(お腹減った……)
ぐう、と聞いた訳でもないのに、自分の腹の音がした気がして目が覚めた。
「うわ、充電してない」
残り十五パーセントのスマートフォンを点け、時間を確認する。
深夜一時。異様な空腹、充電が残り少ないスマートフォン。それだけで、全てを察した。
ひとまず、定期連絡帳と化したメモアプリを開き、ウルフからの伝達事項を眺める。珍しく何も残っていなかったから、どうやら今回は睡眠欲が一番勝ったパターンらしい。それならば、この空腹も納得だ。
ぐう、と今度は本当に腹が鳴った。ウルフに変身する前は何をしていたか思い出す。そういえば連日寝不足だった。
このままもう一眠りしようと思ったが、腹は減った、目は冴えている。スマートフォンを充電ケーブルに差し込んだところで、そのまま眠るはずもない。
ひとまず、バッテリーマークが赤くなったスマートフォンを充電ケーブルに差し込み、そっと部屋を出た。
音を立てないように慎重にリビングへ渡り、キッチンの電気を点ける。キッチンだけが明るいと、何故か悪いことをしているような気持ちになった。
「えーっと、なんかないかな……」
冷蔵庫の中は綺麗に整理されている。母は料理好きではあったが、実家の冷蔵庫だって、もう少しごちゃごちゃしていた。
さすがモリヒトはこういうところも細かいな、と思いながら、食べられそうなものを探した。
「おい」
「うわぁっ!」
「大きな声を出すな、ニコが起きるだろ」
キッチンの明かりだけでは、広いリビング全体を見渡せない。そもそも、こんな時間に誰もいるはずがないと思っていたから、後ろから声を掛けられれば大きな声が出るのも当たり前だ。
「モリヒト⁉︎なんで⁉︎」
「こんな時間に、ミハル以外の足音がしたら何かと思うだろ」
「音立てないようにしてたけど?」
「普通に気付くぞ」
「鬼こわ……」
早く閉めろ、とモリヒトに叱責され、慌てて冷蔵庫のドアを閉じた。ここでモリヒトに会ってしまっては、明日の朝まで空腹を我慢するしかない。
「腹減ったんだろ。なんか作ってやるから、少し待て」
「えっ、いいの?」
「変身して即寝てたからな。そんな気がしてた」
ケイゴが閉めた冷蔵庫を開け、迷うことなく食材を取り出す。
「何作ってくれるの?」
「この時間なら消化に優しいものだな。お前、何もなかったら絶対にカップ麺食べてただろ」
「うっ……はい……」
「そんなものを深夜に食うな」
電子レンジと、コンロが音を立てる。毎日台所に立っているモリヒトは手際が良い。
てきぱきと冷凍ご飯を解凍し、切った野菜と一緒に鍋に入れる。
「何か……手伝うことは?」
「ない」
「食器出したり、とか」
「黙って見てろ」
「はい」
調味料と野菜とご飯を鍋で煮込む。くつくつと沸騰する音と、優しい匂いがキッチンに広がり、小さく腹が鳴った。溶いた卵を上から流せば、野菜たっぷりの雑炊の完成だ。
「なんか……多くない?」
「オレも食う」
鍋をダイニングに移し、二人分の取り皿を用意する。ダイニング上の照明を点けても、まだ薄暗かった。
「こんな時間に⁉︎モリヒトが⁉︎」
「悪いか?」
「いや、全然悪くないけど、意外だってだけ」
モリヒトの生活リズムは、乱れがちなケイゴとは違い、休日でもしっかりしている。こんな時間に夜食なんて、聞いたことがない。
「うまっ!さすがモリヒト」
「当たり前だ」
レンゲで雑炊をすくい、モリヒトが当然といった態度で答えた。モリヒトがいなかったら、カップラーメンを食べて胃もたれを起こしていたに違いない。
「モリヒトと結婚する子って幸せだよなぁ」
雑炊を口に運びながら、ぽつりと呟いた。
もちろん、それはニコなのだが、他の可能性を、考えるくらいならバチは当たらないだろう。
「美味しかった!ごちそうさま」
「片付けはオレがやるから、歯磨いて寝ろ」
「えっ、悪いよ」
「いいから」
「じゃあ……おやすみ、モリヒト」
あっという間に空になった鍋をシンクに運ぶ。片付ける、と言ったものの、追い出すようにモリヒトに断られ、くちた腹をさすりながら廊下に出た。静かに階段を昇り、部屋に帰る前に洗面所へ寄る。
「別に……一生作ってやってもいいぞ」
だから、食器を片付けるモリヒトの独り言は、聞こえなかった。