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    yasuharuka

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    供養

    #刀剣
    sword

    ものの声が聞こえる大倶利伽羅の話 ある日、大倶利伽羅は顕現した。
     降り立ったのは古き良き日本家屋。火の匂いと鉄の火花の散る鍛刀場で、驚く人の子の姿と静かにこちらを見る刀の姿があった。
     しかし、それだけではなかった。
    「気分の優れないところはあるかな」
     人の子のいうのに大倶利伽羅は視線をさまよわせた。己が呼び出された場所を注意深く見渡し、そして目前のふたつのひとがたに視線を写し、最後に足元を見た。
    「……別にない」
     大倶利伽羅には無数の魂が見えていた。
     それは槌に宿る魂であったり、石に宿る魂であったりした。人の子の纏う衣服や鋼の身につけた武具や、踏みしめた床石、簡素な机にいたるまで、部屋中でざわざわと声がしていた。人には見えぬがある程度生き物の形を持つ無生物もおり、交わす声は遠慮もなく大きいので全てが混ざりあい喧騒の様相であり、ひとつひとつの声を正確に聞き取る事は難しかった。
     こんなにも部屋中が騒がしいのに、ふたつのひとがたは動じる様子を見せない。大倶利伽羅は己の足元にわだかまるぼこぼこした玉鋼の蛙の背中を眺めながら、誰も動じぬということはこれは特別騒ぎ立てるようなものでは無いのだろうと理解した。
     おそらく玉鋼の付喪神なのだろう蛙が大倶利伽羅の足元にたかりこちらによじ登ろうとしてくる。大倶利伽羅は邪険にするでもなくその様を見つめていた。刀の身に躊躇もなく腹をすりつけるとはやはり肉ではないもののようだと改めて感心する。
     足元を注視したまま黙す大倶利伽羅にひとがたのうちの片方が苦笑をもらした。彼が己の主だろう事は人の身の気配で分かった。隣の神経質そうなのからは鋼の気配がする。
    「名前を聞いてもいいかな?」
     大倶利伽羅は人間を一瞥した。
     顕現したとて、俺の主たるを決めるのは、俺でしかない。
    「馴れ合うつもりは無い」
     突き放すように言い、そのまま部屋を辞す。
     直後、雷でも落ちたかのような怒号が聞こえ、大倶利伽羅はそこでへし切長谷部に最初の折檻を受けることとなった。



     その声が気配がわかるのは、どうやら己だけらしいことに気付くのはそう遅くはなかった。
     大倶利伽羅の世話係を仰せつかった乱藤四郎は女のようななりで面倒見がよく、大倶利伽羅の手を引いて屋敷の中を歩き回ってはあれはああでこうであれの使い方はこうでとよく口を回した。どこを歩いてもやかましい魂の喧騒に眉をひそめながら慎重に乱藤四郎の言葉を拾ってみれば、丁寧な解説のどこにもこの喧騒について触れられることがなかった。たばかっている様子もない。もしこの本丸に特有の事象なれば初めて顕現した物がみな問い質すだろうこと、初めに解説がなければ本丸の奇矯さを疑うより己の頭を疑ったほうがよさそうであった。
    「おい」
     大倶利伽羅が声を上げると、乱藤四郎は振り向いた。
    「おいじゃないよ。乱藤四郎」
    「……己の正気が疑わしい時、あんたならどうする」
    「ショウキ?」
     乱は澄み渡る空色の瞳をきょとりと丸くして、それから、
    「どこか悪いの?」
    「さあ」
    「出陣して怪我をしたなら、手入れ部屋に行くよ」
    「それ以外の時は」
     うーん、と乱は女のごとき仕草で顎に手を当て、
    「そういう時も、主さんに言って手入れ部屋かなあ。でも、資材を使っちゃうから、なんで痛いのかわかんないって時は、他の刀を頼るよ」
    「たとえば」
    「石切丸さんは逸話が病気治癒だから、頼ることがあるよ。あと、ボクの兄弟に薬研っていうのがいて、そいつは医学に興味があって、具合をみて薬を煎じてくれるよ」
    「薬」
    「うん。案内してあげようか?」
     言う乱の肩のあたりからぴょこりと蝶が顔を出し、『そうしなさいよ』と語りかけてきた。なんの物の怪だか分からないが、その言葉を聞いても乱藤四郎は反応をしない。
     大倶利伽羅はしばし黙した。己のこれが薬を煎じた程度で治るものなのかを推し量る。そんな気はまったくしないのだが。
     話を聞いてみるくらいならいいかもしれない。
    「あとで顔を出してみる」
     言えば、乱は可憐に微笑んだ。
    「わかった。場所だけ教えてあげるから、気が向いた時に行ってみて」
    「ああ」
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