「七回」
決して楽では無いけれど負ける要素もなかった戦闘が終わり、路地裏の壁に寄りかかってゆっくり煙草をふかしていると、ムルソーが唐突に話しかけてきた。
「何がだ」
「昼時に貴方が私の方を見やった回数」
いつもの言葉足らずだと聞き返したら、次に続く言葉にむせそうになった。何とか平静を保って細く長く煙を吐く。
しらけた目を向けてやっても顔色一つ変えずにさらに言葉を続ける。
「それから、先の戦闘中、状況確認以外で私を見た回数が十二回」
「それが何だってんだよ」
煙草を取り落とした。誤魔化すのにそのまま始めから吸い終わるつもりだった風を装って、落とした煙草の火を消すのに靴の裏を押し付ける。
……いやぁ、結構見てるな、俺。というかなんでこいつはそれを把握してるんだ。
「瞳孔が僅かに開いたな」
「っ、だから、さっきから何を――」
いつの間にか距離を詰めていた相手は腕を伸ばし、迷いなく手のひらを左胸の上に当てる。拘束なんてされてないのに、凍りついたように体が動かない。そのくせ全身が熱を持ち始める。
「脈が早いな」
目の前の相手が徐に近づいてくる。逃げることも押しやることもできずにことの成り行きを見守ってしまう。
唇が重なったと思ったら、無理やり割り込んできた舌に深くまで貪られ、さすがに驚いて肩を押し返そうとするがそんなことでは止まらなかった。
煙草では無い煙の匂いと、汗の匂い。
熱はもう体の周りに渦巻いている。炎に絡め取られれば逃げ場などない。
体から力が抜けそうになって、ムルソーはようやく離れていく。
「っは、なん、何して――」
「強いて言うなら」
目の前で口を大袈裟に拭ってやっても、男は普段と特段変わりのない表情と声色で言う。
「貴方の髪に、鮮やかな赤が揺れていたから」
「……は、何だそれ」
いつにも増して訳が分からない。もう言葉足らずとかそういうんじゃないだろ。
「貴方も、私の火花を見ているでしょうに」
「……もう黙っとけよお前」
お前の頭で花火してやろうか、とは言えなかった。何せ本当のことなのだ。ちかちか、ちらちら。綺麗な火花が目を閉じても瞼の裏に焼きついている。
とっくに鮮やかな火花に焼かれていたから、ムルソーが髪を結う赤色を解いて再び近づいてきても結局動けないままだった。