裁きの光は虚ろにて / クロアス----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
勇者は、死んだ。エルドアの淡々とした発言を聞いたクロービスは、しばし呆然と立ち尽くしていた。六天魔という異常事態を片付けねばならない、と理性が警告を発しているものの、目の前の光景はとうに現実味を感じられなくなっている。
いつかの悪夢のように魔物に命を狙われたとしても、守ってやれるはずだった。それがこの現状はどうだろう。女神の声を聴く者は、これほどに呆気なく希望の光を握りつぶし平然としている。傷つき悩み、憂い惑い、それでも譲れないもののために何度でも立ち上がって剣を振るっていた少女を切り捨てる事が、この聖なる地の正義だった。
判決が出た時点で、職を辞して強引にでも割って入り、移動魔法で逃げていたのなら。そんなまるで夢物語のような選択肢が頭から離れない。逃亡したところで行く宛はなく、追手をやり過ごせたとしてもその後は悲惨なことだろう。あれほどに平和のためにひたむきに懸命に戦っていた少女は、世間の目から逃げ隠れる到底平穏とは言い難い生を送る事になる。ただ、それでも、そんな幽鬼のような生活だとしても、この世から本当にいなくなってしまうよりはましだったのではないか。大切な存在が生きてさえいてくれるなら、目の前から消えないで傍にいてさえくれるのなら、他の何を失うとしても守るべきだったのではないか。後悔は際限なしに膨らみながら悲しみと怒りを無尽蔵にかきたてて、苦く胸中に広がっていく。
とりとめのない悲観に支配されたクロービスは、無駄な思考を振り払おうと重い息を吐いた。そうして、あの日と同じく自らの責任を果たそうとする意思が弱まっていることにいっそう顔を顰める。「逃げろ」とすら言えなかった自分は、尊敬する両親を失った時よりも年重ばかりが増していて遥かに無力で。かつて己を身を挺して庇った少女すら、救うことができずにいた。
なぜ女神は、こんな事態となっても彼女を助けようとしないのだ。普段ならあてになどしない祈りへ悪態をつき、まだ諦めてしまうわけにはいかないと無理矢理に暗い想像から意識を引き剥がす。奥歯をぎりと噛み、前を見据えれば悪夢の続きは鮮明に形を取り戻していく。
神の不在となる月に、女神を象る色硝子は散り散りに床で煌めいていた。