閃光にとける 上がる花火にロナルド君とジョンが歓声をあげた。
焼きそばと炭酸飲料を手にしたロナルド君は、上機嫌だ。
ジョンを真ん中に挟んで、私も空を見上げる。
それは一昨日のことだ。
「頼む! 頼むよ! 花火マッチョの記憶を上書きさせてくれ!」
などと、ゴリラは意味の分からないことを頼み込んできた。
「なんだい、花火マッチョって」
「ね、ねこが」
「猫?」
「毛玉……あわばばばば……」
「うわー!? え、ちょっと!?」
マナーモード宜しくガタガタブルブルしながら泣き出した。
……なんかよくわからんが、トラウマ的ななにかがあったらしい。
なので少し可哀想になったのと、ジョンが楽しそうだったので引き受けてみた。
焼きそば、たこ焼き、ラムネにノンアルコールのビールと焼き鳥、イチゴ飴なんかも用意して、屋上はちょっとしたお祭り会場だ。
せっかくなので、キンデメさんも水槽から花火を見上げている。死のゲームも楽しそうに花火をみていた。
そういえば、こういうときってポンチ出るんじゃないの? 仕事は? って訊いたら、今日はお願いして休みにしてもらったとのこと。
よほど猫のマッチョがトラウマになったらしい。いや、猫のマッチョってなに?
「たーまやー」
「ヌーヌヌー」
ジョンはせっかくなので、私の手縫いの甚平を着ている。朝顔模様が可愛いらしい。
それをみたロナルド君がすごく羨ましそうに見ていたので、こちらは去年の浴衣で我慢してもらった。
そうしたら、「お前も浴衣を着るんだよ!」と強制されてしまった。
良いけどさぁ。
「わたあめを作る機械、なかなか楽しいな……
なぁ、今度はソーメンぐるぐるするやつ買おうか?」
ケチルド君がそんな事を言うなんて珍しい。よっぽど機嫌がいいんだな。
「良いけど、あれじゃあ君、物足りないだろ。私は永遠に素麺をいれる係なんて疲れるからいやだぞ」
椀子そばならぬ、椀子素麺。嫌すぎる。
「う、じゃあ自分で……やる」
うーん、寂しそうな顔をしてしまったな。
「それならギルドでジャンボ流し素麺とかやれば良いだろう?」
「それだとサテツが全部食い尽くしちゃうじゃん」
あー……
「御真祖様に頼む?」
きっととんでもないモノが出来上がるだろうけど。
提案したら即座に却下された。
「俺は、その、にっぴきで花火みたり流しソーメンしたかっただけだから」
「そう? まぁ確かに、その方がゆっくり食べられるだろうしね」
「あ、うん。それも、そうなんだけど、俺はおま」
パァン! と花火が上がったと思ったら、ドドドドドドパァンパァンパァンパパァァァン! と連続で上がり出す。
「——、——!」
音でよく聞こえないけど、ロナルド君が、口をパクパクさせて何かを言っている。
「え? なに?」
多分私の声も聞こえてないんだろう、困惑した顔で花火と私を交互にみている。
と、花火の上がり方が普通にペースに戻った。
「……なんて?」
「……なんでもない」
めちゃくちゃしょんぼりしてるじゃないか。
「そう言えば花火って音楽流してて、それに合わせて上げているんだっけ? めちゃくちゃ早いテンポの曲だったのかな?」
「……そうだなー……」
いや、テンションひっく。
さっきまでのご機嫌はどうしたんだ。
しかたないなー……
「ほら、ロナルド君。あーん?」
「……え!? な、なんだよ、急に!?」
「いや、綿飴食べるかなって。はーい、お口をあけてー?」
なんだか顔を赤くしながらも素直に口を開ける。
「……あめぇ」
「綿飴だからね」
甘いもの好きだし、これでよくなると良いんだけど。
「……ド、ドラ公……その、俺……俺、おまえの」
ドドドドドドドドドドドド! パパパパパパパパパパパパパパパパァァァン!!
「またかよ!?」
ロナルド君がなにかを口にしようとすると、またバカみたいに花火が、打ちあがる。
「うわっ、ヤケクソみたいな上げ方だな!?」
「ちょ、うるさいうるさい!」
「ヌヌヌヌヌ!?」
「もはや花火というより閃光弾」
「眩しすぎて逆になにもみえませーん!」
みんなの突っ込みが聞こえたのはここまで。
あとはもう爆音で、ほぼなにも、聞こえない。耳が痛い。目も光で眩む。結果砂った。
「ぐぶ……情緒とは……」
「いやぁ、激しい花火だったね……」
なんなんだ。ロックかなんかが流れたのか?
某太鼓ゲームの超難関曲もびっくりの連打っぷりだったが?
てかこれ、一般市民の方々大丈夫だった?
あれこれ不思議に思いつつ片付けていると、ロナルド君がビニールの上で寝っ転がったまま動かない。
「ほーら、五歳児。お片付けの時間でちゅよ~」
「うっ、うっ、俺の……俺の夏は終わった……」
可哀想にとジョンが頭を撫でてあげている。
よっぽどヤケクソ花火にショックを受けたんだろうか。
そう言えば結局、ロナルド君は私になにを言っていたんだろう?
「いや、まだ夏本番だろ」
勝手に終わらせるじゃないよ。
「まだまだ暑い日も続くし、花火だってまたどこかであがる。お祭りもやるし、海水浴もプールも行くんじゃないのか?」
「……」
無言で私を見上げ、
「ま、また花火を一緒にみてくれるのかよ」
「君が望むのならね。それでさ、さっき聞こえなかったの、なんて言っていたの?」
問いかけに。
ロナルド君は視線をジョンとキンデメさん、死のゲームへと順番に向けた。
無言で居住まいを正し、まっすぐに私を見つめ、
「……ドラ公さん」
「ん? なんだね?」
「そのぅ、本当は花火を観ながら……言おうとしていたんだけどよ……まさか、あんなロックな花火とは思わずに……終わってて……」
「そうだね?」
「だ、だから、その、今、言い直す。
俺、ドラ公のこ」
ドンッ、ヒュルルルルパァン!
『えっ』
終わったはずの花火がひとつ、あがる。次いで、ふたつ、みっつ。よっつ。いつつ。
おい、なんだこれは。
地上をみれば、案の定シンヨコの皆様も戸惑っているのがわかった。
「な、なんだ!? おまけ!?」
「んなわけあるか! プログラムにも載っているが、さっきので終わりのはずだ!」
——つまり。これは。
ロナルド君と目が合う。
「……俺がなにかを言おうとすると、邪魔をするようにあがるんだけど」
「まぁ、そうだな。きっと君の邪魔をしたいんだろう」
厄介なのに好かれるね、君。
なんて、あたりを見渡していると。
「私は、吸血鬼、告白すると花火で打ち消されるそういう青春大好き!」
唐突に屋上へと上がってきた美青年が顔を出した。
下から上がってきたのか、若干息が荒い。
「てめぇ……! てめぇが原因か! こんちくしょーーー! 邪魔しやがって!! 退治してやる!」
「ハッハッハ! 青春のもだもだをありがとう退治人! なかなか良いときめきだったぞ!」
「やかましいっ!!」
わずか数秒。あっという間に退治完了。
さっさとVRCに連絡をして引き取ってもらった。
なんだったんだ、あれ。害しかないじゃないか。
あのあとのロナルド君の落ちこみったら、ちょっとみていられなかった。
なので、とりあえずその凹みっぷりを撮影して半田君に送ってみたら、
「……今回ばかりは、同情する」
という、槍がふってきそうな返事でひっくり返った。
「ど、どういうこと……?」
聞いても、それはちょっとと濁された。
うーん?
一体何だというのだろう。
ジョンに訊いても困った顔をしているし。
一体なんなんだろう。
仕方なく、スマホで近日中に花火大会があるだろうかと、調べてみる。
若造、よっぽど花火が好きだったんだなぁ。なんだっけ、あのふざけた同胞……彼はしばらくはVRC出てこないだろうから、まぁ、次の花火大会は平穏無事に……
「……あれ?」
そう言えば、あれ、なんて名乗ってたっけ。
首を傾げ——
「告白……? って、ロナルド君が? 私に?」
あの状況でそう名乗るならば。
そして、ロナルド君が「邪魔をされる」と言っていて。
「……あ、あれ?」
まさか。え、本当に? 私に? 懸想してる……ってこと!?
「いやなんで!?」
心当たりがないんですけど!?
だって彼、大きな胸派だったよね? ってことは私は問題外でしょう!?
なにがどうしてそうなったの!? 性癖がバグったの!?
じゃあまさか、花火で打ち消されたのは、告白の言葉で。
閃光で見えなくなったのは、彼の真剣な……私へと愛を語る顔で。
そう意識した途端に顔が熱くなる。
「わ、わぁ……どうしよう。さすがにまずいのでは?」
ロナルド君の、私への好感度の上がり方は、せいぜい同居人としてうまくやっていく分には別にいい。
けどそこに、恋心が紛れ込むなんて。
ど、どうしよう? これどうしたらいいんだ?
だって私、そんな目でみたことないよ。
好意を告げられるのは別に初めてではないし、気分はいいけど、それがロナルド君となると。
心臓がぎゅーっとなって、体全体が熱い。
手がふるえる。
なんだこれ。
こんなの知らない。
ど……どうしよう……
オロオロしていると、ロナルドオータムから君が帰って来たようで、卵液にまみれていた。
またあの部屋に放り込まれたのか、こいつ。
「お、おかえり」
「んー……疲れた……」
ふらふらしながらソファーに腰掛けようとしたので、慌てて風呂が先だと追い立てて。
……卵液まみれな顔なのに。いつもなら大笑いするのに。
やたらドキドキしてしまった……
「うわー! まずいまずい! 私ってチョロかった!?」
だってあのロナルド君が私に……なんて考えたら、動揺くらいする。
「と、とは言え、返事……私、あのゴリラをどう思っているんだろうか……」
悪い気はしないけど……しないけど!
でも、その。
こ、恋人……になる、のなら。
え、あ、だめだ、ドキドキしてきた。
あれ、でもなんで? 本当に?
「どらこー……」
「ぎゃっ!」
風呂に行ったはずの若造が、のそりと戻ってきたので、びっくりして死んだ。
「うわ!? なんで死んだ!?」
「いいいいい、いきなり、声をかけて、きたからだ! なんだね!」
「いや、パンツ忘れて」
「持って行くから! 早く戻れ!」
「えーん、そんなに怒らなくてもいいじゃんよ……」
怒られたと思ったのか、めそめそしながら戻っていく。
……ごめん……まだ動揺してるみたい……
調べたところ、土曜日に花火があがるらしい。
これ……教えた方が良いんだろうか。
でも教えたら、告白してくるよね?
いや。だめだよ。
あれから少しだけ冷静になったけど、いくら私が完璧で可愛くてハンサムで紳士でも、恋人にはなれない。
だって、その、彼が望むようなことは、そんなにしてあげられないだろうし。
ご飯も寝床もお部屋も、今以上に幸せ空間にはできる。
でも、体とかつかうアレソレは……無理、じゃないかなぁ……
キス……くらいなら、なんとかなるとしても。
若くて健康な彼が、それで満足するだろうか。
最悪、エッチピクチャーで一人頑張るのはいいとして。
「ドラ公ヤラセてくれないから、ちょっとその辺のお姉さんにお願いして、童貞卒業してくるぜ!」
なんてなったら、死ぬ。泣きわめく。実家に帰る。二度と恋なんてしない。
想像でもそれくらいショックを受けた。
だったら、私は気がつかないふりをするし、告白もさせない。
ロナルド君には悪いけど、どうせご飯に釣られていまだけ、なにか勘違いしているだけだろ。
チョロいし。
私もひとのこと言えんけど。
なのに。
「ド、ド、ドラ公。その、これ」
ゴリラが花火持って帰ってきた。
なんでもお安かったから買ってきたとのこと。
「ジョンも、したいっていうし……花火」
……花火を見に行くことができないから、花火を持ってくるとか……必死か……
「公園で?」
「シンヨコ公園は手持ち花火はオッケーって書いてあった」
調べてきてる……
というか、シンヨコ公園、結構ひといるだろうし、ポンチもいるし、まさかそこで告白するつもりなんだろうか。
いやまさか。まさかね?
そわそわウキウキドキドキ。
そんな擬音が浮いて見える彼に、まぁいいよと返事をした。
まぁ、知ってた。
案の定公園にはポンチもいるし、ひとも多いし、あちこちで花火してるし。
あてが外れたみたいな顔しながらも、花火を普通に楽しんだ我々は、帰路に着いていた。
「楽しかったねぇ」
「ヌー!」
「ソウデスネ」
うーん、目に見えて落ち込んでる……
……本当に、私に告白したかったの?
そんなに落ち込むくらいに?
「ヌヌヌヌヌヌ……」
見かねたジョンが私の名前を呼ぶ。
う……うぅぅぅん……
いやこれ、私悪くないよね……
そもそもの話。
万が一、彼が告白成功したとして。
私はどう答えるのが正解なんだろう。
断る……と、泣きそうだし、後々気まずい。
友達じゃだめ? なんて訊いたら、落ちこみそうだし、諦めてくれなさそう。
でも諦めて他のひとに走られたら……それはそれで、私が実家に帰る事になりそう。
じゃあ、お付き合い……っていうのも。
己の体を見下ろす。
……欲情……しないよねぇ、これ。
やっぱり若造の勘違いだよねぇ。
でもさー……その勘違いで私をこんなに困惑させるだなんて、なんか面白くない。
そういう振り回すのは私の役目だろ。
悶々としていると、パトロール中だったロナルド君が大汗、をかいて戻ってきた。
「え、わ、なに!?」
「……ドラ公っ、こいっ」
「ひっ!?」
なになになになに!?
なんで姫だっこされてるの私!
屋上まで駆け抜けてみれば、空に大輪の花。
「花、火」
しまった。そう言えばそうだった!
「ど、土曜日……花火、やるってきいて」
誰だ、言った奴!
さてどうやって交わそうか。というか、下ろしてくれないかな。
「ドラ公好きだ」
「は」
間髪入れずに告ってきた。
「お前の恋人になりたい」
「え、あ」
向けられる眼差しは、真剣そのもの。
「……ダメ、か?」
どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう、どうしたら。
ああ、またあのポンチ出ないかな。あ、でももう告白したし、意味ないか。というか、顔、顔が近い。
「……おまえ、顔真っ赤」
ロナルド君がくすりと笑う
その、笑顔が花火の閃光で照らされて、綺麗、で。
「私も、好き……」
気がついたら、そう答えてしまっていた。
「まじ!? やったーーーー!!」
ぎゅっとそのまま抱きしめられて、鼓動が早くなる。
わ、わー……
つい、顔面の良さにごり押しされてオッケーしちゃった……
私のばかっ!
でも必死な顔が可愛かったし、かっこよかったんだもん!
「で、でも、あの、私胸ないから、エッチなことはできない、とおもうんたけど、いいの?」
「は? おまえは存在そのものがエッチだろ?」
「え」
「乳首があるだけで立派なおっぱいだ」
「は?」
「ぺたんこでも、俺が開発する……から……」
「……」
「…………おっぱい?」
「……」
「ガ、ガリガリの腹も、そそる……なで、たい……?」
「Y談波だこれーー!?」
さては花火に紛れてピカッとやりやがったな!?
「う、あ、ど、ドラ公の乳首……舐めて吸って……可愛がるから……!」
「もう喋るなっ!」
嘘だろ君、いつからそんな性癖になったの!?
というか、私の胸でいいの!?
真っ赤になった顔をみられたくなくて、手で覆い隠す。
えーん、どうしよう。
すごく嬉しいって、そう思っちゃったじゃないか!
それで、私の心配は無意味だったってことじゃん。
くっそー……悔しい! なんか無性に悔しいぞ!
ここは一つ、なにかしらやり返さなければ気が済まない。
どうしてくれよう。このゴリラ。
考えて。
Y談波のせいで喋ることができなくなったロナルド君の襟を掴んで引っ張った。
「っ、ドラ……」
パァンッ……
花火が上がったその瞬間に、キスをした。
目を丸くして私の事を見つめるロナルド君に、してやったりと笑ってやる。
ロマンチックゴリラのことだから、ファーストキスは夜景の見える場所とか思っていそうなので、とっとと奪ってやる。
奇声を発して飛び上がる……かと思ったのに、ふにゃりと笑う。
あ、あれ?
「ドラ公、俺……」
ドンッ、パァンッ……ドンドンッ……パララララ
「——、——……」
ロナルド君がなにかを囁いたけれど、それらすべてが聞こえない。
世界が、光に包まれているかのような、不思議な感覚。
それに対して呆然としていた私に、なにを思ったのか、彼はもう一度笑うと顔を寄せて……
特大の花火の閃光が眩しすぎて、もうなにも見えない。
ただ、彼から触れてくれた唇は、とても柔らかいのだと印象に残った。