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    ganiwaoo

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    nnmt夢つづきのつづき

    病弱許嫁③ 同日、夜二つを疾うに過ぎた頃。
     くのたま長屋のとある一人部屋の天井の一部が音もなく外された。
     ◯◯はもうすっかり寝支度を整えて、頼りなく揺れる油灯を吹き消そうとしたまさにその瞬間だった。突然目の前に男が降り立ったのだ。驚きのあまり声も出ずひっくり返りかけたのをその元凶に難なく助けられて、◯◯は飛び出しそうな心臓を夜着の上からぎゅっと押さえた。
    「あ、あ、あ、あの」
    「すまん、わたしだ」
    「こっこへっ」
     口布で顔の殆どをすっぽり隠されて一瞬わからなかったが、落ち着いてよく見たら確かに七松小平太その人だ。大声を上げかけた◯◯の口を小平太はすかさず手で押さえた。
    「重ねてすまない、声を抑えてくれ。ここにいるのがバレたら殺される」
     ◯◯は忍術学園に入学してから仲良くなったくのたまたちを思い浮かべた。彼女たちの忍たまへ対する圧政は中々のものである。こっくりと頷くと、そろりと口元の手が離れていく。
    「小平太様、一体どうされたのですか?そ、それに、その頭の瘤は。二つも」
    「一つは今朝の騒ぎの件だ。二つ目はなんか胴上げされてたらぶん殴られた」
    「胴上げ」
    「とんだ暴力教師だぞ。教育倫理はここにはない」
     小平太は自分を丸々棚上げして言い放った。まったく不遜な悪ガキである。教師陣が聞いたら「お前が倫理を語るな」と三つ目のたん瘤を貰っていただろう。
    「お労しい……」
     自業自得である。
    「それより、◯◯。今朝のことだが」
    「あっ…、はい」
    「全て忘れてくれ」
     言うなり男が音一つ立てずにジャンピング土下座を決めたので、◯◯はびびり散らして一歩下がった。
    「この通りだ!頼む……!」
     勢いに引いていた◯◯だったが、ビシッと頭を下げたまま動かない小平太に、おっかなびっくりにじり寄った。
    「あ、でも、あの、小平太様。お顔を上げてください。私、がんばろうと思うのです」
    「がんばる、とは?」
     許しを得て顔を上げた小平太は、◯◯が思ったより近い位置にいて息を呑んだ。女が身動ぐとぬばたまの髪がさらりと揺れて、石鹸の香りがした。
    「小平太様。私、ここへ来てから少しずつですが体力がついたように思うのです。今は、まだ、全然ですが、時が経てば熟すものもあるはずで、その、お、お、お、お尻は、まだどうすれば良いのか見当もつかない為体で大変申し訳ないのですが、ど、努力、させて欲しいのです」
     そんなに近寄らずとも聞こえているのだが、声を潜める為にと◯◯が小平太の耳元でこしょこしょ喋るので、小平太は話の内容以前の問題で憤死しかけた。
    「わたしは、お前がお前らしく有れれば」
    「これは女の意地なのです、小平太様」
    「くのたま教室では何を教えているのだ」
     ぼやいた小平太に、◯◯は夜着の袖を口元に当ててかわゆく笑った。
     何故か直視してられなくて視線を泳がせた先、備え付けの文机の上に、小さな漆の箱が蓋を外されたまま置かれているのに気が付いた。暗い夜の室内の、油灯の乏しい明かりでも、小平太の目はそこに丸薬を見つけたのである。
    「……ところで◯◯、それは薬か?」
    「あ、すみません。開けっ放しでしたね、お恥ずかしい」
     小指の先ほどの大きさの薬が箱一杯に詰められている。
    「毎日寝る前に飲むようにと」
    「そうか」
     小平太は再び口布をしっかり掛けると、「邪魔をして悪かった」と言って立ち上がった。
    「もう帰られるのですか」
    「長居し過ぎた。そろそろ勘づかれる頃だ」
    「また来てくださいます?」
    「◯◯。こんなことを繰り返していたら命がいくつあっても足らんぞ」
     今にも立ち去ろうとする小平太を、◯◯は名残惜しく見つめながら「お休みなさいませ」と言った。
     男は瞬きの間に姿を消して、もう天井の板も元通りだった。
     まだドキドキと煩い胸を抑えて、夢だったのかしら、なんて思いながら、◯◯は今度こそ灯りを吹き消した。


     晩春が過ぎようとした頃だ。霧のような小雨の降る蒸し暑いその日、体育委員会は大人しく倉庫で備品管理をしていた。
     小平太は台帳を睨みつけながら一つ一つ確認していく。やはりというか必然、バレーの球の損傷が激しい。年々予算が削られる一方でこれは由々しき事態である。いや待てよ。小平太は敗れた球の残骸を片手に閃いた。球自体をもっと丈夫に作れば良いのではないか?
    「先輩、七松先輩!」
     厠へ行くと言って出て行った四郎兵衛が慌てて戻ってきた。
    「なんだ騒々しい。わたしは今世紀の大発明を…」
    「今!くのたまの子が来て!白雪さんが行方不明って!」
     後輩が全てを言い終わる前に、小平太は倉庫を飛び出した。キョロキョロと不安げに辺りを見渡しているのは◯◯とよく一緒にいたくのたまの子だ。
    「白雪がどうした?」
     少女は突然現れた大柄な忍たまに萎縮したように一歩下がったが、それが白雪の許嫁であるとわかると僅かに胸を撫で下ろした。
    「あの、いつもこの時間は予習や復習をするのに一緒にいるのですが、今日はどこにもいなくて……。それで、七松先輩のところかと思って」
    「ここには来ていないぞ」
    「白雪さん、いつもすぐ疲れてしまうから、あまり長屋の外を出歩いたりしないんです。だからどうにも心配で」
    「あとはわたしが探す。お前は山本シナ先生にこれを伝えてくれ。それからくのたま長屋へ戻っていろ。知らせてくれて感謝する」
     次早にそれだけ言うと、小平太は走り出してあっという間に見えなくなってしまった。

     小平太は鐘塔の屋根の上に立っていた。
     念のため出門票を確認したが案の定◯◯の名はなかったので、ここで校内を見渡すことにしたのだ。
     小雨が降っているせいか出歩く人影は少ない。
     敷地内全体を見ていると、池の周りに一人分の足跡と、その付近にぽっかりと穴が一つ空いていた。小平太が急ぎ向かうと、見事に落とし穴に◯◯が落ちていた。
     まず見つかったことにほっとして「おおい」と声を掛けてると「小平太様……?」とか細い応えがある。
     小平太は素早く落とし穴から◯◯を救い出すと、背負って保健室の方へ歩き出した。折れてはいないだろうが至る所に擦り傷があり、片足首も捻挫しているようだった。
     小平太も◯◯も喋らなかった。背負った体が妙に熱い。多分発熱している。気ばかり急いて全力で走ってしまいたいのに、揺らさないようにすると鈍足になる。小平太が内心煩悶していると、「あの、」と小さく掠れた女の声が聞こえた。小雨に溶けて紛れそうだった。聞き漏らさずにいられたのは同室の男(極度の小声)のおかげかもしれない。
    「小平太様、どうしてここに」
    「お前の仲良しのくのたまが心配してな、わたしのところまで来たのだ」
     ◯◯は友の名を呟いて項垂れた。
    「帰ったら声をかけてやれ」
    「ご迷惑、お掛けしました」
    「うむ」
    「……怒ってらっしゃる?」
    「いいや」
     ◯◯に怒ってなんかいない。
     心配と不安と己の不甲斐なさで軟弱な心が潰れてしまっただけだ。
    「池に何の用事だったんだ?」
    「以前、河童がいると仰っていたのを思い出しまして。探しに行ったのです」
    「…………河童はいたか」
    「いませんでした」
    「あれは寝る時しか池にいない」
    「そうなのですか」
    「そして大体徹夜している。池の河童を見物するのは中々難しいのだ」
    「まあ。知りませんでした」
     ふう、と長いため息が漏れる。喋る声が間延びしてきている。眠たいのかもしれない。
    「私ときたら物知らずで、穴にも落ちて、どうしようもありませんね」
     そう笑って言う。どこか甘く軽やかな、でも確かにそれは◯◯が自分自身に向けた刃である。
     小平太は憤った。気の利いた言葉一つ出せない情けない自分が嫌だった。この小平太をこんな気持ちにさせるのは、どこを探してもこの女一人だけだった。
    「わたしは、お前を持て余しているぞ」
    「小平太様、私のことで悩んでくださるの」
    「もうどうにかなりそうだ」
    「うれしい」
     魔性の女だ。

     保健室には新野先生と伊作が揃っていた。
     衝立の奥で怪我の具合を診てもらっている間、小平太は伊作を連れて保健室の外に出た。
    「例の件だけど」
     先に口火を切ったのは伊作の方だった。
    「主成分はスイカズラで間違いない。けれど少量、おかしな配合があった」
    「やはりか」
    「彼女はなんて?」
    「毎日飲むようにと」
    「水銀だと思う。一粒に入っている量はほんの少量だけど、何年も長期間摂取し続ければ」
     ふと沈黙が降りた。水銀を使った毒殺は忍びには常識である。
     くのたま長屋に忍び込んだあの夜、小平太は帰ったように見せかけて◯◯が寝静まってからもう一度侵入していたのだ。その日は一粒拝借して帰り、翌日よく似せた偽物とすり替えた。それから伊作に鑑定を依頼したのである。
     小平太はすっかり自信をなくして愚痴った。
    「伊作。わたしは腹芸に向かん」
    「そんなことないよ」
    「あの女中を殺ったら◯◯が泣く」
     伊作は大きな猫目をぱちくり瞬いて、破顔して言った。
    「白雪さんて◯◯さんっていうんだね」
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