〈敵艦損傷拡大、このまま畳みかけましょう〉
「か、簡単に言ってくれるじゃない……!」
ゲームから聞こえる冷静なオペレーションとまったく同じ声帯の、しかし打ってかわって焦りの滲む声が、隣から漏れる。
「ほら一旦降りて、回復して、ブースト!」
「降り、降りるってどうやるのささらちゃ……あーーーっ!待って!」
すずきつづみがコントロールを失っているうちに敵艦の機能は回復し、再び猛攻をかけてくる。
「ちょっ、待って、あ、あーーーーーーーー!!」
敵艦の砲撃がすずきつづみの青い機体にドカドカと降り注ぎ、そして大爆発した。
生配信のチャットに『惜しいw』『あちゃーーー』『ドンマイ!!』といった言葉が雨あられと流れていく。同時接続4000人、そこそこの盛況だ。
声の仕事を始めて十数年、すずきつづみはそのクールなボイスで、とあるSFアクションゲーのオペレーター役の座を射止めた。
ゲームは数百万本のヒットを出し、発売から2ヶ月経った今でも界隈の熱は冷めない。ところが公式はというと、派手なイベントもせず淡々とアプデ情報を上げるばかりである。その潔さも好ましいが……さらなる祭りを渇望するのもファン心理。
そこで声優陣の何名かはめいめいに、ゲーム実況を配信しはじめたのだった。
「ぜ、全然ダメダメね……No.7役の山川さんとか、グラッセズ役の谷口さんなんか、結構すいすいと進めていたのに」
「うーん……でも、アクションゲー初心者の割にはなかなかじゃない?」
「ささらちゃんのオペレーションのおかげ。全く、どっちがオペレーターなんだか」
ゲーム配信、ひいてはアクションゲームのプレイ自体ほぼ未経験であったすずきつづみは、その手のコンテンツに慣れている私、さとうささら(すずきつづみと同じく声優である)の指南を受けながら、なんとかプレイと配信をこなしている。
「こんな下手くその実況なんて面白いのかしら」
とすずきつづみは自信なさげにしていたが、問題ない。
へにゃへにゃ初心者プレイでもニヤニヤ眺められるくらいには、彼女自身と、彼女の出演したゲームには魅力があると思う。私が保証する。
現に、
『すずきさんオペネキのイメージしか無かったけど案外ふにゃふにゃで可愛い……』『これが……ギャップ萌え……』『へろへろオペネキ……閃いた!』
とチャットが盛り上がっていた。
うんうん、皆順調にすずきつづみ沼にハマっているようだね、と後方彼氏面をする。吹き替えメインの声優であったすずきつづみは、「萌え」に類する感情を向けられた経験があまりないらしく、
「閃いたって、何を……?」
と面食らった顔をしている。かわいい。
それに引き換え、視聴者どもめ、
「まあこのささらちゃんがオペレーターならね、ばっちこいよ!」
と言った瞬間、
『いやささら女史のオペネキとか鼓膜ないなるわ』『すずきさん大丈夫?耳とんでない?』
などと一斉に私をいじり始めるの、ちょっとヒドいんじゃない?
そんなことをしている間にもすずきつづみは果敢に敵機体に挑み……さっきの半分も削らないうちに爆発四散していた。
「私のターヘル・アナトミアが……悲しいわ……」
「ターヘル……つづみちゃん、それ機体名なの?」
「機体を見たら思い浮かんだのよ。可愛いでしょう」
「ごめん全くわからない」
ターヘル・アナトミアという名前も、メタリックな青に彩られた機体も、可愛いという言葉がいまいち似合わない。ギリギリ「かっこいい」ならわかるけれど。わかるかなあ?
「うーん、なかなか大変ね、攻略」
「つづみちゃん大丈夫?肩もだけど、手、痛くなったりしてない?」
「ええ、大丈夫。そうね……『行くさ、身体が朽ちようともな』」
発売前トレーラーでも使われた名台詞……主人公にとって強大な壁でありながら、心を許せる数少ない相手でもあった作中屈指の人気キャラ「KK」の台詞を、すずきつづみは声真似付きで引用した。
まあそいつ、終盤ですずきつづみ演じるオペネキが……おっと、ネタバレ厳禁。
青くペイントされたすずきつづみの機体「ターヘル・アナトミア」は、何度も何度も大爆破して塗装が剥げかかっている。出撃するごとにテクスチャにダメージが溜まっていく仕様はSNSでも話題だ。オタクはこういう作りこみが大好きなんだ。他でもないこのさとうささらも。
深い青が剥げて金属らしさが見え始めると、機体の印象はだいぶ変わる。
「そういえばつづみちゃんの機体、KKにだいぶ構成近いんだね」
「気づいた?今揃えられる限りだけど、近づけてみたの……ちょっとね」
「やっぱ意識してるんだー!動きやすいから?」
「それもあるけど……」
さっきより少しだけ慣れた動きで、敵のレーザーをよける。
「確かに動きやすいのはあるんだけどそれよりも……KKに惚れてしまったの、私」
「おあ!?」
〈新型艦接近中です、退避を……!〉
待て待て新型艦どころじゃない。この私でも、すずきつづみが「猫以外の推しを作る未来」は想像できていなかった。
それに、口ぶりからするにただの推しではなく「ガチ恋」っぽい気配を感じる。
……よりにもよってKKなのが、役柄的にはすっごい皮肉だけど。
「KKがかっこいいのは割と全会一致だと思うけどさ……。わかるよ?わかるけども。ちなみにどういうとこが好きになったの?」
「そうね。まず、シンプルに強そうなことかしら。私はまだトレーラーでしか彼の姿を見られていないけれど、彼の動き、とても鮮やかで……」
画面に集中しながらも、すこし頬を染めて答えるすずきつづみ。
コメントは
『恋バナ始まって草』『こ~れは修学旅行』
などとこの空気を上手いこと言い表してくれる。
うん、修学旅行の夜、with弾幕って感じ。
心なしかすずきつづみの「ターヘル・アナトミア」の動きはKKをなぞっているように見ええる。そのおかげか、さっきより被弾率を大幅に抑えている。悪くないのでは?
「実戦での活躍だけじゃなくて指揮側にまわっても優秀なのは非の打ちどころがないわ。一人で組織を背負おうとする重圧と戦いながら敢えてフランクで明るい態度をとるところとか、どんな汚れ仕事に手を染めても誇り高さを失わないところなども見ていて胸が締めつけられるの。ああ、あんな事が起こらなければ……!もっとも、ああなってからの様子も大変良いのだけれど。役柄上ネタバレを避けられなかったこと、重ね重ね悔しいわ。記憶を消して戦いたい……!」
普段小説の、映画の、街で見かけた猫ちゃんの感想を語るときにしか聞けないオタク特有の早口でまくしたてながら、すずきつづみは着実に敵艦の耐久を削っている。すごいなあ、これが恋の力か。
〈敵艦損傷拡大、このまま畳みかけましょう〉
画面からすずきつづみの声がする。もう一息だ。
「姿は見えないはずなのに、きっと背中が大きく見えるの。あの声はエネルギーに満ち溢れたなめらかな僧帽筋から発せられる声よ。違うかしら?」
「なんか変な幻覚見始めたよ!もうダメだねこのオペネキ」
右へ、左へ。砲弾をかいくぐり、新型艦に肉薄する「ターヘル・アナトミア」。
迫る艦橋。機体は青い火花を散らしながら左腕のランスを溜める。
3、2、1……
エネルギーを溜めたランスが放たれた。思いがけない言葉とともに。
「私、わかったの。……KKは、ささらちゃんに似ている」
ランスは、敵艦の弱点を的確に突いた。
スローモーションになる映像。敵艦はじわじわと誘爆を繰り返し、そして見事な花火となった。
〈目標、撃破。……腕をあげたわね〉
画面の中のすずきつづみが、彼女らしく控えめな賛辞を贈る。
いろいろと言いたいことはあるが、とりあえず私からも言わせてもらおう。
「私、そんなに立派な僧帽筋ないよ……?」
こうして、オペネキことすずきつづみによる「新型艦破壊」配信は無事に幕を閉じた。
なお、配信から数時間も経たないうちに。
『KKガチ恋オペネキ』
『オペネキはKKを永遠にしたかったから「抽出」を依頼した説』
『KKを解体新書しちゃった……ってコト!?』
『KKの曇り顔に傷つきながら興奮していたヤンデレオペネキ』
『元カノ(手記の描写を見ると彼女がいてもおかしくない)の面影を求めてKKに辿りついてしまったが、どれだけKKを愛したところで元カノが戻ってくるわけではないのだと身をもって知り、絶望の果てに壊れてしまったオペネキ』
など、数々の強烈な「幻覚」が界隈を席巻したのは、また別の話である。