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    バラライカ

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    バラライカ

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    初めにボさんに絵画モデルやらせたいなと思って書き始めた。その過程でボさんに愛と美術を学ばせてみたいと思うようになって更に書き続けたけど、結局うまく行かんかった。書きたい表現詰め込むだけ詰め込んでよく分からない話になった。
    絵の描写とボの心情描写をもう少し簡潔にできたらまだ読みやすくなってたかもしれない。
    思い通りには書けなかったけど、書きたいものを欠点だらけでも書ききれたのは◎

    ボさんがネオくんの絵画モデルをやる話「…あとどれぐらいだ」
     キオが見れば発狂するであろう、画材が散乱し、絵具の匂いが染みついた小部屋。その窓辺に置かれた丸椅子に腰かける俺はただの鉄の塊だった。ネオンというアンドロイドの糧となるためだけに、今、この時、この場所に俺は存在している。
    「あともうちょっと。休憩する?」
    「…いや、必要ねぇ。続けろ」
     ネオンの持つ筆の穂先が絵具を介してカンバスの表面を撫でる音が淡々と響く。それに付随して、二人分の駆動音が小さく鳴っている。
     ネオンと俺がイーゼルを隔てて向かい合い始めてからかれこれもう数時間。太陽から生み出される昼の陽光はすっかり鳴りを潜め、背後から差す西日が辺りを包んでいた。
    今まで稼働してきてこれほどまでにじっくりと太陽の生活を体感するのは初めてだ。同じ姿勢で微動だにしないのも、数分の間に何度も秒針の活動を見やるのも。そして、絵画のモデルなんてのも———

    「…もう一度言え。よく認識できなかった」
    「だから、何度も言うけど…」
     ボーラに絵のモデルになってほしい。そうネオンから打診された時は耳を疑った。
     王者や大道芸人、闇マスターに元教祖。顔の広いなんでも屋ならばモデルなんぞ選り取り見取りのはずだ。にも関わらずコイツはそれらの選択肢の中からわざわざ日陰者の探偵を採択した。その至りに首を傾げざるを得なかった。
    「…分かんない。ボーラを見た瞬間に描きたい、ってなったから」
     何度理由を問おうが返ってくる答えは何度だってこれだ。堂々巡りの会話に憮然の擬音が口元から漏れる。
    鉄の塊を描き写すなんざ酔狂な道楽に付き合ってやれるほど俺は暇ではないし、義理立てもない。動機が不明瞭ならばなおのことだ。
    「話にならねぇな。他を当たれ」
     潰えた時間を少しでも補おうと立ち尽くすアンドロイドに背を向け、足早にその場を後にする。
    しかしそれから間もなくして、その歩みはネオンによって妨げられることとなった。
    「待って!!」
     怒気を孕んだ声音に聴覚センサを突き刺され、らしくもなくひるむ。
    普段のバベルのパフォーマンスでも、全アンドロイドの存亡がかかったあのステージでも、これほどまでに激しい色を滲ませた叫びをコイツの口から耳にしたことはない。
    いつの間にやら別個体にすり替わったのではあるまいか。目を擦る代わりに瞬きを数回繰り返し、目の前に立ちふさがるアンドロイドを見下ろす。
    「…ボーラに、手伝って欲しい」
     普段の消極的で無機質な居ずまいからは想像できない、気迫。言葉の節々と毅然とした態度からそれがひしひしと感じられる。
    「僕の“伝えたい”を描くのを、手伝って欲しい」
     くすんだ緑の瞳から放たれるひたむきな輝きを帯びた眼差しは、彼方に見える水平線よりも真っすぐだった。
    「…伝えたい?」
     その眼差しに触発されてか、忌々しい過去が記憶領域の下層から這いずり上がってきた。そして、瞬く間にネオンのそれと重なった。
    いつだったか鏡越しに見た、純真なkokoroのみを携え、がむしゃらにkokoroの声を聞こうと努める、無垢なアンドロイドの眼から注がれる『それ』。kokoroを持つ限り、希ってしまうのだ。喉から手が出るほどに、光で目が眩んでしまうほどに、ただ、真っすぐに。
    それが痛いほどのよく分かるのだ。
    「…チッ」
     舌打ちを溢しながらジャケットから端末を取り出し、急遽仕事が入ったと端的に記した電子メールをキオに送信する。
    「こちらの言い値で報酬を支払うなら、依頼という形で受けてやってもいい」
    「ほんと?」
    「ただしだ。半端な仕事はするんじゃねぇぞ。俺も、手は抜かねぇ」
     相対したネオンの、瞳の中の光の輪をじっと覗き込むと、黒々とした瞳孔に紫が灯った。それからすぐに艶めく桃色の唇が弧を描き、自信に満ちた笑みが現れた。
    「…もちろん。ぜったい、いい絵にする」
     それにつられて、自分の口角も持ち上がった。

     部屋の中はすっかり陰り、窓の外には暗闇が落ちていた。世界が寝支度を始めているのが分かる頃合いになってようやく作品が産声を上げた。
    「どう?ボーラはこれ、どう思う?」
    「…審美眼なんてもんはねぇぞ」
     期待に満ちた表情と無邪気な声色で問いかけられる。やれやれと椅子から立ち上がり、どのような仕上がりかだろうかとカンバスに近づいて、画面を覗き込んだ。
    その刹那、全身のパーツが熱を持って震えた。
    「…これは、何だ」
    「…? ボーラだけど…似てない?」
    「違う。俺が聞きてぇのは、この———」
     花霞がかかるように輪郭のぼやけた、楽園と呼ぶに差し支えない、美しい箱庭の風景がそこにはあった。
    中央で椅子に腰かけて窓から差し込む朝陽に照らされながらうたた寝をする男。その周りに咲き乱れる色とりどりの花々。天井から男めがけて降り注ぐ花雨とフローリングの隙間から伸びる小花。天井や壁から枝垂れた花は絵そのものに施された花の額縁のよう。
    カンバス一面を埋め尽くす、たおやかであったり大輪であったり、姿形の異なる、けれど一様に瑞々しさを讃えた花々の色彩。それらは、俺の視覚センサを瞬時に覆いつくしたのだった。
    「この花は」
     辺りを見回すも花はもちろん花弁の一枚すらも見当たらない。花香も、朝日も、草木に付着する朝露もこの部屋には存在しない。
    だからなおのこと、部屋に配る視線と同じものをネオンに向けずにはいられなかった。
    「左からガーベラ。フリージアと、たんぽぽと、それから…」
    「種類じゃねぇ。この花はどこから出てきたって聞いてんだ」
    「どこから?…ボーラの内側、かな」
     こいつの眼をくり出して自分の眼窩に嵌めてやりたい。微かな苛立ちと共に衝動が沸き上がる。
    俺の内部に花が咲き乱れているとでも言いたいのか。しかしながらそう実直に語り出しそうなくらいに、ネオンの口調は明瞭としていた。
    「ボーラはどのお花が好き?」
     ボディのみをフリーズさせる俺にネオンは見向きもせず、まだ乾ききらない絵肌にその顔をそっと寄せた。鼻をひくつかせるような動作にない息を呑む。
    「僕はぜんぶすき」
     ふと男の足元に寄り添うようにして咲く薔薇の蕾と、その脇でのびのびと葉を広げる浅葱色の花が目に留まった。他の草花に比べ、一際彩りを帯びているように見える。
    「ぜんぶぜんぶ、ボーラにとっても僕にとっても、きっと大事なもの」
     その言の葉に促され、小さな庭の広がる画面を見つめる。
    ラメによく似た花粉を散らしながら微笑む金色の花と可憐ながらもどこか毒々しさを孕んだ桃色の桜。風花の如く降り積もる上品な、気味が悪いほどに真白の花弁。太陽の光をいっぱいに浴びるオレンジがかった向日葵。
    そして、開きかけの、他のものより一等大きくなるであろう、今はまだ小さい無色透明の、力強く根を張る花蕾。その傍に咲き揃う目に痛いほどの蛍光色の花々。
    その全てに次々と目を奪われる。幾重にも重なった絵具が形作る、花弁の上できらめく恵みの花露にも。
    「咲き続けてる限り、抱きしめるのをやめちゃダメだと思うんだ」
     目の前の牡丹色の綿毛が瞬き、うっそりと瞼が閉じられる。
    「自分が枯れるまで、咲かせ続けてあげたい。僕を咲かせ続けてくれるお花があるな ら、枯れさせたくない。そう思うくらい、僕は皆を…」
     ネオンは昼寝から覚めるように瞼を持ち上げると、その場に立ち尽くす俺とカンバスに閉じ込められた男を交互に見やった。それから流れるような手つきで画面の男と引き合わせるようにして俺にカンバスを差し向けた。
    「この絵、ボーラにあげる」
    「…報酬のつもりか?」
    「ううん。ボーラに持っててほしいから」
     美術とは、絵とは。アンドロイドの俺に分かるはずがないと、馬鹿馬鹿しいと吐き捨てられたらどれだけ良かったか。
    絵を見た瞬間に感じ取った沸騰するような、未だボディにくすぶるあの奇妙な感覚。この不可解な感覚をどこか他所へやってしまうのがどうしてか惜しく思えてならなかった。
    「…いらん。美術品のコレクターになるつもりはねぇからな」
     どもりを喉奥に押し込めて、出しかけた手をズボンのポケットにねじ込み、ドアコックに手をかけた。 
    「それに…心配には及ばん。枯らすようなヘマをするつもりはねぇ」
     微かに眉を下げるネオンに背中越しに語り掛ける。自分でも笑えてくるほどに、滑稽な言葉選びだ。

     芝浦邸を後にし、事務所への帰路を辿る。その道すがら端末を確認するとキオから数件の留守電が届いていた。
    『もしもし? ボーラさん? 俺だけど、さっき新規の依頼が来てさ。確認したいことがあるから、メッセージ聞いたら折り返し…』
    『キオ! アニキと話してんのか!? ずりぃ! 代わりやがれ!』
    『もー! ちょっと静かにしてて。聞こえなくなるだろ。…て、ことだからさ。また後でね』
    『アニキ! オレ、アニキが帰ってくるまで待ってるッスね! 』
    『だーめ。充電残量ほとんど残ってないだろ。クレードル行くよ』
    『な、離しやがれ! オレはまだスリープしなくても…!』
     そこで音声は途切れていた。
    相変わらず、かしましいことこの上ない。しかしながら、これくらい生きが良い方が枯れる心配はないだろう。そう内心ほくそ笑えむ。
     街灯がぽつりぽつりと灯る道を、事務所を目指して足早に歩く。そのずっと向こうまで、花の香りが漂っているような気がした。

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    バラライカ

    MOURNING初めにボさんに絵画モデルやらせたいなと思って書き始めた。その過程でボさんに愛と美術を学ばせてみたいと思うようになって更に書き続けたけど、結局うまく行かんかった。書きたい表現詰め込むだけ詰め込んでよく分からない話になった。
    絵の描写とボの心情描写をもう少し簡潔にできたらまだ読みやすくなってたかもしれない。
    思い通りには書けなかったけど、書きたいものを欠点だらけでも書ききれたのは◎
    ボさんがネオくんの絵画モデルをやる話「…あとどれぐらいだ」
     キオが見れば発狂するであろう、画材が散乱し、絵具の匂いが染みついた小部屋。その窓辺に置かれた丸椅子に腰かける俺はただの鉄の塊だった。ネオンというアンドロイドの糧となるためだけに、今、この時、この場所に俺は存在している。
    「あともうちょっと。休憩する?」
    「…いや、必要ねぇ。続けろ」
     ネオンの持つ筆の穂先が絵具を介してカンバスの表面を撫でる音が淡々と響く。それに付随して、二人分の駆動音が小さく鳴っている。
     ネオンと俺がイーゼルを隔てて向かい合い始めてからかれこれもう数時間。太陽から生み出される昼の陽光はすっかり鳴りを潜め、背後から差す西日が辺りを包んでいた。
    今まで稼働してきてこれほどまでにじっくりと太陽の生活を体感するのは初めてだ。同じ姿勢で微動だにしないのも、数分の間に何度も秒針の活動を見やるのも。そして、絵画のモデルなんてのも———
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