ア?冨岡はべつに良いんだよ、べつになァ。「実弥君、私達そろそろ付き合おうよ」
え、なんで??
目の前でヘラヘラ笑ってる彼女がそう言った瞬間、思わず「ハァ?」と答えてしまった。だってそうだ。俺と彼女は同じサークルで、よく話しかけてくるからそれに答えて、なんか傍に寄って来るけど放っておいただけで、特別何か有ったわけじゃないし。申し訳ないとは思うが恋愛的な好意を持ったことなど一度も無い。明るくてよく喋るいい子だとは思うけど。
そろそろって、なんだ??
「アァ…わりぃ、今は勉強に集中してぇから」
「……ぇ?なんで、だって私達ずっと仲良かったじゃん!」
サークルでやたらベタベタしてくるのも、誰かと会話してたら必ず入って来て隣に並んでるのも、それをどうでもいいと思って気にせず放置してたのが彼女にとっては思わせ振りな態度だったらしい。冷静に考えたら俺も悪いかもしれない。
「マジでダチだと思ってた…」
誠心誠意、謝罪の気持ちを込めて頭を下げる。
「……でも、実弥君と話すの楽しいし、一緒にいると安心するし……」
いやだから、勉強があるし、友達だしって断ってるのに何で蒸し返すんだよ。もう一度ごめんって謝ってみたけど、ずっと俯いたまま何やらもごもごしている。
粘ればイケるとでも思ってんのかこいつ。しんど。
授業の時間もあるし、俺は「じゃ」と言ってその場を離れた。それも悪かったらしい。
授業が終わった教室から移動しようと隣に居る冨岡に声を掛けた時、四、五人くらいの女の集団がずかずかとこちらへ向かって来た。驚いていると、そいつ等が俺の目の前で止まり、一人がバンッと音を立てて机を叩いた。
「不死川君さあ、ちょっと酷いんじゃない。あの子アタシの友達なの。ヤルことやって捨てるってさあ、最低じゃん」
「何の話だ、まったく覚えがねぇですけどぉ?」
「しらばっくれないで!あの子泣いてたんだから!」
周りの奴らの視線が痛い。痴漢になった気分だ。完全に俺がアウェイ。
この女が友人だと言っている、俺に告白してきた女が、あること無いこと吹き込んだと言う事は分かった。それにブチ切れて乗り込んできたと言うのも理解した。
言い掛かりが酷い。そもそもタイプじゃなかったし。俺は黒髪天然清楚系の美人が好きなんだよ。子供みてぇな女とヤル趣味はねぇわ。
「あの子と付き合ったことはねぇよ。今朝告白はされたけど…それを断っただけだ」
「最悪!嘘つき!」
アカン、聞かん、逃げよ。逆恨みに真面目に付き合ってらんねぇし、人の噂も七十五日だ。周りもそのうち興味無くすだろ。それにずっと黙って目をパチクリさせてる冨岡に、俺のこんな姿を見られるのが非常に嫌だ。正直そっちの方が怖くて変な汗出てくるし、どうしよ…冨岡にまで最低とか言われたら…何か…泣くかもしれねェ。
「先ほどから聞いていたが、不死川はそんなことしない」
「…は?」
高すぎず低すぎず、とても綺麗で凛とした声が響いた。この声マジでずっと聞いてられるわァ。癒やされるゥ。こんな明らかに勝ち目のない状況で俺を擁護してくれて有難うなァ。お前とダチになれて良かったわ。でも逃げようなァ。
「不死川は絶対にそのような事はしない」
「あんた自分の友達だからってねえ!」
鋭い視線が俺から冨岡へ移る。やめろ、可哀想だろうがァ。
冨岡がため息を吐いた。白くて長い指の綺麗な手が俺の方に伸びてきて、その腕が俺の首にしがみついて来た。
ア?
肩に冨岡の頭が寄せられる。少しの重量と温かい体温。一体何が起きている?
「違う、俺の彼氏だ。俺が居るからそんなことしない。したとしたら、俺を裏切ったと言う事になるな」
長い睫毛をバサバサさせて、青い宝石みたいな目が悲しげに揺れる。綺麗な顔でしょんぼりとされたら、色恋に煩い彼女達の同情を誘うのは楽勝だった。
「え、そぅ、だったの…?」
「不死川…浮気したのか?」
「っ!?してませんけどォ!?」
冨岡の目尻が光る。まさかこいつ、泣いてる…?
彼女達は慌てたように目を見合わせた。なんてったってイケメンが目を潤ませているのだ。母性が大爆発だろう。
「ぁー…、もしかしてアタシ、何か聞き間違えたのかも……ごめんなさい。戻ってちゃんと聞いてみる」
「頼むわぁ…なんかの間違いだと思うからよ」
彼女達が去った後、こちらを気にする視線はチラホラあったが、いつもの教室に戻ったようだった。移動するもの、帰るものでガヤガヤと煩くなり、俺達を気にするものは殆ど居なかった。
「上手に出来ただろ」
ムフフと笑い、冨岡がドヤ顔をしている。
これは悪戯が成功した時の笑い方だ。
「間違いなく主演男優賞はお前のもんだァ」
「不死川のためだからな」
「ありがとうなぁ」
しがみつかれた時、少しキュンとしたのは誰にも言えない。コイツの顔が良いせいで近くに寄られただけで動悸がするんだよなァ。目くりくりさせんな。もっと褒めてほしいって顔でこっち見んな。可愛いんだよクソが。
「しかし何処で覚えたんだあんなの」
「昨日姉さんが見ていたドラマでやってたんだ。凄く楽しそうだったから、姉さんが喜ぶかと思って覚えていた」
「アー……姉ちゃんにはやんなよ、ビックリしちまうからな。俺だけなァ」
「ふむ?」
冨岡の姉ちゃんには助演女優賞をあげようと思う。
次の授業に移動する必要があるのに冨岡はまだ準備をしていなかった。俺は冨岡の荷物を急いでカバンにしまい、もたついてる一回り小さい手を引いて教室を出た。その際繋いだ手にギュッと力を込めたら、冨岡の指のしなやかさを直に感じられてまたキュンとしたのも黙っておく。
兎に角俺は、気の無い奴に無駄に傍に寄らせたり、思わせ振りな言動をするのは控えようと思いました。