限りある瞬間を抱きしめたいよ 眠れないとき、そっと寝返りを打ちスマートフォンを浮かび上がらせる。
時刻は22:14と何かをするには微妙な時間帯であり、なんとなく持て余した。
今日のぶんのトレーニングは済ませてあるし、走り込みに行くなら朝のほうがいい。
「オレも……別に寝起きが悪いほうでもないんですけどねぇ」
隣にいる要を起こさないようにそっと呟いた。
これぐらいでは起きないと知っているけれど念のため。
気遣いはあるに越したことはないし、別段それが苦痛ではないと気付いたときはいつだっただろうか。
「さざなみって意外と気が利きますよね……」
なんて訝しげに言われたことがある。心外だ。
所作や生き方がお上品なものではないと言い切るだけの雑さは持ち合わせているものの、人並みくらいの丁寧さはなくはないつもりだ。
まぁ……もっぱらおひいさんのおかげっていうか……せいっていうか……それは判断がつけられないけど少なくともオレに礼儀作法を染み込ませたのはあのひとだという自覚はある。
よく怒らせましたよねぇ。
まるで旧友を思わすような口調で言っちまいましたけど、普通に今でも付き合いがある。ただ、所作で乱暴だと怒られることは昔に比べて減った、とは思う。
後輩から漣先輩は礼儀正しいし優しいなど言われた日にはちょっと自分のことか疑っちまいましたけど。
背中が別に触れ合ったわけでもないのに隣の存在を意識してしまう。
相変わらず要は気持ちよさそうに寝ている。何処でも寝れると言っていたあんたは歳を取っても健在なようで。それはずっと変わらない。
変わらないものと変わっていくものを自覚して、ほんの少しだけ焦燥感に似たものを感じる。握っていた砂粒がいつのまにか手のひらからみるみるうちに零れ落ちている、そんな感覚を疑ってしまう。
何かを得て、何かを無くして、それでも止まることなく進んでいく。生きている限りそうしていく。少なくともオレは止まるつもりなどなかった。懸命に明日を掴むためにもがいていた飢餓感はいくらあっても構わないのだ。
それにしてもいろんなことが変わっていったのだろう。
オレ自身は気が付かないことも、多分、きっと違うのだ。そりゃあいつまでもガキのまんまでいいかって言ったら違うけれど。
苦手だったはずなのに敬語で話していることとか、気遣いとか、そんな、言われねぇと気付きすらしないことを思う。
オレがHiMERUのことを要と呼ぶように、あんたの中にも思うところがあるのかもしれない。
時間が切り取られたように、時が分断されたかのように度々要は現在のオレと昔のオレを繋ぎ合わせることに躊躇いを覚えるらしい。
案外身内は成長に気付かないが、親戚は大きくなっただのなんだの言うやつに近い。
空白期間があればあるほど、オレも周りも気付かないことが明確に映るのだろう。それはそれでどこかおもしろくはある。
「さざなみ」
「何すか」
「これからはぼくの隣に居るのだから、どんなに変わっても心配することないのです」
これを言われた時、ああ、あんたも心配になることあるんだとわかった。
自分が思っていることをさもオレが思っているように言う癖、昔から変わらないんだあんた。
怖がってる時は大抵オレが怖いことにされる。
さざなみが怖いならぼくが手を繋いであげないこともないのです、とかな。
わかりやすくてかわいいと思うから変えなくて一向に構わないけど。
そうこうぼんやりと夜闇で考えごとをしているうちに意識が薄れていった。次第に眠りに落ちるだろう。これは。
とりとめのない思考を混ぜながら、瞼をおろした。
明日もきっとトレーニングを積んだり、仕事があることに変わりはない。そんななんでもない明日をあんたと迎えたいなぁ。これからは一緒だと要が言うのならきっとそうなんだろうな。
だから、おやすみ。次に会う時は太陽が昇る朝がいい。