三度目の正直 一度も染めたことの無い綺麗な髪が伸びている。もう少しで結えるのではないか、襟足が肩についている。活動中は上げている前髪を今は下ろしているので、形の綺麗な額も隠れてしまっている。表情が見えづらいのが残念だ。いつまでも産毛しか生えてこない口元がよく動いており、声を張る現場が続いたのか若干かすれている。定期報告でもするのだろう。紙面を見ていた通形のガラス玉のような目がふいにこちらへ向けられる。色素が薄いので隈が余計目立つ。かわいそうに。
「?治崎、分かんないところあった?」相槌がなくなったことに気付いた通形が伺ってきた。
「可愛いな」
するりと、その言葉が出てきて自分でも驚いた。ずっと話していなかったからなのか声の大きさを間違えてしまったようだ。ずいぶんと大きな声を出してしまい少し恥ずかしい。間抜け面が見える。
「悪い、中断した」
聞いてなかったわけではない。決定されている話を一方的に聞くだけなのでぼんやりと久しぶりに会う同居人を眺めていただけなのだ。言ったところで言い訳にしかきこえないだろうな。
いたたまれなく、続きを促すが通形はいっこうに口を開こうとしない。嫌な予感がする。
「もっかい言ってよ」
「は?」
「かわいい。初めて聞いた」
「可愛い」
「はは、言っただけだ」
さほど期待はしていなかったようで、それだけで終わった。おそらくもうあと1、2分で話は終わる。そうしたらまた、通形は事務所へ戻っていく。自分はまた部屋に戻る。三度目はいつ言えるだろうか。