キスで溶けるショコラ ──唇の温度で溶けてしまうショコラ
そんな広告が目に入り立ち止まる。バレンタインの時期に合わせて近々、スイーツ会でオススメショコラを持ち寄る予定があり、HiMERUとこはくはデートを兼ねてスイーツ散策をしていたところだった。魅力的な宣伝文句に興味を惹かれた二人はそのショコラを手に取り、近くの個室カフェに入った。
「溶けてしまう前に早速いただこか」
席に着き、注文したコーヒーが届くやいなや、待ちきれないと言わんばかりにこはくがショコラの包みを取り出した。ブラウンの箱に真っ赤なリボンがかかったシックながらも愛らしい梱包だ。するするとリボンがほどけて蓋が開くと、カカオの豊かな甘い香りが溢れだす。
仕切りで区切られた箱には楕円に形成されたショコラが規則正しく並んでいる。生チョコに近いだろうか。しっとりとした輪郭の周りにココアパウダーがまぶされている。
窺うような視線を寄越したこはくに目線だけで「お先にどうぞ」と促す。
「ほな、いただきますぅ」
ショコラを口に含んだ瞬間、「んっ!」と、すみれ色の瞳が大きく見開かれる。
「ほんまや。あっという間に溶けてしもうた」
感嘆の声と共にころころと楽しそうに笑ってもう一粒を口に放り込む。とろけていく食感がよほど楽しいのか、口角が上がりっぱなしだ。可愛らしいが、目の前にHiMERUという恋人がいるというのにすっかりショコラに視線も心も虜になっているのはいただけない。
「桜河」
「ん? んぅ!?」
振り向いた唇に摘まんだショコラを押し付ける。唇に触れた部分からじゅわりとその輪郭を失っていき、こはくの薄桃の唇を甘い濃茶に染めていく。メーカーの謳い文句は真実らしい
「っふ、あ、っ」
溶けたカカオがこはくの唇の縁から溢れ落ちそうになり、慌てた舌が顔を出してぺろりと舐め取る。ショコラの欠片が口内に転がり落ちると同時に舌先が指の表面を掠め、HiMERUの背中がぞくりと粟立つ。
薄く開いたままの唇の間に指先を押し込んで口内に滑り入ると、思いも寄らぬ異物感にこはくは眉間に皺を寄せた。
怪訝な視線を向けるこはくに指先を動かさぬまま微笑みを向けると、あからさまに大きな溜め息とじとりとした視線が返ってくる。呆れているようだが、抵抗しないところをみるにHiMERUの意図を汲み取って承諾してくれたらしい。
再びこはくの舌が動いて、遠慮がちにHiMERUの指先を撫でる。温かく湿った感触に眦が恍惚に緩む。
自分の指を口に含んで真面目に舌先を動かすこはくが可愛らしくて舌の中心を指の腹ですりすりと撫でると、こはくの両肩が跳ねた。動くな、と鋭い視線に苛まれ「すみません」と、苦笑いで返す。
HiMERUの指の輪郭を確かめるようになぞっていた舌が一周し終わると、ちう、と最後に指ごと吸って、こはくの喉仏が上下する。それを確認してゆっくりと指を引き抜いた。
解放されたこはくはやれやれといった様子で一息ついて、唇に残ったココアパウダーを舐め取る。
「美味しそうですね」
「誰かさんのせいでゆっくり味わってられんかったけどな」
「まだいくつか残っていますから。これから味わいましょう?」
再び箱の中の一粒を摘む。柔らかなショコラは力の加減で容易に形を崩してしまうため慎重に取り出す。それを今度は自分の唇の間に挟む。こはくの視線が箱の中のショコラに向けられている隙を狙って、その顔に手を伸ばす。近づいてくるHiMERUの手にこはくが気づくのと、HiMERUがこはくの後頭部を引き寄せるのはほとんど同時で、つまりHiMERUの思惑が叶う方が一歩早かった。
咥えたショコラ越しにこはくの唇の感触を感じる。ふたつの唇に挟まれたチョコはあっという間にどろどろの液体になっていく。
「うぁ、っ、ふ……んむ」
薄く開いたこはくの口内に舌を滑り込ませて、溶けたショコラを塗り込むように舌同士を擦り合わせる。こはくの鼻からくぐもった吐息がこぼれて、HiMERUの袖を握る指先に力が籠る。
カカオの力を借りていつもよりずっと甘いキスに強い恍惚が頭の中で膨張する。匂い立つカカオの香とこはくの吐息の熱さに酔いそうだ。
唇を離すとショコラ色の混じった糸が二つの唇を結んでいた。こはくはその髪の色ほどに顔を染めて浅く呼吸を繰り返している。水膜の張った瞳で睨まれるが可愛らしいだけだ。唇の端にショコラの名残をつけたままなのも愛らしくて、思わず舌で舐め取った。
「っ、しつこい! ひとりで食べんかい!」
ぐい、と胸を押し返されたと思えば、ショコラを摘まんだ指先が口元目掛けて飛んでくる。すかさずその手首を掴んでショコラごとこはくの第二関節ほどまで口内に納める。
「あっ、ああ~~~!!」
愕然としたこはくの声が響く。突き出された腕が引っ込められようと動くが、手首を握る指先に力を込めてそれを阻止する。顔を歪めたこはくが丸めた拳をテーブルの上に一度叩きつけた。
そりゃあ、流れ的にこうなることは想像に難くないはずだろうに。随分と迂闊な恋人が心配になる。
甘い指先を丹念に舐めているとテーブルに伏してしまったこはくの後頭部が小刻みに震える。テーブルに押し付けられた拳はふるふると小刻みに震えていて、全身が悔しさを放っている。
爪の間に入ったココアパウダーまで舐めとるとそこから続く肩がぴくっと跳ねた。
「い、っ!?」
次の瞬間、HiMERU舌に激痛が走った。咄嗟に口の中からこはくの指を引き抜く。舌に思い切り爪を突き立てられたのだ。苛まれた舌の先がじんじんと痛む。
「わしに口内を明け渡すなんて、迂闊やでHiMERUはん」
したり顔で得意気に鼻を鳴らす。ああ、本当にこの子は。
「……かわいい」
つい零れたうっとりとした声音と上がってしまった口角に、こはくの表情が三度固まる。
HiMERUはんのあほっ! と怒号が飛ぶまであと5秒。