stars九話進捗 呼吸を、一つ。
瞬きを、二つ。
ゆっくりと周囲の輪郭が形を持つ。
小さな影が駆け回り、暖かな手が腕に触れる。
「──────ぁ…」
「! 目が覚めたのか!」
小さな獣が、掠れた吐息を目敏く聞きつけてこちらを覗き込んでくる。
驚きと安堵に満ちたその声が、揺蕩う意識の海に投げ込まれた《声》と同じもので、男はほうと心の底から息を吐いた。
ああ、おれはこの人に助けてもらったのだ。
「ぁ……ぁり、が、とぅ…」
「うん、いいんだ。医者として当然のことをしただけだからな。それよりどっか痛いとこあるか? 気持ち悪かったりしないか?」
「だい、じょう…ぶ」
目覚めた眼の前に“彼女たち”が居なかったことは、少しだけ残念だけど。
「意識ははっきりしているようだな。そのまま聞け。まずお前は十五年前に銃で撃たれて昏睡状態に陥っていた。このことは覚えているか? その前後については? …なるほど、記憶に混濁はないようだな。弾丸は計十五発。その内十四発は数日以内に取り除かれたが一発、背中に弾が残されていた。問題はその弾丸に使用されていた金属だ。朔淡鉛という鉛の一種で強い毒性がある。これがお前の体を長く蝕んでいた。今さっき弾丸は取り出したがまだその毒はお前の体内にある。これからはその毒を抜くための薬剤をしばらく投与することになる。あと水も飲めるなら飲め。ここまでで質問は?」
「トラ男! そんな一気に言っても分かんねぇだろ!」
腕に触れ点滴を操作していた目つきの悪い男もどうやら医者らしい。濁流のような説明をした男に小さな彼が文句を言っている。
その様子に少しだけ目を細めながら一番の気がかりを口にする。
「……かの、じょは? あのこ、は…ぶじ、ですか…?」
自分のことより何よりも、気になるのはあの二人のことだった。
ずっと自分のせいで泣かしてしまっていた二人に。
ずっと自分のことを心配させてしまっていた二人に。
ずっとずっと声をかけたかった大切な大切な、彼女とあの子に、会いたかった。
ごめんなさいと、言いたかった。
「ステラという女とシリウスとかいう男なら上にいる。そろそろ麦わら屋たちに制圧されている頃だろう」
「せいあつ…?」
「うー…ごめんなぁ、おれ達も仲間を奪われちまってたから多分ルフィは容赦なくぶっ飛ばしちまってる…」
「え…、ぶっと…? かのじょに、なにを…!」
「あ! 大丈夫だぞ! ぶん殴るだけで皆んな命を奪ったりしねぇから! 気に食わないとぶん殴るだけだから!」
「おれ達を敵に回したステラが悪い」
聞き捨てならない言葉を聞いて、彼らに食って掛かかろうと身体を起こしたその時──
ドンッッ
部屋が、建物全てが、大きく揺れた。
「派手にやってるようだな」
「やりすぎてなきゃいいけど…」
慣れているのか落ち着いてる二人を横目に『上』へと意識を集中させる。
先ほどの二人の言葉通りなら、今ステラとシリウスは『上』で誰かと戦っている。
いくつもの床と壁と天井を通り抜けて、遠くへ遠くへと意識を飛ばす。
慣れ親しんだ《声》を。いつも聞こえていた《声》を。いつだって聞き逃さないようにしていた《声》を。
あの子を泣き声を、いつものように拾い上げる。
「いか、ないと…!」