君だけがいないアウローラ歴が始まるずっとずっと気の遠くなるような昔。
純粋種の吸血鬼悪魔天使しか存在しなかった時代。
「それは“鼓動”というんだよ」
優しく彼女はそう言って微笑んだ。
無知で無垢な私にゆっくりと丁寧に一つ一つ教えてくれた。
翼の生えた背中。
翼が無意味になった私達は、大地での移動の仕方を懸命に学んだ。無意味な部品だと思っていたこの足で歩くことを知った。
彼女と二人だけの人生を始めた。
翼は飾りになった。
でも気にならなかった。
飛べなくてもいいからただただ彼女と歩みたかった。
私が、“飛べない籠の鳥”でいた方がきっと彼女の結末はもっと優しいものだったと思う。
◇
長い白銀色の髪がベットの布を這う。
ゆっくりと身体を起こした。
私は彼女ではない。彼女は私の近くにはいるけれど。
彼女は私と同一ではない。
雪音とかの悪魔は同一と言ってもいいのだけど、それよりも生まれ変わりなんてロマンに溢れる言葉の方が合っているように思う。
私と正反対の黒銀の髪。
綺麗な空を閉じ込めた瞳。
綺麗な綺麗な彼女。
嫌うなんてなくてただ魅入った。
「ふぅ」
気合いを入れるために息を吸って吐く。大丈夫。だって私だもん!
愛の想いの強さに負けて身体貸しちゃっただけだし!
でも愛の暴れっぷりを考えるとなんか気分が落ち込むけれど…そんなことばかり考えた所で今日会うというのは代わりようのない事実で。愛がやっちゃったことはしょうがない!
ちゃんと謝って事情をってこの事情って無闇に話していいのかな。
ねぇって聞いてもうんともすんとも言わない愛。
本当に天使なのか疑いたくなる。昨日のアレは子供の癇癪そのものだった。
◇
昨日
◇
「廻!廻でしょ?!ほら、わたしだよ!」
「誰ですか?」
「えっ?」
「めぐるなんて人知りません。人違いだと思います」
嫌!嫌!嫌!だって貴方は廻でしょ!違うなんて言わないで!貴方に会うためだけに私今日まで生きてきたんだよ?
思わず大粒の涙が溢れる。
私の事嫌って知らないって拒絶しないでよ!
封印に長年の摩耗それでも人にはあまり余る“原初の人”に与えられた力。それが彼女たち三名を巻き込もうとした時、それは起こった。
「全く。自分の身すら守れないなんてね。呆れるわ」
腕がない左袖が風に靡いた。
「一歌…さん」
助けた人物の名前を呼ぶ声は戸惑いと悪感情に塗れていた。
◇
昨日の一件で立艦に保護及び監視される事になったクラン。
一生懸命荷物を箱やキャリーケースにしまっていく。
愛は今日ずっと拗ねたままだ。
命題を否定されたのだ仕方ないとは思う。
お母さんの思い出が詰まったここを離れるのは嫌だった。この制服も結構気に入っていたんだけどな。ただ昨日のことが二度と起きない保証ができない。だから必要な事だ。と自分に納得させる。
愛が大事にしてたぼろぼろのピンク色のリボンは髪につけることにした。
髪邪魔にならないといいな。
この髪はお母さんとの絆の象徴みたいなものだし…。
そんなこんなで荷物をまとめるのが終わった。
明日は早いし眠ろう。おやすみ愛。
◇
翌日
◇
新しい朝て言うけど、今日の私にとっては本当に“新しい”。まっさらな制服を着る。ベルトの装飾が少し難しい。白ピンク水色のグラデーションが入った制服。
わるくないかな。
くるっとその場で回る。愛は無言を貫いたままだ。
準備はあらかじめ終わらせてある。
あとは迎えの人が来れば…
ちょっと寂しいな。
ピンポーンと機械音が鳴る。
はーいと返事をし玄関目指して一直線に進む。
「立艦、遊撃部隊所属。朱雀 栞枝だ。」
すざくかえでさん覚えた!
「今日は君の護衛と荷物運びを頼まれた。よろしく」
顔は笑顔ではないけれど、差し出された手には優しさが感じ取れた。だから私はその手を握って
「これからよろしくお願いします!」
と返事をした。
◇
「よろしくした身であれだが、別に俺と君は別部隊だぞ。君の所属は遊撃部隊じゃなくて主力攻撃部隊第二班航空艦預かりと聞いている。」
肩書きが長いよ!
「第二班は予備部隊でな。主力とついてるがサポートがメインだ。安心しろ。」
揺れが少ないような運転をする栞枝さん。
「そうなんですね。じゃあ前線には…」
「…補給基地には行く必要が出てくる。その時は悪いが危ない橋を渡ってもらう事になる。」
少し悲しそうな表情だった。
「大丈夫ですよ、きっと」
「だといいんだが。気をつけてくれ。何も信じるな。俺の発言も信じなくていい。」
そういう彼はやはり悲しそうな目をしていた。信じないって難しい。何かを信じて縋らなければ生きていけない。情報を集める必要がある。そう思った。
◇
「はじめまして。クラン・コール・リミテットと言います!よろしくお願いします!」
元気よくハキハキと。
昨日の事が伝わっているのか刺さる目線は冷たかった。
だから私は、昨日の出来事の当事者たちの元へ向かう事にした。
「昨日はごめんなさい!詳しい事情を話したいの、でもあまり人には言えなくて…。黒髪の貴方だけにしか言えなくて…。」
「私とひゆちゃんは除け者ってことですか?また昨日のような事が起きない保証もないのに?」
「なので、二人には何も起きないか監視してほしいんです!」
言いたいことなんとか言えた。
それならとしぶしぶ了承してくれた。
◇
深く息を吸って吐く。心を落ち着かせる。長い長い昔の話それをしないといけない。
「君は」
名前がわからず戸惑うようにそう口にした。
「私は雨津宮 雪音。雪音でいいです。」
彼女の声はとても聞くと落ち着くものだった。
「雪音ちゃんは創世の神話全部知ってる?」
それは創世の神話の最後に位置する神話。
遥昔、気が遠くなるほど昔の話。
神様と天使と悪魔と吸血鬼しかいなかった時代の話。
その天使はあまりにも綺麗で。神様に幽閉されていました。窮屈な鳥籠の中、立つことも、歩くことも、飛び立つことも許されないそんな世界が彼女にとっての全てでした。
彼女は狭い籠の隙間から見える空を眺めていました。ずっとずっところころと変わる空の色だけを。眺めていました。
そんなある日のこと。
一人の悪魔が彼女の檻に近づきました。
「私は廻!め・ぐ・るだよ!」
名前もなく声もだしたことのない天使。目に映る空の色ではない黒色にただ目を惹かれました。
悪魔は次の日も、次の日もまたその次の日も檻の前にやってきます。
悪魔は廻は天使にたくさんの事を教えてくれました。
いつのひか天使は喋れるようになりました。
「名前ないのは悲しいよ。私が付けてあげる!」
そう言った廻は宝物を見るような目で愛(まな)と名づけました。
「愛。私は愛」
嬉しそうに歌う様にそう呟く。
胸の辺りがポカポカと暖まる気がした。
しばらくして廻が言った。
「この檻壊せないかな?壊せたら二人でどこまでもどこまでも旅ができるのに」
「私も廻と同じものが見たい!」
二人でたくさんたくさん祈った。夜空の星がきらりと光った気がした。
次の日檻の一部が崩壊していた。
二人は喜んではじめて手を繋いだ。
人と触れ合うことはこんなにも優しく温かいことなんだと知った。
でもそれを神は許さなかった。
二人を追放した。それは罰ではなかったと気づくことすらできなかった。この時は。
二人で下界へ行って。二人で暮らすことにした。
楽しかった面白かった、綺麗と感動した。心が惹かれた。たくさんの思い出ができた。
二人このまま一緒にいれることを願った。
でもその願いは叶うことはなかった。
目が覚めると廻の姿がなかった。
慌ててそこら中を探し回った。でも最愛の貴方は見つからなかった。
顔も名も知らぬ天使に囲まれ抵抗も虚しく天界へと連れ戻された。
目の前には廻の姿があった手を伸ばす。廻も拘束具を付けられていた。その背中には届かない。手を伸ばす。
明るすぎる光が視界に映る。
廻!と叫んだ。
廻の身体がぐちゃりと崩れる。
けたたましい悲鳴。
それは私の声だった。
廻は私の全てだった。
彼女がいない。私の中のなにかが壊れていった。
「そんな話じゃなかった筈じゃあれは悪い悪魔を神様が倒したやつじゃ…」
「信じられないかもしれないけど。これは神話の天使愛本人から聞いたこと。私は解離性同一障害じゃない。証明は、愛が拗ねてる今は難しいけれど…」
「あんたの顔嘘じゃなさそうだから信じたげるよ…」
ぶっきらぼうな優しさ。
「それであんたは、私を廻ってやつの生まれ変わりだといいたいの?」
「私というか愛がそう言ってた。愛を暴走させてしまって、止められなくてごめんなさい!」
深々と頭を下げた。
「終わったことだからいいよ…。顔上げて。あんた悪い奴じゃなさそうだし。」
「よろしくねクラン。」
この人ならこの人なら信じてもいいってそう思ったの。
◇
南鳥(なとり)ちゃんやひゆちゃんとも時間はかかったけどお友達になれた。
南鳥ちゃんは航空艦に配属されてから長いそうで色々教えてくれた。
元々は実験的部隊で第一班の総旗艦一歌さんが発案したらしい。
その後枠に入った雨津宮琴音さんと神宮零さんが戦果を上げ正式な部隊になったそう。その時に南鳥ちゃんが配属されて。
でも神宮零さんが行方知れずになって跡部 奈鼓 (あとべ なこ)さんが穴埋めで入って後を追う様に雨津宮琴音さんが失踪して南鳥ちゃんが旗艦になってひゆちゃんがやってきて、第一班に跡部 奈鼓さんが引き抜かれた後に雨津宮雪音ちゃんが所属したらしい。
複雑だなとため息を吐く。
雪音ちゃんのお姉ちゃんに親友さん。早く見つかるといいけど…。
◇