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    怪異と門梶

    ##門梶

    門倉さん(仮) 門倉さんが微笑んでいる。こちらに向かって、ニッコリと。
     ビルの影があのひとを覆っている。何でそんなところに立っているんですか。部下も連れずに一人きりで。
     いつもみたいに下手に不謹慎な笑い方ではなく、目は綺麗に弧を描いて、唇は開き、白い前歯が見え隠れしている。屋外で風が強いのに髪は押さえもせずなびくまま。なんでも強めの台風が近づいているのだとか。今にも降り出しそうな曇り空と門倉さんを見比べて、一歩、彼に近づいた。
    「門倉さん」
     彼は笑んだまま、返事はない。
     二歩目、三歩目。
    「こんにちは」
     声を掛けると細められた目の彼のひとの口からは、聞いたことのない言語が飛び出した。
    「縺薙s縺ォ縺。縺ッ譴カ讒」
     低くも高くもなく一定。一定の音。
     きっと脳が認識していないのだ。それでも、言いたいことだけははっきりと伝わったので返事をする。
    「あー、はい、こんにちは」
     姿形は門倉さんなのに、中身は門倉さんではないようだ。では本物の門倉さんは何処にいるのだろうか。尋ねたら答えてくれるだろうか。まだ、門倉さん(仮)が襲ってきても飛び退いて避けられる位置にある。これ以上近づけば間合いに飛び込んでしまうだろう。そこまで考えて、このひとはそんなことをするだろうかと疑問に思った。
    「……本物の門倉さんはどこですか?」
    「逕溘″縺ヲ縺セ縺吶h」
    「それはよかった。場所は?」
    「繧上°繧峨↑縺」
     影が大きく揺れた。
     あっと口にした瞬間には、僕の後ろへと小さく縮こまる。周辺のただならぬ怒気に僕でさえもびくりと体が震えた。
    「オドレは……ワシの姿で……何してくれとンじゃァ……」
     低く地を這うような声が巻きつく。
    「わあ、門倉さん、落ち着いて!どうどう」
     いつの間にか現れてのっけから臨戦体勢の門倉さんを宥めて後ろの門倉さん(仮)に会話をうながす。このままだと直ちに粛清されかねない。
    「縺斐a繧薙↑縺輔>」
    「えっと、ほら、門倉さん!こちらの方もこう言っていることですし!ちょっとだけ落ち着いてください」
    「……そちらの方はなんと?」
    「ごめんなさいって……」
    「ごめんで謝って済むなら賭郎はいらないんですよ」
     ぱきりと鳴らした拳の音に僕はすわ粛清かと門倉さんに飛びついた。渾身の力を振り絞りぎゅっと前から抱きつく形になる。これは、果たして止められているのか!?
    「怪異さん!僕が門倉さんを抑えている間にはやく逃げて!」
    「梶様!何故異形の肩を持つんです」
    「いくら怪異でも門倉さん本気の粛清パンチ食らったら消滅しちゃいますよ!」
     僕が抱きついたせいで門倉さんのスーツが皺になってしまうのはこの際仕方がない。後でクリーニング代を請求されるのだって納得できる。けれど門倉さんに化けた門倉さん(仮)は悪いものではないことだけはわかる。
    「こちらとしては二度と私に化けて出て来ないように消滅して欲しいのですが」
    「何もしてないのにかわいそうです」
    「いいえ、梶様。私に化けて梶様の前に現れた時点で実害です」
     キッパリと言い切った門倉さんの顔を下から見上げる。こちらをはっきりと見据える門倉さんはいつもの、不謹慎な笑みを浮かべていた。
    「……そうなんですか」
    「そうです」
     間髪入れずに肯定される。
    「えと」
     ちらり後ろを振り返ると門倉さん(仮)は消えていた。無事逃げてくれたのだろうか。
    「……わかりました。もう粛清はしないので離して頂けますか。あの異形の後も追いません」
    「門倉さんなら、僕なんて簡単にふり解けるじゃないですか」
    「梶様、それをしたくないのでこうしてお願いしています」
    「わかりました。門倉さん……ありがとうございます」
    「いえ。またあなたの前に化けてでたら教えてください。今度は必ず、粛清致しますので」
     鋭い眼光で捉えられ、僕は素直にはい、と首を縦に振る。
     装飾のついた白手袋をはめ直した門倉さんが、ところで、と僕に向き直った。
    「あなたにはあれがどんな形に見えていたのですか」
    「は、えと、門倉さん……ですけど」
    「身近なモノの形をして現れる怪異が安全なモノとは言い難いですね」
    「逆に門倉さんにはどう見えてたんですか」
    「真っ黒な影に」
     流れた雲から陽が射す。
     ゆら、と、僕の影が揺らめいた。

     それから二人、賭郎本部ビルへと向かって行く道中にも、影はゆらゆら揺れていた。出てきちゃダメだよ、粛清されてしまうからね。
     結局、門倉さんからクリーニング代を請求されることはなかった。それが僕にとって良かったのか悪かったのかは判断がつかない。
    「螂ス縺搾シ」
    「うん、たぶん。きっと」
     今しばらく門倉さん(仮)は僕のそばにいるようだ。
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