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    ganiwaoo

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    di夢

    山田家箱推しエンジョイ勢土井半助vs伝蔵過激派くのたま六年生 仰向けになって転がっている蛙の隣に◯◯はいた。生い茂る草の影でひたすら身体を小さくしていた。たらりと額から汗が伝って目に染みても、◯◯は指先一つ動かさないで、じっと息を潜めた。季節は初夏、青い草いきれで胸がいっぱいになる。
    「よーし、お前たち。今度こそよぉく狙えよ?」
     苦味走った壮年の男は、横並びに整列させたちまこい少年たちを前に、揶揄い混じりに的を指差した。昨日まで少し伸びていた爪は、既に深爪気味にきっちり整えられている。そういうとこ几帳面なのほんとに尊い。
     じり。音に鳴るか鳴らないか、うっかり◯◯が砂利を踏み締める。それに被るように「はあい」と元気なお返事が聞こえた。一年は組のよい子たちは今日も健やか。
     隣の蛙の上には蟻が這っている。初めにこの草場に潜り込んだ時にはまだ僅かに上下していた白い腹は、今ぴくりともしない。事切れているのだ。ほんの瞬きの間、◯◯の意識がそちらへ向かったその瞬間、
    「ガマ子ー!!!!!!」
    「うるさっ」
     生物委員会委員長代理の竹谷八左ヱ門が滂沱の涙を流して飛び込んできたのだった。
    「なんだお前ら!?」
     あーあ見つかった。
    「ガマ子がっ!ガマ子がっ!」
    「なになに〜?」
    「竹谷先輩なんで泣いてるの」
    「あっまた◯◯先輩がいる!」
     わらわらとよい子たちが集まってくる。もうだめだ逃げよう。立ち去ろうとした途端、襟首掴まれてひょいと猫の子みたいに持ち上げられた。
    「ア゜…」
    「またお前か。授業の邪魔をするな!」
     彼と目と目が合っている。目と目が合っている?
     ◯◯はボンッと全身を真っ赤に染め上げた。
    「竹谷!生物委員会は檻を新調するなりしなさい!脱走させるの何度目だ!?」
    「予算が降りなくて……」
    「お金がなくても工夫しろ!その、ガマ子といったか。こんなところで死んで可哀想だろうが!」
    「はい……」
    「山田先生ェ、◯◯先輩も死にそうです」
     おや、という顔されて◯◯は地面に戻された。ぺちゃりととろけたスライムみたいになった◯◯はヒュッヒュッと息をしながらそろりと男を見上げる。めっちゃ困った顔してる。結構レアだ。
    「……見学してっていいですか?」
    「帰れ!」

     その男の名前は山田伝蔵といった。
     ◯◯を恋という名の辺獄へ叩き落とした小憎たらしいあんちきしょうである。


     忍術学園くの一教室六年生の◯◯は、山田伝蔵に初恋を奪われていた。しかし教師と生徒という立場の隔たりに加え、伝蔵には歴とした最愛の妻と息子がいる。◯◯の淡い初恋は自覚と共に散った。
     だがしかしだ。
     そんなことですっぱりと諦めが付くような恋ではなかった。その秘めたる恋心は◯◯に超人的な才能を開花させたのである。
     ストーカーの才能だ。
     ◯◯はめちゃくちゃ、とっても、比類なく、ストーカーが上手かった。
     対象に気取られることなく監視、諜報、物資の入手を行えるのだ。忍びとしては花丸満点である。ただしこれは伝蔵絡みのときだけ、あと三回に一回くらいは普通にバレている。相手もガッチガチの元プロ戦忍であるからして。
     しかし三回に二回はあの伝蔵を本気でビビらせてるのだからえらい事だ。

    「それで、罰として授業で使った手裏剣の回収を?」
    「いえ、それは自主的に」
    「自主的に」
    「むしろご褒美なので…」
     偶然に用具倉庫の前で◯◯と立ち会った一年は組教科担任の土井半助は、次の授業に使う備品を見繕いながら本日の一部始終を半笑いで聞いていた。半助だけに。
    「好きだねえ、山田先生のこと」
     しみじみと言われ、◯◯はぽっと赤らんだ頬を手で押さえながら「はい」と頷いた。かわゆい乙女の仕草を一瞥もせずに、半助は必要な分の整理を終えて首をこきりと回して言った。
    「まあ。初恋は実らないっていうしね」
    「土井先生ってノンデリサイコパスってよく言われません?」
    「今初めて言われたよ」
     用が済んでいるはずの半助は、両腕をゆるりと組んで倉庫の戸口近くの壁に背を預けた。◯◯が終わるまで話し相手になってくれるらしい。一応先生らしく説教でもするのかしら、なんて◯◯は思った。
    「利吉くん。会ったことある?」
    「山田先生のご子息の」
    「そう。すごくよい子。山田先生の奥さんもとっても美人さんで」
    「知識マウントですか?」
    「私はねえ、あの一家のことが大好きでね」
    「マウントですね?」
     説教ではなかった。マウントである。◯◯はどちらとも面識がないのに、半助はつらつらと思いの丈をぶちまけた。やれあれが素晴らしいだのここが尊いだの、幼少の利吉くんの愛らしさだのそれを見守る夫妻の厳しくも暖かい眼差しだの。
     間違いない。この人山田家箱推しなのだわ。と◯◯は悟った。
     それでいうと◯◯は伝蔵過激派だ。こんな違いは些事であろうと一般には思われるが、そこには海よりも暗く深い溝が横たわっているのである。
     助けてシナ先生、私今思想で殴られています。
     ◯◯は頭の中でくの一の友の頁をぺらぺらと捲った。 ◯◯は手早く箱の中の手裏剣を揃えて片付けると、半助の方へ足を向けた。
     触れ合うぎりぎりまで近づいて、下から御尊顔を覗き込んでやる。丸い目をぱちりと瞬いて、どこまでも余裕そうな顔をしている。
    「私、土井先生のことも好きですよ」
    「んー?」
    「一緒に死体を埋めてくれそうだから」
    「殺ったの」
    「殺ってません」
    「いいよ」
    「殺ってない」
    「んふ」
     半助は悪そうに肩を揺らして笑った。
     シナ先生、喜車の術ダメです。
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