年越しカタオモイ 幼馴染が好き。
この気持ちに気付いたのはいつだったか。
確か中学に入る頃にはすでに意識していて、卒業するタイミングで一度告白をして、それから……
(有耶無耶にされて現在に至る)
もう高校も三年になって随分と経つというのに未だにこの関係は進展しない。そもそもあの告白が有耶無耶になって無かったことになっているのが問題なのだ。何故そうなったのかはもう思い出せない。だが、このまま幼馴染から何もない、というのも癪に障る。
(なんで)
あの時のことを思い出そうと記憶を辿っていく。もしかすると、告白が届いていなかったのかもしれない。口にした言葉を必死に思い出し、当時の記憶の映像を呼び起こす。
確か中学最後の大会が終わって、二人で夜道を歩いている時だ。白鳥沢に負けて、高校に入ったら必ずへこませてやると誓った帰り道。他愛ない話、高校の話、色々と話して、不意に立ち止まった時。
「お前が好きだ」
(…………やっぱ言ってんべ)
ぐしゃぐしゃと頭を掻く。この記憶に間違いなければやはり自分はしっかりと好きだと口にしている。散々あなたが好きです。と女子に言われていた幼馴染にこれほどストレートな告白が届いていないはずがない。
加えて告白を聞いた幼馴染はしっかりとこちらを見て驚いた顔をしていた。そこまで思い出した時、胸の奥がキリッと痛む。
(……何かムカついてきたな)
これが世で言う思い出しギレというやつだろうか。そんなことを思いながら立ち上がると、今一度この思いをぶつけて胸の怒りを鎮め、スッキリしてやろうと決意し、幼馴染を探すことにした。
「岩泉?」
「及川ンとこ、ちょっと用ができた」
「いってらー……アイツ、人殺しそうな顔して行ったけど、及川なんかしたんかね」
「さぁ?」
また犬も食わない痴話喧嘩だろう。そう言いながら友人の一人はシュークリームに食らいついた。
休み時間は限られている。
早く探し出して怒りを鎮めなければ。少々目的が変わったような気がしなくもないが、岩泉の頭の中には告白をやり直すことしか頭には無い。
「及川いるか」
「購買じゃね?腹減ったってどっか行った」
「サンキュー」
何故こういう時に限って教室に居ないのか。大体腹が減ったとは何だ。いつもお腹空いたよ〜と情けない声を上げて勝手に教室にやって来て、岩泉の母が作ったおにぎりを食べて満足して帰っていく癖に。
(なんで今日に限ってこっちに来ねぇんだよテメェはよ)
購買に向かう廊下を歩けば及川目的であろう女子が差し入れを手に持ったまま「及川さんいなかったねー」と残念そうに笑う姿が何度も目に止まった。それにまた怒りが込み上げる。
及川徹という男は、人たらしだ。チームメイトも、学校の生徒も、先生も、他校の生徒も、身内も、関係ない。及川が好きかどうかではなく、周りが及川に惹かれる。男も女も見栄えなく虜にするのが岩泉の長年見てきた及川徹という存在なのだ。
自分たちを散々叩きのめしてきた白鳥沢の牛島若利ですら、及川に惹かれている。
それが優秀なセッターとしてなのか、それとも岩泉のように恋愛感情なのかは聞いたことがない。仮に聞いたとして、その時返ってきた言葉が後者だったとしたら、冷静でいられる自信が岩泉にはない。
エースとして、選手として勝てる見込みが例え無かったとしても、その感情だけは負ける訳にはいかないのだから。
(俺以外に泣きついてたらコロス)
ふらふらとあっちこっちに愛嬌を振りまくのは仕方がない。ムカつきはするが許す。けれど、最後に頼るのは、あの笑顔を向けるのは自分にだけにしないと許さない。
次の角を曲がれば購買までは一本道、という所でこちらに気付き、手を振る人影が見えた。
「あ、岩ちゃん!」
「おー」
ようやく出会った及川の右手には購買で買ったであろう好物の牛乳パンと、ジャムサンドが握られていた。牛乳パンを買うのはいつものことだが、ジャムサンドを買うのは珍しい。そんなことを思っていると、及川は不意にジャムサンドを岩泉に差し出す。
「食べる?」
「あ?……おー」
突然のことに間抜けな声を出してしまったが、何事も無かったようにジャムサンドを受け取り、袋を破く。イチゴジャムの匂いがふんわりと香り、鼻先を擽ったその瞬間、対して空いていなかった腹の虫が、くぅ、と間抜けな声を出した。
「渡しに行こうと思ってたから来てくれてちょうど良かったよ〜」
「そっか」
ふにゃりと笑う顔が愛らしい。何度見ても飽きない笑顔を向けられ、改めて及川への思いを自覚した岩泉は、それが顔に出てしまいそうで、なんとか冷静を装おうとジャムサンドにかぶりつく。
(甘い……)
普段自分から口にしない甘さを感じる。このぐらい甘い関係になれたなら、と考えたところで及川を探していた目的を思い出した。胸のムカつきはいつの間にか無くなっていて、あるのは告白前の異様な緊張。
またこの気分を味わう羽目になるとは……。そう思いながら岩泉が意を決して口を開きかけた時、無情にもチャイムが鳴り響く。
「あ。じゃあね、岩ちゃん」
「ちょ、おい!コラクソ川、待て!!」
岩泉の静止する声はパンの代金のことだと思ったのか、少し遠くから「奢りでいいよ〜」と呑気な声が聞こえる。
「違ェ!及川!!」
結局及川はそれ以降振り返ることなく教室へと戻り、途方に暮れた岩泉は授業に遅刻した。
時間が巡り、部活終わり。ようやく訪れた落ち着ける時間だが、まだ部室には他の部員が何人か残っている。とは言っても、着替えをする以外に特に留まる用事もない部員たちは少しずつ部室を出て行く。
肝心の及川は部誌を書く手を時折ペンを回しながら動かしており、上機嫌に鼻歌まで歌っている。気付けば残っているのは及川と自分だけ。帰り道が同じだからか、何の言葉もなく一緒に帰ることが当たり前になっているからか、及川は岩泉がいることに何の違和感も感じていないようだった。
(コイツ、マジで綺麗な顔してんだよな……)
及川は子供の頃は女の子に間違えられることがあるほど可愛らしい顔をしていて、子供ながらに岩泉はいつも変なことに巻き込まれないかと心配していた。いざとなったら守ってやれるように、強くなろうと思うことも多かったように思う。
負けず嫌いのわりに泣き虫で、寂しがり屋で甘え上手な可愛い幼馴染。誰かに任せるよりも、自分がちゃんと守ってやらなければ。そう思い続ける岩泉の思いを知ってか知らずか、及川は成長するにつれ、可愛いと言うよりも綺麗になった。
余計に色々なものを魅了する顔に加え、性格は昔とほとんど変わっていない。故に岩泉の心配は昔以上だ。
「……何?」
「いや……早く書き終われよ」
「はーい」
視線を送りすぎたのか、流石に不思議に思った及川が顔を上げて問うが、岩泉はわざとらしく視線を逸らす。顔が僅かに熱を持ったような気がするが、気のせいにしておく。
「終わった。帰ろ」
「おう」
部誌を書き終わるのと同時に立ち上がって二人だけの帰路に着く。外は暗く、月明かりと街灯だけが道を照らし、時折車のライトが眩しい。
「そういえば、購買何か用だったの?」
「いや、お前に」
「俺?」
ふと学校でのことを思い出した及川の問いで岩泉は胸の奥の燻りを思い出す。ちょうどあの時も、この道の先で告白をしたのだ。同じように月明かりと街灯に見守られながら、一世一代のプロポーズのように。真剣に、真っ直ぐな気持ちで。
「及川」
「んー?」
「……お前が好きだ」
ピタリと及川は立ち止まり、勢いよく振り返ったかと思うと、目を丸くしたまま固まっていた。中学生の時と全く同じ顔だと今ならしっかりと思い出せる。
「岩ちゃ──」
「もうあの時みたいに有耶無耶にすんじゃねーぞ。そういう意味での好きだからな」
そういう意味。改めて言うと少々恥ずかしさはあるが、四の五の言ってはいられない。他の誰かのものになるぐらいなら心だけでも縛り付けたい。一生頭の隅で考えてしまうぐらいに。忘れたくても忘れられない存在になってやる。そんな岩泉の思いが及川に伝わったのか、告白された本人は暗がりでも分かるほど頬を赤らめて口元を抑えて唸っていた。
「……そんなどストレートに言う、普通」
「回りくどいのは好きじゃねーし、つか告白二度目だわ」
「あー……中学のときのか」
覚えてんじゃねーか、と岩泉が呆れながら近付くと、及川はその場にしゃがみこんで言葉にならない唸り声を上げていて、それが妙に可愛らしく感じる。
「あの時は、応えたらダメな気がして」
「なんだよそれ」
「だって、高校一緒だし、また同じチームでやってくってなってたし……関係が変わったら、ダメになったとき、もうダメになっちゃうから」
──戻りたくても、戻れないから。
及川の小さな呟きに岩泉は何も言わなかった。頭の中ではなるほど、と納得したが、怒る気にはならない。
及川にとって自分は何も変わらない存在なのだろう。子供の頃から今までずっと一緒にいて、ダメな時は傍にいて、時には厳しく叱って、何も言わずに見守って、笑って、泣いて。そんな大事な存在。
「ダメにならねぇし、戻りたいなんて言わせねーよ」
顔は相変わらず伏せたままだったので少しだけ乱暴に頭をわしゃわしゃと撫でる。いつもならセットが崩れると怒ってくるところだが、今はそんな余裕はないらしい。すんっと鼻を鳴らす音が聞こえたが、何も言わずに撫で続けてやる。
「岩ちゃん」
「なんだよ」
少し震えた声だけで及川が今どんな顔をしているか想像はつく。だからこそ顔が見たい。
岩泉は、両手で及川の頬を挟むようにすると、ほぼ無理矢理顔を上げさせた。思った通り目には涙が浮かんでいて、今にも零れ落ちそうだ。それがとても勿体無いような気がして、岩泉は目尻に口付けて涙を拭う。
少しだけしょっぱくて、ほんの少しだけ甘い。濡れた唇を舌先で舐める岩泉を見て及川は、恥ずかしげに口を真一文字に結んでいたが、すぐにハハッと笑う。
「俺も好きだよ。同じ意味で」
「おう」
再び歩き始めた二人の手は思いを確かめ合うようにしっかりと握り合っていた。