ロージーの製造日をお祝いできなかったボーラさんの話「あ、お帰り。ボーラさん」
深夜、事務所に戻るとソファでくつろぐキオに出迎えられた。室内の照明は落とされ、ささやかなオレンジ色の光だけがキオの手元のモニターを照らしている。
「久しぶりだな。調査の方はどう?」
「問題ねえ」
部屋の所々に散らばる紙吹雪や壁に取り付けられたままのガーランドに視線を向けながら、キオの隣に腰を下ろした。
「ロージーはどうした」
賑やかな宴の残骸から気を反らすように天井を仰ぐ。付け加えて、まるで思い出したかのような口ぶりで、キオに問いかけた。
「スリープしたよ。はしゃぎすぎたのか、皆が帰った瞬間に落ちちゃってさ」
ふと見やったモニターには、キオの記憶データが映し出されていた。
ファイル名はロージー製造日パーティー。日付は六月十五日。まごうことなき昨日の記録だ。
「この衣装、ラナさんが仕立ててくれたんだぜ」
切り分けられた長方形のケーキにかぶりつくアンドロイド達と共に、生クリームを口いっぱいに頬張る、白の衣に身を包んだロージーを、キオが指さした。
白のジャケットに、ワインレッドのマント。銀の冠に、デンタのピンバッチがつけられたタスキ。それら全てがロージーのためにあつらえられていることは、恐らく言及されなくても瞬時に理解できただろう。元々ロージーの一部であったのではないかと錯覚してしまうほどに、その容貌に馴染んでいる。
「で、これは耳元でクラッカー鳴らしてきたコバルトにキレてるロージー」
髪に紙吹雪を付けながらコバルトに掴みかかるロージーと、それをなだめようとするアンドロイドたち。その渦中に居ながらにこやかな顔つきのコバルト。
その場の騒がしい光景が容易に想像でき、意図せず表情筋が引きつった。
「あと、プレゼント。凄い量だった」
部屋の隅に積み上げられた大小様々、色とりどりの箱たち。それら一つ一つを、照れくさそうにはにかみながら、満更でもなさそうに受け取るロージーに、いつものとげとげしさはない。
ただし、フランからプレゼントを受け取るときだけはあからさまに表情を歪め、天敵に威嚇するかの如く警戒心をあらわにしている。
「…本当に、楽しそうだったなあ」
一通り記憶データを見終わると、どこか遠くから香ってくる菓子の甘い匂いを吸い込むかのように、恍惚とした表情でキオが呟いた。
その瞼の奥で昨日の記憶を振り返っているのだろうか。弧を描く口角と、次第に晴れやかなになっていく表情がキオの内心を明るみに出す。
何より、記憶データの最後に収められていた、その日一番であろうロージーの満面の笑みが、キオの言わんとしていることを十分に語ってくれていた。
「…そうか」
幾体ものアンドロイドに祝福されながら、嬉しそうに目を細めるロージーの姿を想像した。
「…ていうか。それ、いい加減ロージーの部屋に置いてきたら?」
背に隠したアクセサリーショップの紙袋。キオは俺の身体を隔てて、それを指さした。
唐突な言動に呆然に取られる俺を見て、にやけ面を浮かべてキオが続ける。
「プレゼント渡すためにわざわざ時間作って帰ってきたんだろ?」
こういう時、有能な助手は厄介だ。いつもの仕返しと言わんばかりに、こちらの隠し事を遠慮なく見抜く。
「…チッ」
キオを横目で睨みつけながら舌打ちを溢し、事務所を速足で通り抜け、居住スペースへと足を踏み入れた。
キオの部屋を通り過ぎ、自分の部屋も素通りする。一直線に、あいつの部屋を目指す。
そうしてたどり着いた部屋の扉を開けると、ピンクの光を放つクレードルがすぐに目に入ってきた。
足音を立てないようにしてクレードルの傍まで寄り、その中を覗き込む。
「…ロージー」
そこには、両手両足を左右に投げ出して眠りにつくロージーの姿があった。
キオの記憶データで見た白のジャケットや冠は取り払われ、首元のタイは緩められている。
おもむろにクレードルの傍に置かれたスツールに腰かけ、暗闇の中にぼんやりと浮かび上がる白い肌をまじまじと見やった。
そして、ロージーの額をそっと撫でると、しばらくそのまま、その健やかな寝顔を眺めていた。
朝陽が昇るのと同時に、ロージーは己の瞼を持ち上げた。身体をクレードルから起こし、形ばかりの伸びをする。
寝起きで霞んだ視覚センサーをチューニングすると、途端にロージーの寝ぼけまなこが大きく見開かれた。反射的に後ずさりし、幽霊を見るかのような面持ちで、視線の先のアンドロイドを見つめる。
「あ、アニキ!?」
眉間に皺を寄せ、腕組みをしながらスリープする、尊敬する上司がクレードル脇に鎮座していた。
「何でアニキがここに…?」
アニキは張り込み調査であと三日は事務所に戻らないはずなのに。
その疑問がロージーの電子回路をぐるぐると巡回する。
これは夢か幻か。一週間ぶりに上司の顔を見るせいもあってか、余計に現実感がない。
ひとまずクレードルから下りようと縁に手をかけると、指先に固い何かが当たる感触が、信号に変換されて電子脳に届いた。それと同じくして、聴覚センサーがカサッという紙の擦れる音を捉える。
手元を見ると、金色のインクで英字が印刷された、手の平に乗る程度の大きさの黒い紙袋が横倒しになって置かれていた。
「何だこれ…」
見覚えのない品物にロージーは眉をひそめ、シルバーのネックレスとメッセージカードの入った紙袋に手をかけた。
それから数秒後、事務所にロージーの叫び声が響き渡ったのは言うまでもない。
その絶叫でボーラのスリープは強制的に解除され、キオは手に持っていたコーヒーカップを灰色のスウェットに盛大にぶちまけた。
こうしてBXR探偵社には、いつにも増して騒がしい朝が訪れたのだった。