつろぐ母親に行き先を告げる。ケイゴの計画に、母は意外そうな顔をしたが、特に何も言わなかった。それどころか、財布の中に五千円札が入ってるから、とテーブルの上の財布をさす。期待していたが、思った以上に軍資金が増えたのはありがたい。
母親の言葉に甘え、財布の中から五千円札を自分の財布に移した。
「さむっ……」
クリスマスから居座る寒波が、ケイゴの顔を撫でる。
アウターの防寒性は優れていても、首元は寒い。お金が余ったらマフラーでも買おうかな、と邪なことを考えながら、コートのフードを首元に寄せる。
行き先は慣れた道だ。多分、父親が生きていた頃から、毎年この季節になれば一緒に歩いていた。はじめは年三回だったものが、今は年一度きりになってしまったけれど。
ケーキ屋は、案外正月も営業している。毎日が誰かの誕生日だから、というのもあるが、曰く店主が正月生まれらしい。正月はおせちばかりで誕生日ケーキがなかったから、という気持ちで年末年始も営業しているケーキ屋は、子供の頃からずっと同じ味だ。
親子二人でホールケーキなんて、と思わなくもないが、おせちの代わりに好物がテーブルに並ぶ一月三日を、毎年楽しみにしている。
母親に、素直にそう言えなくなったのは何年前だか覚えていない。反抗期はウルフのせいで曖昧になった。
クリスマスを終えたケーキ屋はいつもより少し空いている。誰もが上機嫌でケーキを選ぶ甘い空間が、ケイゴは少しだけ苦手だった。なんとなく、ここに居てはいけないような気がするから。ひょっとしたら甘いものはそんなに好きではないのかもしれない。
カウンター越しに注文を聞く若い女の店員にもじもじしながら、誕生日ケーキを頼む。
去年より、一つ大きいサイズにした。メッセージプレートのお名前はどうしますか?と聞かれ、「ウルフくん」と頼んだ。
あとは一月三日まで、ウルフに変身することなく過ごし、当日はサプライズで三日月を見るだけだ。
くだらない計画だな、とウルフは笑うかもしれない。会ったことのないもう一人は、それでも、サプライズで用意したケーキを喜んでくれるだろうか。
それについては、戻ったら母親に聞けばいい。
ケーキの予約伝票とちょっとした悪戯心を財布にしまい、少し余ったお釣りに二千円を足してマフラーでも買おうか、と家とは反対の方向へ歩き始めた。