愛しき思い出は残り香と共に / クロアス−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
しんと静まり返った書斎に、ときおり紙を捲る音とペンを走らせる音だけが響く。他国から取り寄せた最新の魔導書には、実に興味深い研究ばかりが収録されている。昼食を終えてからひたすら文字を追い続けていたクロービスは、手持ちの書籍を参照しようと栞を挟み立ち上がった。大きな本棚に並ぶ蔵書は、分類法に則り整理してあるため量の割には探しやすい。部屋の主ともなれば勝手知ったるもので、難なく目的の物を見つけ机へと踵を返す。
確かこのあたりだったか、と本を開き該当の文言を探していく。記述を確認し質問事項を認めると、便箋を折り封筒に収め蝋で封印を施した。出来上がった手紙をレターボックスの束へ加え、ひとまず用の終わった資料を閉じる。年季の入った表紙は初めて見た時よりは大分古ぼけているが、この歳になっても学ぶ事が数多くある良書には違いなく。贈られた当時は『まだ難しいかもしれないな』という言葉に内心反発していたものだが、やはり真に価値を理解してはいなかったのだとクロービスは実感している。
その贈り主は、敬愛してやまない大切な人々は、遠い昔に手の届かぬ場所へ消え去ってしまった。だが、籠められた願いも、受け継いだ力も、クロービスの身の内には確かにまだ存在している。授けられたそれらは、悪夢の先を、輝く星の行く末を見届ける導となった。だから、口惜しくも直接述べることはもうできない想いを一時の感傷とはせずに、教えを後の世代へと伝えることが己の新たな役割である、とクロービスは認識している。今のところ、理想像に近づけているかと言われれば、三日に一度は必ず何かしらの事情で泣かれるといった状況ではあるのだが。
次に帰郷した時に自分の幼少期の話を聞いてみるか、と別の問題のサンプルケース探しに勤しみ始めたクロービスの鼻腔を、甘い匂いがくすぐる。耳を澄ますと遠くから聞こえるオーブンのベルの音と控えめな歓声は、かつての故郷での日々と同じく穏やかな休日の一部となっていた。微かな楽しげに弾む会話が途切れたかと思えば、軽い足音が段々と近づいてくる。
騒々しさはアステルに似たな、と苦笑して、クロービスは小さな客人が扉を開く瞬間を待っていた。