モブ佩♀地獄の釜の底から響くような悲鳴が、夕暮れの路地裏から聞こえる。何かが折れるような音が暫く鳴り響いた後、手足のない女体が蹴り飛ばされ、往来へと転がされた。
四肢の欠けた裸体がゴム毬のように滑稽に跳ね、地面へと叩き付けられる。
その女体は全身を余すことなく痣と傷に覆われていた。小石で肌を擦り剥き、怪我の上へと更に怪我が重ねられた。
街道を歩いていた男の脚に、女の赤黒い血飛沫が飛び散る。草履を汚され憤慨した男は幾度か女の腹を蹴り付け、気怠そうにその場を立ち去った。
咎める者はいない。路傍の石を踏み越えるように、街角の犬を意に介さぬように、彼女へ降り注ぐ暴力を気に留める者はいない。
時折、荷車の車輪が女の腹を踏み付けていく。砕かれた肋骨と潰された臓物が腹の中でかき混ぜられた。
仰向けで横たわる女の容貌は醜いの一言に尽きた。叩き割られた頬骨が顔の脂肪と筋肉を貫き、原型を見出せないほど腫れ上がっていた。
へし折られた鼻骨は皮膚を突き破って露出し、腹を空かせた蠅が止まっていた。
血の滲んだ唇から咳と共に血液を垂れ流す。僅かに覗く口腔は歯を残さず叩き折られていた。
眼窩は両方とも収まるべきものが収まっておらず、空洞の洞穴から涙の代わりに男の体液を溢していた。
鈍った刃物で粗雑に切り落とされた手足の断面から、濁った血液が止め処なく流れ落ちていく。
擦り切れるほど酷使された性器からは小袋が飛び出し、それすらも男たちに踏み躙られて潰されていた。
既に死体も同然の身体で、尚も女の魂は地上に縫い留められていた。
鬼の始祖が討たれ、鬼と鬼殺隊の千年に及ぶ憎悪の拘泥に終止符が打たれた後も、配下の鬼は死に絶えることはなかった。
人智を超えた力を失い、陽光に灼かれることもなくなり、ただ不死であるだけの無力な生物となった鬼たちは、各地で迫害と虐待の対象となった。
かつて帝都で破壊と殺戮の限りを尽くした彼女もまた、人々の悪意と欲望と鬱憤の矛先として日々虐げられていた。
民衆の暴力は彼女の肉体の再生を上回り、もはや手足と目と歯は失われている時間がほとんどであった。
孕むことのない胎に精液が無意味に吐き出され、抗うことも逃げることもできない女体へと、情け容赦のない足蹴と殴打が加えられる。
死という救済すら施されぬまま、彼女は生きながらにして地獄を彷徨っていた。
「おい、厠。礼はどうした」
路地裏で女を殴りながら犯していた男たちの声が聞こえた。女体を取り囲み傷口を踏みつけながら、罵声と痰を吐き捨てる。
女は歯のない口から必死に言葉を紡いだ。
「この罪深い悪鬼に罰を与えてくださりありがとうございます」
「この罪深い悪鬼に罰を与えてくださりありがとうございます」
「この罪深い悪鬼に罰を与えてくださり、ありがとうございます…」
虚ろな声色で感謝の言葉を繰り返す。
唇と頬を少しでも動かせば骨の破片が食い込み痛みに苛まれる。それでも更なる苦痛を加えられることに怯え、男たちの機嫌を損ねぬよう、女は自らに加えられた蹂躙へと謝辞を述べた。
尊厳も自尊心もとうの昔に磨耗して失せていた。
切り刻まれた女の魂に残された、たった一つの希望。それは焔色の髪の剣士に見付けてもらうこと。
かつて帝都での戦いに敗れた罰として鬼の始祖に捨てられ彷徨っていた女を匿い、束の間の甘く安らかな時間を与えてくれた高潔な男に首を切り落としてもらうこと。
その焔色の髪の剣士が既にこの世を去っていることを、擦り切れた女の魂は覚えていなかった。