黄昏時のタイムラプス 1―01―
「約束する。俺が死ぬ時、俺がお前を殺してやる」
そう言った21歳のアキは、この世で一番美しい微笑みを浮かべていた。
♦︎♢♦︎
早川アキは、少し孤独なごく普通の子供であった。
彼は北海道の北端の、雪深い町に生まれた。
隣の家まで行くのに何百メートルも歩くような、田舎である。
学校以外では、遊ぶ友達もろくにいなかった。
両親はいつも病弱な弟にかかりきりで、アキは半ば放置子のような扱いを受けて育っていた。
幸いインターネットが発達している時代で、タブレットを見れば娯楽が溢れていたが、彼の心はいつも満たされなかった。
何かが足りない。欠けたピースを恋しがるような、不思議な喪失感がいつも彼を襲っていたのである。
しかし日々は、つつがなく過ぎた。なんの変化も、発展もなく。
そんなつまらない日常が突然破壊されたのは――彼が、悪魔に襲われた時だった。
遠く離れた学校からの、帰り道のことである。
悪魔の存在は知っていたが、こんなど田舎で遭遇するなんて思うはずもない。助けを呼ぶにも、民家はそこから遠く離れていた。
悪魔は巨大で、赤い血の色をした、人間のような顔がついていた。真っ白で深い雪の中に出現した、異形で異質な人外の存在に、腹の底から恐怖が競り上がる。
悪魔の伸ばす複数の手が、幼いアキの足元から腹に向かって這いつくばってきた。
アキが戦慄いて死を覚悟した、その時。
ブウゥン。
空気を切り裂く、音がした。
彼は――鮮烈だった。
チェンソーを腕と頭から生やした人物は、あっという間に悪魔をめった斬りにした。その過程で彼の腕がスパンと一本ふっ飛んだので、アキは息を呑んだ。しかし彼は、そんなことにまるで構わない。止まらない。
滅茶苦茶な軌道で、馬鹿みたいな強さで、自身も血塗れになりながら悪魔を切り裂いていく。
ギャハハハと高笑いしながら悪魔を討つ彼は、悪魔よりもよほど悪魔的であった。
しかしアキは、彼を恐ろしいとは思わなかった。
彼は味方で、アキを守ってくれているのだと――そう、確信していたのである。
何故なのか、アキにもわからなかった。
けれど彼の戦いを見て高揚するアキの心には、いつもの喪失感はもうなかったのだ。
悪魔を倒した後、血の海の中で息を切らしたチェンソーの男は、こちらをぐるりと振り返った。
彼はみるみる間に、人の姿に戻っていった。
まだ成長途中にあるような、少年と青年の狭間の姿。麦穂色の柔らかそうな髪に、黄昏色の三白眼。人相が悪いけれど、どこか幼なげな顔。ぜいぜいと肩で息をしており、その赤い口からはギザギザの歯が覗いている。
痩せているがしなやかな筋肉のついた身体を揺らして、彼はアキを真っ直ぐに見た。
彼はまるで――安心したように、または懐かしむようにその目を細めて、言った。
「アキ………………。」
彼はそのまま、ばったりと倒れた。
アキが恐る恐る近づくと、まるで眠るように気を失っていたのである。
アキはそっと遠慮がちに、血塗れになった麦穂色の頭を撫でてみた。
それは思った通り、柔らかかった。
これが――アキとデンジの、出会いだった。