楽園からの使者 友が去っていく。その背中が遠ざかっていく。
脱兎の如くという言葉そのままの姿に笑いが出る。間抜けな面をしよって、男前が台無しじゃあ。
「愉快じゃのう」
漏れ出た自分の声はしわがれていて、笑っているはずなのにちっとも弾んではいなかった。
……わかっていた。こうなることは。
妻から友が、水木がワシらのことを覚えていないかもしれないことは聞いていた。狂骨に襲われながら、精神を蝕まれながら、それでも身重の妻を抱えて走り続けてくれたのだ。生きて普通に暮らせているだけ御の字というもの。人間であるその身を案じて渡したちゃんちゃんこは着続けてはくれなかったらしいしな。
涙ながらに「あの方、何を言っても私に着せてきたのよ」と語る妻を抱きしめながら、後悔や悲しみの中に誇らしさが湧き上がってきたのを覚えている。
「そうじゃったのう。あやつはそういう男じゃ。なあおまえ、わしの相棒はいい男じゃろう」
なあおまえ、ワシはおまえがいなくても人間と仲良くやれたんじゃぞ。それも友に、親友になれた。共に泣いて笑って語らって、楽しい時間を過ごしたんじゃ。おかしな奴でのう、威勢のいいことを言う割に繊細で臆病でな。なんでも顔に出るわ、お人よしがすぎるわで、よう人間の世界でこれまで生きてこれたと思ったもんじゃ。……実際辛いことがたくさんあったと言っておったよ。……それでも心根の優しい部分を失わなかったとびきりのいい男じゃ。ああそうじゃ、あの村でワシに石を投げてきた餓鬼共がいてな、そやつらを鬼のような形相で怒っておった。ワシが人間でないと知ってたのにな。あんなことは初めてじゃったから驚いたわ。あとアイスキャンデーとそばを奢ってくれてな。どちらも美味かった。なに心配するな、ワシも礼はした。その夜に二人で天狗の酒を飲んだんじゃ。水木も美味いと気に入っておった。
……水木はワシらの住む世界も仲間たちも疎んだりせんかった。面白いと話を聞いてくれた。
……ワシが捉えられたときは助けにきてくれた。
「……いい男じゃろう……」
本当は、もっと違う形でおまえに水木を紹介したかった。自慢したかった。「すごわね、よかったわね」といつもの眩しい笑顔で褒めてもらいたかった。そして今度は三人で酒でも飲めたらよかったのに。ワシらの家に遊びにきてくれと伝えてあったんじゃ。
ボロリと閉じることのできなくなった目から涙がこぼれ落ちる。
あの約束は、もう叶わないのであろうか。
いや、叶えよう。もう一度生きて会うと、あの男の元に戻ると約束した。
「ワシもお主に負けぬくらいいい男じゃからのう。約束は守る」
知己の力を使って知った水木の様子は思っていたよりいいものだった。心を無くしてはおらず仕事にも行っているようだ。ついでに見つけ出してもらった住処はなんと妻と生き別れになる前に共に暮らした家のすぐ近く。水木はいつからそこにいたのだろうか。どうしてこれまで出会わなかったのだろうか。もっと早くに友になりたかったのに。口惜しい。こんなにも勿体無いことがあるだろうか。途端にソワソワとし始めた自分の様子に気づいた妻が笑った。
「あなたは本当に水木さんが大好きなのね」
そうじゃ。ワシらは相棒同士なんじゃもの。一緒にいなければいけないんじゃ。
そう胸を張れば、妻は大笑いで、そして、すぐにゴボッと咳こんだ。慌てて支えようとした自分の手は皮膚が無くなり浮腫んだ肉の所々で骨が見える。
もう残された時間は少ない。
妻はここ最近何も食べれていない。それでも胎の子を産むため、ワシらの希望を世に送り出すためだけに日々一生懸命生きている。情けないことに自分も日に日に力が衰えていく。もし我が子が、希望の子が生まれてきたとして自分たちの手で育てていくことができるかはわからない。もしその役目を誰かに託すとしたら水木がいいと考えていた。そのためにも早く、早くあの男に会わねば。そう言うと妻は悲しげな顔をする。
「あなた、水木さんは心までは失わなかったけれど私たちのことをちゃんと覚えているかは……」
そうじゃのう。もし覚えていればあやつのことじゃ、ワシらを探し回っているはず。何事もなかったようにしているのは忘れてしまっているからじゃろう。
……しかしそれでもと信じる気持ちがあった。例え何も覚えていなくても、きっとあの男なら頼まれてくれるはずと。
水木の家の隣には古寺があった。墓地以外は住職も何もなくなってしまったそこへ移り住むことにした。会うには近い方が良い。しかしこちらから訪ねるのはやめた方がいいと妻は言った。包帯に巻かれた己が身を一度見て頷く。この姿で民家の中を出歩くのは些か目立ちすぎる。そこで人魂を飛ばすことにした。あやつの目は見えぬものも映すから。
ああ、やはり気づいた。ふわりふわり再会の嬉しさで自分の人魂が揺れるのがわかる。こっちにおいで、こっちにおいでと誘い出せば、水木は素直についてきた。荒屋の前まで案内して人魂は身体に戻す。変わり果てていても自分の姿で迎えたかった。
「いらっしゃい、水木さん」
妻が声をかける。思っていたのと少し違ったが友を我が家へ招待できた。万感の思いで自分も声をかける。
「よう来たな、水木よ」
ひえっと情けない声をあげて水木が背を向けて走り出した。
……やはりな。
全く相変わらず臆病じゃのう。ほう追いかけっこか、しようじゃないか。捕まったらお主もお化けじゃ。なーんてな。ほれ、早う逃げよ。
……本当は期待していた。こんな形でも会えばきっと水木はワシを思い出してくれると。
あっという間にその背中は見えなくなっていく。しばらく待ったがもちろん戻ってはこなかった。家に戻って妻に向かって精一杯微笑んだ。
「ほらな、ワシの言っておった通りじゃったろう。あやつは見かけによらず臆病なんじゃよ」
「辛かったわね」と妻が言い、爛れた皮膚が乗る腕をそっと撫でてくれる。なあにいいんだ。こうなることはわかっていた。むしろこの格好で怯えられないなんてお化けが廃るわ。そう言って笑うとしたが、声が引き攣って上手く出やせん。次いでボロボロと溢れてきた涙にとうとう我慢ができなくなり、妻の優しい手に縋った。
友よ、こんなにも寂しいことがあるだろうか。
あれから数日、その間に自分にも妻にもどんどんと死期が迫るのがわかった。そしてついに。
「おまえ」
自由に動かなくなった身体で、なんとか顔を彼女へ向ける。
「ああ、おまえ」
しわがれた声で呼ぶが、最愛の彼女はぴくりともしなかった。ただ仰向けのまま、返事もなく、そこに。
嗚咽も、涙も抑えようがない。
これはふたりで受け入れたこと。
でも、なぜ、どうして。
この世の綺麗なものを詰め込んだような彼女がこのような。
自分たち夫婦が何に代えても守りたかった、何の罪もない我が子がこのような。
悲しさや悔しさ、虚しさ様々な感情が混ざって溢れ出る。
どうして、ただ穏やかに暮らしたいという願いさえ叶わぬのだろうか。
「あっ!」
入り口の方で声がする。涙で滲む視界の中水木が立っているのが見える。水木?まさか記憶が。思い出したのか?しばらく立ち尽くしていた男は、ゆっくりと妻に近づいていく。そしてそっと抱き上げて出ていった。
どこにいくのだろうか。妻をどこに連れていくのだろうか。後を追わねば。力を振り絞り身体を動かす。
なんとか這い出た荒屋のすぐそこ、墓場の方で赤ん坊の泣き声が響いた。
……まさか……。
ああ、ああ、我が子。お前の声なのか。
ピカリと稲妻が走る。
ふわりと意識が上る。
落雷だけが光となる真っ暗な場所。雨粒が顔を、身体を打っていく。
あれ?俺、ここで何してんだ?
「お、おい!?どうなってんだ?ここはどこだ?え?鬼太郎!?」
何気なく下を向けば、びしょ濡れの自分の胸の中に裸の赤ん坊。その子には見覚えが多大にあった。つい先日生まれたばかりの親友夫婦の子、鬼太郎である。
一体なぜ、こんなところで何も着ていない鬼太郎を傘も差さずに抱き抱えているのか。記憶を思い返す。確か自分は会社からの帰宅途中だったはずだ。突然の雨に降られて、ゴロゴロと雷が鳴り始めた中、親友夫婦とその子と共に暮らす家に急いで帰ろうと走っていた。そしてあともう少しというところで物凄い音と共に稲妻が走り……。
気づけばここでこうしていた。
さて、何もわからん。しかし、あの夫婦と付き合っていてこういう人智を超えた事象にはすっかり慣れてしまった。全く何が科学だ。説明がつかないことを嘆いてもなんの解決にもならないことを嫌というほど理解している。とりあえず、このびしょ濡れ泥だらけの鬼太郎をなんとかしなくては。くるりと周りを見渡せば、近所の古寺で安堵する。足元に落ちていた背広を拾い、とりあえず家に行こうとした時、背後から声がかかった。
「水木」
「うわ!?」
振り返れば、包帯だらけのミイラのような大男。思わず叫び声を上げる。しかし、しわがれているがこの声。その口から覗く鋭く尖った犬歯、その紅い瞳。
「ゲ、ゲゲ郎か……?」
「っ!お主、記憶が戻ったのか?」
包帯の奥、見開かれた目の真ん中に小さな赤が揺れる。
「はあ!?何言ってんだよ。というかお前のその格好どうしたんだよ!?鬼太郎も裸だし、何か事件か?奥さんは!?」
全身包帯巻きのゲゲ郎に近づけば、酷い臭いがする。
「お、まえ、……本当にどうしたんだよ!その身体……。」
聞いてもゲゲ郎はこちらを見つめるばかりで何も言わなかった。
「くそ!とりあえず家に戻るぞ」
どんどんと鬼太郎の上に落ちてくる雨粒に焦りが出てきて、とりあえずこの子を温める方が先だと、皮膚が崩れそうにな腕をそっと引くが、ゲゲ郎は動かない。
「……ワシ、こんなナリなんじゃが」
「そんなこと言ってる場合か。誰に見られたってなんとかしてやるから気にすんな」
それにどうせこの嵐では俺たち以外誰も外に出ている奴なんていない。そう言い聞かせて家を目指す。持っていた背広で鬼太郎をくるみ、思ったと通り無人の道を雨に打たれながら歩く。
「お主は水木なんじゃな」
ポツリとゲゲ郎が言った。
「それ以外のなんかに見えてんのかお前には」
訳のわからん状況と、何も答えぬくせに訳のわからん質問をしてくる相棒と、張り付く服の気持ち悪さに苛々しながら答えれば、自分の声とは真逆の嬉しそうな声がした。
「いや。水木にしか。水木にしか見えんよ」
自宅の玄関の前で立ち止まる。あの村を出て以降ずっとゲゲ郎たちと暮らしていたので、自分がこうして帰宅するときはいつも電気が付いていた。しかし今すりガラス越しに見える我が家は真っ暗で。ゲゲ郎は隣にいるとして、奥さんや手伝いにきてくれてた母さんはどうしたんだ。もちろん鍵も開いていないのでポケットを探って鍵を取り出して中に入れば、とてつもない違和感があった。俺の家なのは間違いないが。家の中が、朝とまるで違う。
……だがそれらを気にするのは後回しだ。一刻も早く裸のまま雨に打たれた赤ん坊を温めてやらなければ。独りで暮らしていた時に戻ったかのような家の中で手ぬぐいを集めて小さな身体を拭いてやり、お前も拭いとけとゲゲ郎にも大きめのものを渡した。母さんがたくさん縫ってくれていたはずの肌着も見当たらず、箪笥にあった自分の着流しで包んでやる。湯に入れて温めてやろうとヤカンに水を入れて火にかけて、ようやくホッと一息付いて、座り込んでぼうっと赤ん坊を見つめる男に話しかけた。
「なあ、何がどうなってるんだ?」
「……ワシにもわからん……」
「わからんって、お前がそんな身体になった理由もか?」
「それは……。これはあの村で依代になったときに」
あの村?
「ちょっと待て、どの村の話だ?」
「あの村はあの村じゃ。お主と出会った」
「哭倉村のこと言ってんのか?なんだって今更そうなるんだよ。あの時もお前は大怪我してたが、一週間もすりゃ綺麗に治ったじゃねーか。俺なんか何ヶ月も不調だったってのに」
そういえば、ゲゲ郎はしばらく黙ってしまった。一体何なんだ。平気そうに見えていたが、実はこんなにもあの時に受けた怨念に蝕まれていたのか。しかし今朝の今朝までそんな素振りは。
「すまんが、お主が村にいたときから今までのこと一から教えてはくれぬだろうか?」
「はあ?」
なんでそんな。もう何もわからず狼狽えるが、目の前の男は真剣そのものだった。
「頼む」
「……わかったよ」
だから素直に話した。密命を受けて向かった村で生き別れた奥さんを探すゲゲ郎と出会ったこと。醜悪な一族に、虐げられた子どもたち。最悪な方法で作られた不死の妙薬の原料。十年以上も血を取られていた奥さん。犠牲になった幽霊族と人間たちとそれから生まれた狂骨。諸悪の根源だった時貞翁。それを倒し、暴れ回った狂骨が組紐と合わさってちゃんちゃんこになったこと。それを着たゲゲ郎が残りの怨念を引き受けて。
「ちょっと待て」
「なんだよ」
「ワシがご先祖様の霊毛でできたちゃんちゃんこを着ていたのか?お主には着せずに?」
「最初は奥さんと子ども逃すのにこれ着とけてって俺に渡してきたけど、返したんだよ。大仕事するつもりなら、お前が着てろよって」
お前が無事帰らなくてどうする。平和な世と同じくらい、お前が、父親が、奥さんと子供には必要だろと必死に訴えたのだ。そして、俺も、この男を失いたくなかった。
「お主と妻はどうしたんじゃ」
「派手に動くと見つかるから、奥さんに助言もらいながら、お前がケリつけるまで少しずつ隠れながら進んだ。喋るのもやっとだった奥さんには悪ことをしたが」
「なんとかなったのか?」
「なっただろ。すぐ合流できたじゃねえか。それで今日までここで一緒に暮らして、つい先日無事に鬼太郎が生まれて」
「……夢物語じゃな」
「はあ?」
「水木、お主が今語ったこと、大体はワシの記憶と一致する。この世界でも起きたことじゃ。しかしのう、三人で村を出て一緒に暮らしたというのはこちらの世界では叶うはずもないことなのじゃ」
「本当さっきからお前は何を言ってるんだ?」
ゲゲ郎はまた黙り込んでしまう。こっちはわからないことだらけだ。気づけば雨に濡れて裸の鬼太郎を抱いていて、何だかいつもと様子の違う家の中に、所在のわからない母と親友の奥さん。すっかり見た目の変わってしまったゲゲ郎と。そうだ、とりあえず鬼太郎の世話と思ったが、こいつの手当てもしてやらなければ。この際理由など後回しだ。すごく酷そうだが人間の薬などは効くのだろうか。そう聞こうとして開いた口は、思いもよらない言葉に何の意味もいない音だけを出した。
「水木、思うにお主は別世界からなんらかの理由でこちらの世界の水木と入れ替わったのだと思う」
「……は……?」
「おそらくは並行世界というものであろうな。この世には何千通りも分岐した世界が存在している。その一つからお主はこちらへ来たのじゃ。にわかには信じがたい話ではあると思うがそれしか考えられん」
「……は、はあ?いやちょっと待ってくれ。別世界、とか分岐したとか、何なんだ一体。それが本当だとして何だってそんなことが起きるんだよ」
「それはわからぬが」
「わかんないのかよ!!」
「正直ワシも混乱しておる。お主と共にあの村で見たものについてはワシの記憶とお主が話した内容に相違はない。ただ違うのは、あの時ワシがお主に貸したご先祖様の霊毛でできたちゃんちゃんこを、お主は妻に着せて走ったのじゃ。ワシは怨念を引き受けてこの身体になり、お主は村で起きたこともワシらのことも忘れてしまった。それがワシの記憶する現実じゃ」
「……はあ?」
とても信じられない。あっていいはずがないじゃないか、そんなこと。
「妻と再会した後、生きて帰るというお主のとの約束を果たすために、お主を探し出してこの隣の古寺に引っ越してきたんじゃ」
「…え?じゃあなにか。お前その状態でずっとあの古寺にいたのか?奥さんは?鬼太郎は?」
少しの間の後、妻は子どもを産む前に死んだと涙声で絞り出された。言葉を失う。……そんな……嘘だろ。包帯を巻かれた指がそっと鬼太郎の頬を撫でる。
「この子はきっと墓土を潜って出てきたんじゃろ…。さすが幽霊族の子じゃ」
だからあんなに泥だらけで雨に濡れて。まさか生まれたばかりだったとは。彼は守られ、祝福されて暖かい場所に出てこなけれいけない子なのに。
「俺は、こっちの俺は、何もしなかったのか」
村を出てから、ゲゲ郎たち夫婦のためなら何だってやってやろうと思って今日まで来た。なのに別世界の俺ときたら。三人をこんな風になってしまうまで一体何をしていたんだ。
「水木はワシらの記憶を失っておる。突然現れたワシらを見て怯えておったよ。お化けの性分でついつい追いかけてしまったわい」
おどけたようにゲゲ郎は言うが、そんなことで許せるはずもない。
「逃げたのか?」
逃げたんだ、俺は。「何を見ても逃げるでないぞ」そう最初に約束したはずなのに、それすら守れなかった。
「…俺はお前らを見捨てたのか」
血の気が引いて吐き気が込み上げる。
「仕方のないことじゃ。狂骨の襲われたせいで水木のせいではない。それにな、記憶がない中でも戻ってきて、死んだ妻を見つけて弔ってくれたんじゃろう。流石のお人好しじゃ」
包帯の向こう、すっかり見た目は変わってしまったが、その笑顔は間違えなくゲゲ郎で。どうしてなんだ。あまりにも理不尽すぎる現実にとてもやりきれないだろうに。信じてくれていたであろう俺にも見放されてしまったのに。どうしてそれでもお前はお前でいられるんだ。信じられないほど美しいその心が眩しく苦しい。思わずその身体を抱き寄せた。
「すまなかった、本当にすまなかったゲゲ郎。どう詫びれば」
謝罪を伝える声で自分が泣いていることに気づく。今泣きたいのはこいつだろうに。
「お主ではないじゃろう。それにさっきも言ったように、狂骨のせいじゃもの。こちらの水木も何も悪くないんじゃよ」
ゆっくりと背中をさすられる。どこまでも優しい種族を前に、自分という人間という種族がいかに醜く情けない生き物か思い知らされる。親友夫婦の、つい今朝まで日常だった笑顔が浮かぶ。この男と友になったのは正確には自分でなくても、今ここにこいつが頼れるのは自分しかいない。親友を抱く腕に力が篭った。
「お前のことは絶対に俺が治してやる。鬼太郎の世話も俺が全部引き受ける。もう安心しろ、俺がついてる。」
ここがどこかなんて、何が起こったかなんてもうどうでもいい。ただただ、目の前で生きてくれているこのふたりの幽霊族がもう何からも傷つけられることがないように。大馬鹿野郎のもう一人の自分の代わってどうにかして守り通したいと思ったのだった。