ばれんたいんの話「本線、こちらを。」
日付もそろそろ変わるかといった頃。
恭しく差し出された赤色の小箱に、函館本線は瞳を瞬かせて、それから口を開いた。
「…思ったより普通だな。」
「いまダメ出しされました…?」
所在なさげに眉を下げる北海道新幹線の手から箱を受け取りつつ首を振る。
「いやあ、お前のことだからチョコぶっかけて、チョコレートは僕です♡とかやってくるんじゃねえかなって思ってたんだよ。」
「食べ物で遊ぶなって教えたの本線じゃないですか。」
やりませんよ…と呆れ混じりに言う北海道新幹線に、相変わらず変な所で真面目で律儀だと苦笑う。
ーー時空は易々と超えてくるくせになあ。
『気味が悪い、重い、要らん。』
1ヶ月程前に時空を超えてきたチョコは、幼馴染によってそう端的にバッサリと切り捨てられ、突き返されたのを思い出す。
だが渡され方は常軌を逸していたものの、中身はなんて事はない普通のチョコレートで。
だからこそ、まあバレンタインデー当日も何かしらの事はあるのだろうと思っていたが。
「なかなか渡してこねえから何もねえのかなって思ってた。」
「そりゃありますよ!…ただ、最初と最後に渡したくて…、遅くなってすみません。」
「別に何も言ってないだろ。」
10代のガキじゃあるまいしと言いながら、箱に巻かれたリボンを解いていく。
箱の中に鎮座した茶色の丸達を眺めて、函館本線は首を傾げた。
「なんだ、ボンボンじゃねえの?」
「えっ…好きでしたっけ?ボンボン…」
「いや?また酔っ払ったフリして襲ってくんのかなーって。」
「うっ、!ぐぅ…ぁ、あれはっ!」
顔を真っ赤にして叫ぶ子にあれは?と意地悪く聞き返せば途端に項垂れて、すみませんでした…と俯く姿に笑う。
あれはあれで面白かったのになあと思いながら敢えて口にはしなかった。
「北海道。」
あ、と口を開く。
手元の箱を突き出して暗に食わせろと示せば紫の瞳が大きく見開いた。
「…びえ。」
「何て声出してるんだよ。」
「だ、だってぇ…!ほ、本線の口にものを入れるなんて……は、背徳感が…!」
「何だそれ。」
顔を真っ赤にしてうーうーと唸る子に思わず呆れ混じりの声が漏れ出す。
それでもほら早くと急かす様にして言えば、赤らめたまま失礼します…と間抜けな言葉と共に、口の中にトリュフが転がされた。
「ん、美味い。」
「…ヨカッタ、デス…」
片言な言葉と、小さく震える指先に何だかなあと思いながら笑う。
普段から恥ずかしげもなく好意を態度で示してくるくせに、この上官様はよく分からない所で照れるのだから面白くて仕方ない。
「やることやってんのに何でこれはだめなんだよ。」
「うっ、…ぅぅ、それ、室蘭本線にも言われました…」
「室蘭?」
突然出て来た同僚の名前に思わず聞き返す。
そうすれば北海道新幹線は項垂れながらも、帰りがけに会ったんですけど…と言葉をつづけた。
『俺様、何様、函館本線様ですからねえ。
トリュフとか、手が汚れるからお前が食わせろとか言ってきますよ、彼奴。』
『えっ、そんな狼狽することあります?
彼奴とやることなんて全部やって…
ああー…やっぱりいい、言わなくていいです…
……うわあ…、同僚と上司の生々しい話キッツい…』
「…って、最後は何処か行っちゃいましたけど。
あ、それと本線に伝言で、今日は絶対に部屋戻らないから勝手にしてくれって。」
何か約束してました?と無邪気に聞いてくる子にさあ?と白々しく返事をする。
数日前、怒り心頭といった様に函館本線の自室の扉をこじ開けて叫んだ同僚をぼんやりと思い出した。
『近隣住民のこと考えろばーーか!』
何とは言わずに、だが声がでけえんだよ!と半泣きで叫んだ同僚は何時だって判断が早くそれ故に諦めも早い。
「ところで上官殿。」
無防備な手首を掴んで、僅かに汚れた指先を甘噛みする。
途端に上ずった悲鳴を上げた子に気を良くしながら、函館本線は問い掛けた。
「恋人と2人きりの時に他所の男の話をするのは、行儀がなってないと思わないか?」
折角の同僚からのお膳立てだ。
存分に楽しませてもらおうかと心中で呟きながら、なんで、まって、ほんせん、まって、と繰り返す子の肩を押した。