シェントゥについて知りたい…?
本人がいるんだから、本人と一緒に行動するのが一番じゃないか。
……それだけじゃ駄目? 恐れ多くて質問なんかできないって? なんだそりゃ。あいつだって、話をしてみりゃ普通の人間だぜ? 取って食われるわけでもあるまいし……いや、ま、気持ちはわからないでもないが。ああ、まあ食われた方がましなんじゃないかって気持ちになることも、……まあ、…あるよな、うん。それは否定しないが……そうだな、そういう覇気とでもいうのか、ちょっと人を寄せ付けない、ただ者じゃないなって雰囲気があるのはよくわかる。ま、ちょっと腹を割って話せば年齢相応の、ごく当たり前の人間だよ。こう、…祭り上げられて、距離を取られるのがしんどいってのは、ミッシェ、お前にだってわからないわけじゃ、ないだろう? そう構えたりしないで、本音のまんまぶつかってみるのが一番いいと思うぜ。
とはいえ、聞きにくいって気持ちもわからん訳じゃない。ここらじゃ特に、テオ将軍を倒した話が強調されてるし、そんな話、本人にはとても聞けやしないよな。どんな戦いだったのか、あいつがどんなふうにみんなを率いたのか……俺の話だって一方的なものだが、それでもあの時一緒に戦った人間じゃなきゃ伝えられないこともある。あいつの人となりがどんなものかは、お前自身が直接あいつと付き合って知っていくしかないが、世間で言われてる英雄なんて言葉で変に近寄りがたくなっちゃ元も子もない。いいさ、英雄としてじゃないあいつ、シェントゥ・マクドールがどんな奴なのか、たいした参考にはならないとは思うけど、少し話をしようじゃないか。
しかし改めてあいつについて話せといわれると妙に緊張するもんだが…どこから話したもんかな……ああ、そうだよ。あいつが解放軍のリーダーだ。あいつの前にリーダーをつとめていたのが、ああ、この話もどうせ奴から聞いてるんだろ。そうさ、オデッサだ。
思うところはなかったか、って? 彼女の死後、その遺志を継いできっちりリーダーとしての責務を全うしてのけた奴相手に思うところも何も……なかったわけじゃ、勿論ない。でも、そんなちっぽけなことにこだわってたら、それこそ彼女に笑われるどころの話じゃない。年下のガキに嫉妬して、自分の成すべきことを放り出しちまうなんて、それこそあいつに顔向けなんか出来やしないからな。
まあ、俺のことはどうでもいい。シェントゥの話だしな。まあ、今の話でもわかるだろうが、あいつのそういうところ…なんと言ったらいいのかな、オデッサから託されたものをまっすぐに受け取った上で、あいつ自身が自分で選び取った未来を高々と掲げ上げてみせるような……そんな周囲の人間が思わず背筋を伸ばしちまうような、あんな人間はそうはいない。
背筋が伸びるっていっても、品行方正でいなきゃならないとか、そういうわけじゃない。解放軍はとてもじゃないがお上品な組織って訳じゃなかったし、あいつ自身も山賊やら湖賊やらの柄の悪…いや、癖のある連中とやけに気が合ってもいたし、まあ、いろいろあくどい手も使わざるも得なかったからな。シュウのやり口なんざ、マッシュに比べたらかわいいもんだぜ。偽印づくりだの、お医者先生の拐かしだの……その手のろくでもない手口に、あいつめ、目を輝かせてたりさ。
まあ、なんだ、付き人がいるような坊ちゃん育ちだが、性根のところは結構な悪ガキだぜ、あれは。もっとも、それでいながら野卑に染まるってわけじゃない。泣く子も黙る山賊湖賊の野郎どもが飲むわ打つわの乱痴気騒ぎを繰り広げている中でも平気な顔でちんちろりんで金を巻き上げておきながら、時間になるとさらっと立ち上がって涼しい顔で勝ち逃げ、なんてこともあったっけ。それじゃあぼくはこの辺で、お前たちも適当なところにしておけよ、なんてしゃあしゃあと言ってのけてさ。
そんな言動が当たり前だと思わせる風格、なんてものも持ち合わせてる。オデッサにもそういったところはあったけど、ああいうのがやっぱり器が大きいっていうんだろうな。…っと、本人には言うなよ? 特に俺が言ってただなんてのは、絶対ここだけの話にしといてくれ。
……ああ、わかったよ。ったくお前も随分人が悪くなったな? 黙って置く代わりにもっといろんな話を聞かせろって、ああ、いや褒めてるんだぜ? そういう強かさってのは大事さ。シェントゥの奴は、あいつは育ちが育ちってのもあって、そういう交渉には長けてはいるがお前はその点、むしろ相手に対してどこか遠慮するようなところもあったから、そのくらいの方がちょうどいい。
そうだな……最初は、特にあいつ個人に対してはどう、とも思わなかったな。ビクトールの奴が色々あって帝国から追われる身になったシェントゥたちを無理矢理アジトに連れてきたんだよ。そりゃ敵対する帝国側の大将軍のご子息さまだ。警戒をしなかったわけじゃないが、見た目は付き人に守られたお坊ちゃんだし、あれでビクトールやオデッサの人を見る目は信頼してたしな。
少なくともオデッサの信頼を裏切るような奴じゃないだろうってのは、俺だって感じてた。まあ坊ちゃん育ちの奴があんな地下のアジトでの生活に不平不満を言わずに過ごせるわけがない、なんてことも最初は考えたが、それは俺のあなどりだったよ。あいつさ、文句を言うどころか、進んで自分からアジトの日常の用を片してくれてさ。付き人のほうがおろおろして後をついて回ってて。坊ちゃんはそんなことをなさらなくても、って。
……後で聞いたら、軍を率いる者は下々の仕事も熟知してなきゃならないってんで、親父さんや棍の師匠に一通りの下っ端仕事は仕込まれたって話でさ。まあ慣れた仕事ってわけじゃなかったが、匿ってもらう以上は相応の仕事は分担しないと、だなんて殊勝なことも言ってたっけ。思えばあの頃のあいつはまだ素直だったんだよな…っと、これも絶対に言うなよ?
まあ出会った頃の印象ってのはそんな感じか。結構やるじゃないか、坊ちゃん育ちだと思っていたがなかなかどうして。しかしこの先どうしたもんか…、って程度だった。その程度だったんだが……でもな、何故かあいつがオデッサの遺志を継いだって聞いたときには……勿論衝撃は受けたさ。でも不思議なことに、…なんでだろうな、おれは、ああ良かった、これであいつの遺志を生かしていけるって、どこかで胸をなで下ろしたような気持ちになった。本当に、我ながらひどい話だと思うが…まあ、それはあいつとは関係のない話だな。
シェントゥ・マクドールって人間と、だからちゃんと向かい合ったのはあいつがオデッサに代って解放軍のリーダーとして立ってからってことになる。さっきも言ったとおり、俺自身はあいつに思うところはなかったし、あったとすればむしろビクトールの奴に対してで…まあ、それもまた別の話だ。世間じゃ色々言われてるし、そう仕向けたってのもあるが、俺に関しちゃ、一番大事だったのはとにかくオデッサの遺志を生かし続けることだけだったからな。その一点の利害さえ一致すりゃ、あとはどれだけ効率的にうまく役割を演じてのけるかどうか、だ。
その点あいつは役者としても一流だった。見事に、本当に見事に解放軍の首領の役割を演じきった。望まれた英雄の姿を、そりゃあ、もう…嫌になるほど、完璧にな。
あいつのすごいところはさ、その演出さえも自分自身の意思だったってとこだ。うん、軍師殿の筋書きはあったさ。でも勿論いいなりってわけじゃない。こっちも…まあ、その片棒を担いでいた訳だが、あいつはちゃんと自分の意思で、あの戦いを勝ち抜くには自分がどんな役割を演じるべきか、そしてそのためには何を犠牲にしなければならないのか…全部わかった上で、そいつを全部自分の選択だって言ってのけて見せたんだ。
正直、敵うわけがないって思っちまった。笑えるだろ、いくら帝国ではすでに成人を迎えた年齢だったとはいえ、あの頃のあいつはまだ子どもといっていい…今のお前より一つか二つ年上なだけのひよっこだったんだぜ? そんな子どもが、…いや、子どもだったからなのかもしれないな。オデッサが指し示した理想と現実をまっすぐに受け止めて、帝国の不正義に憤って…そうだ、あいつは俺にだって矜恃ってものがあると、怒りを殺しきれない眼差しを向けてきてた。汚名を被らせるのが気に食わない、それを笑って引き受けるお前がもっともっと気に入らない、だったか。そんなことをまともにあの顔で言われてみろ。ああ、こいつがリーダーだ、って、そんなふうに胸に落ちるに決まっているじゃないか。
ああ、だからってそう構えるな。あくまで俺にとっては、の話なんだから。
今のあいつはそんな責任だの責務だのを放り出して、自分が思った通りに勝手気ままに動いてる。お前に手を貸そうと決めたのだってあいつ自身が決めたことだし、誰かに何かを強制されることをよしとなんてしない奴だよ。
だから遠慮なく、聞きたいことがあったら聞いてみるといい。
シェントゥのやつ、結構お前のことは気に入ってるみたいだからな。下手に顔色なんて伺わないで、そのまま真っ正直に当たってみろよ。
あいつも、その方が喜ぶだろうからさ。