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    いちichi

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    いちichi

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    むかし考えた本線とといくんがアイスクリーム食べるだけのはなし。

    あいすくりーむのはなし
    とうきび畑の向こう側から唸る様な蝉の声が響いていた。
    じわじわと茹る様な熱が地面から伝わって、額に汗が伝う。

    真夏の日。
    空高くから注がれる陽射しの下で、戸井線は目の前の広い背中を追いかけていた。

    「あ、あの…本線、」

    「ん?」

    澱む事の無かった足取りが不意に止まる。
    大人の歩幅で言えば2、3歩の僅かな間。
    たったそれだけの距離を詰めるのが妙に気が引けて、自然と自身も足を止めて戸井線は恐る恐ると問い掛けた。

    「官舎に戻らなくて、いいんですか…?」

    昼の業務がひと段落ついた頃。
    不意に部屋の扉が開いて名前を呼ばれた。
    遠くから眺める事はあっても、直接話した事なんて数える程しかない憧れの人。

    手紙出しに行くからついて来い、と当たり前の様に告げた函館本線に戸井線は頷く他なかった。

    「まだ手紙、出してないだろ?」

    「…ええっと、…」

    ヒラヒラと粗雑に振られる手紙に押し黙る。
    今日で3度目の真っ赤なポスト。
    自分達の真横にあるそれに視線をやってみるが、函館本線は何も言わず前を向いてしまう。

    「…」

    口を噤んだ。
    これ以上、彼の本線と交わす言葉が見当たらなかった。

    視線はいつの間にか下を向いてしまって、油で汚れた革靴だけが日差しを反射していやに鈍く光っていた。

    「戸井。」

    不意に名前を呼ばれ顔を上げる。
    ポスト横の小さな店先の影に入った本線が手招きをしているのが見えて、弾かれた様に駆け寄った。

    「…、わあ、」

    べっこう飴や金平糖の他にも外国の言葉が記された赤や緑の包み紙。
    所狭しと並べられた色とりどりのお菓子達に小さな声を上げた戸井線に、函館本線は小さく笑いその背中を押した。

    「ほら、そこ座れ。」

    言われるがままに店脇の備え付けのベンチに腰掛けると、ガラスの器を差し出された。
    受け取ったそれは氷の様に冷たくて、戸井線は僅かに肩を跳ねさせてから首を傾げた。

    「…?これって…、」

    「アイスクリイムだよ、食ってみろ。」

    「……、」

    何て事のない様に言う函館本線に、戸井線は何も言えなくなってしまう。
    西洋の菓子なんて話の中でしか聞いたことがなくて、ただただ手渡されたそれに圧倒された。

    それでも目の前に立つ函館本線に食べないのか?と問い掛けられれば、首を振ってスプーンを握るしかなかった。

    「い、いただきます…」

    恐る恐るとスプーンを突き刺して、白い固まりをほんの少しだけすくってみる。
    真っ白で少しだけトロリとしたそれを意を決して口に含んだ途端、戸井線の瞳が大きく見開いた。

    「ほ、ほんせんっ!」

    子ども特有の飛び跳ねる様な声が店先に響いた。

    「これつめたくて!で、でもあまいです!口の中でとけて…、すごい…!」

    「美味いか?」

    「おいしいです!ぼく、アイスクリイムってはじめてたべました…!」

    すごいですね!本線!と、函館本線を見上げて戸井線は息をひきつらせた。
    函館本線は黙って戸井線を見つめていた。
    その向こうでは、店員が戸井線のあまりのはしゃぎ様にくすくすと笑っているのが見えて、途端に憧れの人に泥を塗ったのだと、背筋が凍った様に感じた。

    「すっ、すみま、」

    「ふはっ、何で謝るんだ?」

    眉を下げて函館本線は笑った。
    その表情に怒りの色は見えなかった。

    「そうもいい反応をされると、驕り甲斐があるよ。
    お前の愛嬌は見ていて気持ちがいい。」

    大きくて分厚い手が伸びてきて、戸井線の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
    青空よりも深くけれど明るい蒼色は、横に少しだけ細まって穏やかに戸井線を見つめていた。

    「……、」

    ーーきらきら、してる。

    憧れの星は、眩しくてどうしようもない太陽なんかよりもずっとずっと綺麗で、輝いて見えた。
    途端に堰を切ったように思慕と憧憬に心が満たされて、戸井線はただただ函館本線を見上げる他なかった。

    「…」

    「戸井?」

    「…」

    「…?早く食わないと溶けるぞ?」

    函館本線の言葉にハッと手元に視線をやる。
    ドロリと溶けてほとんど液体になりかけているそれにぎゃあっと悲鳴が響いた。


    別に何か大層な理由があった訳でもない。
    ただ通りがかった廊下での他愛のない話を耳にしただけだった。

    やれどこの定食が美味いやら、どこの店の菓子が女に人気やら。
    そんなありきたりな会話の中で、その子供の存在は哀しくなるほどに浮いていた。

    『…びふてき?…、あいすくりいむ?』

    生まれたばかりの支線はどこか頼りなさそうに見えて、事のほか優秀で理解が早い奴だった。
    だからこそ他の路線達の会話についていけず、不思議そうに首を傾げる姿を函館本線は初めて見た。

    『それって、なんですか?』

    石炭と鉄と小さな官舎しか知らない子ども。
    何だかそれは、少しだけ寂しいと思った。

    -----

    カラン、と乾いた音がした。

    青色の瓶の中で転がる小さなガラス玉を、真っ黒な瞳が見詰めていた。

    「…こんなきれいなの、あったんだ。」

    ぽつりと呟かれた言葉に函館本線は何も言わず、ただ煙草の煙を吐き出した。

    アイスクリイムを食べた時の、そのあまりのいい反応に気分が良くなって追加で買い与えたラムネに戸井線はやっぱり首を傾げた。

    けれど、ビー玉を押し込めた途端、小さな白い泡が瞬く間に湧き上がって細い指の隙間から漏れ出して。
    よくあるその光景に、ほんせんん…と困り果てた様に見上げてきた子供は、その後も炭酸の弾ける感覚にやっぱり悲鳴をあげて、でもきらきらと瞳を輝かせていた。

    「よし、帰るか。」

    「、は、はい!」

    東京の幼馴染宛の手紙をポストに押し入れて大きく背を伸ばす。
    弾ける様に椅子を飛び降りた戸井線を眺めながら、短くなった煙草を捨てた。

    「あの、本線、」

    「ん?」

    「今日はたくさん、ありがとうございました。
    アイスクリイムもラムネもぼく、はじめてで…」

    隣を歩く子供はそう言って深く深く頭を下げた。
    ラムネ瓶を何か大切な物のようにぎゅうっと握りしめる子の頬には汗が伝っていた。

    陽が落ちても夏の暑さはしつこくて。
    けれど夏は瞬く間に過ぎ去って、自分達の意志など関係なく長い冬がやって来る。

    目の前の子の背丈など簡単に雪で埋もれて、見えなくなってしまうのだろう。

    「楽しかったか?」

    「はい!」

    聞いているこっちが笑いたくなる程に楽しげな声色で戸井線は頷いた。

    「本線とこんなにたくさんお話ができて、とても楽しかったです!」

    「…、ふはっ!」

    思ってもみなかった戸井線の言葉に函館本線は肩を震わせて笑った。
    途端にえ、え、?と眉を下げて戸惑う子がおかしくて仕方なくて、ぐしゃぐしゃと黒髪をかき混ぜた。

    「そりゃよかった。」
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